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第40話 芽むしり仔撃ち

「わたしの死んだ友人シャーロットはカイザーを封印した魔法使いの末裔です」


 怪獣退治を終えた翌朝のことです。

 昨日イオリにツノを斬り落とされたカイザーはすっかり元気をなくし、勤務明けの労務者のように背中を丸めて湖の底に帰りました。

 その直後クロが湖に防御結界を張り、これで当分の間怪獣の脅威はなくなりました。

 建物の残骸を片づける人々の声が飛び交う夜明けの路上で、アンお婆さんはブルックに語りました。


「なんでも【芽むしり仔撃ち】という変わった名前の封印魔法を使うそうです。魔法使いはおおむかし町を救った英雄として手厚く扱われたのですが、年月を重ねるうちにいつしか怪獣のことも、魔法使いの功績も忘れ去られ、魔法使いへの援助もなくなりました。シャーロットは生まれたときから暮らしが貧しく、とうとう乞食にまでなりさがったのです。

 シャーロットは魔法使いとして腕もいいし、頭もいいのでよその町へ行けばきっと裕福に暮らせたはずです。

 しかし怪獣を封印する役目があるから町を離れられません。

 シャーロットは町はずれのあばら家で暮らし、乞食をやりながら怪獣を封印し続けました。でも昨日命運が尽き、封印も解けました。わたしは毎日シャーロットに食事を提供しましたが、シャーロットがわたし以外の人間から善意を受けたのは、おそらく十年ぶりです。シャーロットは王子さまの施しがよほどうれしかったのでしょう」


「ぼくはよけいなことをしたかな?」


「いいえ王子さま、あなたは立派なことをなさいました。これをご覧ください」


 アンが差し出すペンダントに、美しい女性の肖像画が描かれています。


「若いころのシャーロットです。町長がシャーロットの功績をたたえてこの絵をモデルに銅像を建てると申しております」


「そうですか。旅を終えたら必ず王室から怪獣封印の援助金を出すようにします。約束します。スティーブン」


 ブルックが拳を差し出すと、アンの孫スティーブンも拳を突き出します。

 互いの拳をくっつけ、二人は「誓いのおまじない」を唱えました。


「ゲンコツ一発火の玉だ。嘘ついたらゲンコツ百発おまえに食わす。ワンツースリー!」


 手を離すとブルックはスティーブンにほほ笑みかけました。

 

「きみのおかげでこの町は助かった。これはお礼だ」


 ブルックは鞘に草の葉が描かれた、美麗な短剣を差し出しました。


「王室に代々伝わる宝剣だよ。今日からきみのものだ」


「まあ、そのような」


「どうも」


 スティーブンは片手で無造作に短剣を受け取り、それを見たアンが慌てました。


「これちゃんとお礼をいいなさい!」


「いいんです。スティーブン、きみはずっとこの町にいるのかい?」


「うん。大きくなったら魔法使いになってカイザーを……」


「封印するの?」


「ううん、使役する」


「おお」


 ブルックは感嘆の声をあげ、イオリとクロは思わず顔を見合わせました。


「そうか、きみの活躍に期待してるよ。それではお元気で」


 ブルック一行が出発すると、ロヂャー爺さんと街灯点灯夫が作業を中止し、手を振りました。


「王子さま、どうぞお元気で」


「またきてください!」


 ほかの市民も手を振り、ブルックも笑顔で手を振り返しました。

 すると小さな子どもたちが数人、ワラワラとこちらに駆け寄ってきます。

 昨日公民館でブルックにしがみついて泣いていた子どもたちです。


「あの」


 子どもたちを代表して、男の子のサムがあいさつします。

 緊張しているのかサムは言葉を切るたび、一々踵をあげて背伸びしました。


「あの(ピョン)、昨日は(ピョン)、ありがとうございました!(ピョン) これは(ピョン)、お礼です(ピョン)」


 一人の女の子が白い花で編んだ花冠をブルックの頭に乗せ、クロとイオリの頭にもほかの子が冠を乗せました。


「ありがとうニャ!」


「ありがとう」


 喜ぶクロとブルックの頬に、それぞれ女の子がキスします。

 イオリの頭に花冠を乗せた女の子は、キスする前にこういいました。


「イオリだーいすき」


「……」


 イオリは一瞬頭が真っ白になりました。

 だれかに「だいすき」といわれるのが、生まれて初めてだったからです。


「お嬢ちゃん名前は?」


「マリー」


「イオリもマリーちゃんがだーいすき」


 イオリがお返しにキスすると、マリーはクスクス笑って身をよじらせました。


「では行きます。みなさんお元気で!」


 ブルックが別れを告げると、町の住人が全員仕事の手を休め、旅立つ一行に手を振りました。


「王子さま、ありがとうございました」


「狂気の町はみなさんを永遠に忘れません」


「王室バンザイ!」


「このツノはこのままにすると町長さんがいってたニャ」


 クロはポカンと口を開けて、通りのど真ん中に逆さまにそびえる怪獣(カイザー)の巨大なツノを見あげました。


「観光名所にするらしいニャ」


「シャーロットの銅像を建てるともいってたね。怪獣と魔法使いの存在を忘れないのはいいことだ。クロ」


 ブルックは歩きながらクロの頭を撫でました。

 昨日大量の魔力を消費したクロは、また少し幼くなりました。

 今のクロは十歳の少女に見えます。

 さっき三人に花冠をくれた子どもたちと、さして変わらない年齢です。


「しばらく魔法を使っちゃいけないよ。いいね?」


「あい」


「というわけでイオリ、当分の間クロを休ませる。しばらくきみが……イオリ?」


 ブルックから顔を背け、イオリはあさっての方向を見つめていました。

 頭に乗せた白い花冠が、湖から吹く風に震えます。


「イオリ、きみ、泣いてるの?」


「……」


 イオリは無言でひょい、とクロをかつぐと、その小さな体で自分の顔を隠しました。


「ブルックのバカ! イオリは泣いてニャい!」


「ごめん! そうだね、泣いてない泣いてない」


(おお、これはだめだ)


 にぎやかに会話しながら狂気の町をあとにする一行を見送り、ひょろりと痩せた靴磨きの青年は苦々しげに首を振りました。


(またイオリの涙を見てしまった。これは殺せない。わたしとしたことがターゲットとの距離感を完全に誤った。王子さま、イオリ、クロ、しばらくの間お別れだ。わたしはあなたたちと距離を置く必要がある。しかしイオリ、今度会うときがきみの人生の終わりだ。どうかそれまで元気で)


「女神とともにあれ」


 稀代の殺し屋は三人の旅の安全を祈願すると、手を振り続ける町の人々にまぎれ、姿を消しました。


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