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第4話 夢のアガルタ

 刀を鞘へ戻すとイオリたちは子どもらしい、たわいない話をしました。

 大人になったらなんになる? という話題で盛りあがったのです。


「おれは絶対冒険者になる」


 アランは赤い鞘に込めた不知火丸を勇ましくかざしました。


「冒険者になってこの世界を救う!」


 子どもらしい大言壮語が防空壕に響きます。

 でもイオリたちは笑いません。

 アランならやれる。

 みんな心からそう思いました。





「イオリを殴るな」


 ある日突然アランがグレンの作業場にやってきました。

 イオリの腕の傷を見て虐待に気づいたのです。

 子どもの虐待など問題にならない時代です。

 グレンは作業の手を止めると、いきなりアランを殴りました。


「仕事の邪魔だ」


「やめろ!」


 止めに入ったイオリもグレンにぶん殴られました。

 いつもより強烈な一撃です。

 イオリは完全に委縮しました。

 しかしアランはすぐ立ちあがりました。


「イオリを殴るな卑怯者」


 グレンはまたアランを殴りました。

 アランはすぐ立ちあがり、また殴られました。


「アラン!」


「元プロレスラーのパンチもたいしたことないな」


「これはどうだ?」


 グレンの大ぶりの右フックを顎にもらい、アランは派手に吹っ飛びました。


「へ、へへ、今のは効いた」


 作業場の床にあぐらをかき、アランは滴る鼻血をぬぐいました。


「ぼくはあんたに四発殴られた。三発までは我慢しようと思ったけど、一発オーバーしたね」


「なんの話だ?」


「一つ、一応今までイオリを育ててくれた恩」


 グレンの疑問を無視してアランは指を一本立てました。


「二つ、腕のいい鍛冶屋として軍隊に貢献した恩。

 三つ、ぼくという子どもに敗北するみじめさ。

 これら三つの事柄を勘案して、三発まで我慢しようと思った。

 でも四発殴ったね」


 アランは立てた四本の指をヒラヒラさせるとズボンのポケットから石を取り出しました。

 黒くて丸い、すべすべした平べったい石です。


「それはなんだ?」


魔石(ウィッチ・ロック)。ぼくは魔法使いじゃないから魔法を使えない。でもこれがあれば使える。石にいろんな魔法がコピーされ封じ込められているんだ。おやじが骨董仲間からもらった逸品さ」


「おい」


 グレンの顔色が変わります。


「おれに魔法をかけたのか?」


「かけたよ」


「どんな魔法を!?」


「【子どもを殴る大人の頭が吹っ飛ぶ魔法】」


 バッ! とグレンは両手で自分の頭を押さえました。


「ま、まじか?」


「まじ。四発目のパンチをもらったとき、ウィッチ・ロックに念じて魔法をかけた。魔法はすでに発動している。そろそろ吹っ飛ぶんじゃない?」


「じ、冗談だろう……」


 そのときグレンの視界がみるみるかすみ、頭が沸騰した薬缶のお湯みたいにグラグラしてきました。


「うわわ頭が爆発しそうだ!」


「そりゃそうさ魔法をかけたんだもの」


「か、解除しろお!」


「解除してほしけりゃ契約しろ」


 アランはグレンの眼前に一枚の紙を突きつけました。


「『二度とイオリを殴りません。もし違反したら頭が吹っ飛ぶ罰を受けます』契約内容に同意したらサインしろ。魔法を解除してやる」


「わ、わかった」


 グレンはアランが渡した羽根ペンで紙に署名しました。


「ふむ、結構。ディスペル!」


 有名な解呪の呪文を唱えると、アランは契約書をくるっと丸めました。


「契約書はぼくがあずかる。違反したら死ぬぞ」


「わかった絶対殴らねえ! ま、まだ頭がフラフラするけど?」


「涼しい場所で水を飲みなよ」


「ありがとう!」


 グレンはペコペコ頭をさげ、作業場から走り去りました。


「グレンの頭がフラフラするのは熱中症さ。こんな暑いところで水も飲まずに一日中作業してたらだれでもそうなる」


「魔法じゃないの?」


「ちがう。これ河原で拾ったただの石」


 黒い石をかざし、アランはイオリにウィンクしました。


「グレンは骨の髄まで悪人だけど、そういうやつに限って『自分は善人だ』と思い込んでる。『愚か者の鏡は歪んでる』って女神さまもいってるよね? 自分を善人と錯覚してる悪人に倫理や道徳は通じない。でもなぜかオカルトは通じるから魔法と偽って脅してみたんだ。グレンは二度ときみに手を出さないよ。ぼくが保証する」


「アラン」


「うん?」


「なぜおれを助けた?」


「死んだお婆ちゃんにいわれたんだ。友だちは自分の体と同じだから大切にしろって。最近ずっと右手が痛かった。なぜだろう? と考えてきみの手の傷を見てからぼくの手も痛くなったと気づいた。痛いのはいやだからきみを助けた。当然だろう?」


「ありがとうアラン。おまえ大きくなったら絶対オデッセイみたいな英雄になるぞ……詐欺師になる可能性もあるけど」


「それおやじによくいわれるよ」


 アランは渋い顔で金髪頭をボリボリかきました。





「ぼくはお父さんのあとを継いで床屋になる」


 アランに続いてトビーが将来の夢を語ります。


「女神さまはイドの里で理髪師に髪を切らせたんだぜ。女神さまが必要とする職業は絶対食いっぱぐれないよ」


「ぼくは薬の行商人がいいな」


 前歯が抜けているヒューゴーが語ります。


「いろんな国に行けるから」


「わたしはイオリのお嫁さん」


「えーそんなのへんだよ!」


「へんじゃないわ」


 エルフのエリはキッとトビーをにらみました。


「バベル大帝国にはわたしとイオリみたいなカップルが大勢いるんだから。ね? イオリ」


 エリに顔をのぞき込まれたイオリはちょっと慌てて「イーサンはなんになるの?」と別の男の子に尋ねました。


「物語師」


 眼鏡を持ちあげイーサンが簡潔に答えます。


「どんな物語を書くの?」


「アガルタの物語を書く」


「ストーリーを聞かせてよ」


 アランが興味を持って尋ねるとイーサンは語りました。


「お姫さまの要請でゼップランドの魔法使いと剣士と勇者がアガルタの秘宝を手に入れようと王都ローズシティから旅立つんだ。秘宝を手に入れたら人類が幸せになるから悪魔や魔物が阻止しようとする。三人は力を合わせて魔物を倒し、祖国と人類の幸福のためアガルタを目指す。そんな物語」


「おもしろそうだね」


 よくある話、という感想をアランは飲み込みました。

 

「キャラにはモデルがいる。魔法使いのモデルはエリ」


「あら」


 エリがまんざらでもない顔をします。


「勇者のモデルはアラン」


「ぼく?」


 アランもうれしそうです。


「それから剣士のモデルがイオリ」


「剣士? おれハンマーで剣を鍛えてるけど剣術なんか知らないよ」


「フィクションだからね」


「お、おれは?」


「トビーも出る。暴食の悪魔ヒデブゥ役で」


「なんだよそれ!」


「ぼくは?」


「ヒューゴーは勇者一行にちょっかいを出す好色坊主ハーン」


「思ってたよりひどい! じゃあイーサンはどうなんだよ?」


「峠の賢人マスター・フィロソフィ役で出る」


「ちょっと待て!」


「自分ばっかかっこいい役でずるいぞ!」


 イーサンの物語を巡って喧々諤々のやり取りが始まり、みんなイオリが大人になったらなんになるのか聞くのを忘れました。


「おれは理髪師として旅に同行させてくれ。前から『冒険者一行っていつ髪切るんだろう?』って気になってしようがなかったんだ」


「ぼくは薬師として同行する。魔法使いの荷物持ちもやるよ」


「ヒューゴー、あなたいやらしいこと考えてるでしょ?」


「もちろん!」


「胸を張らないで!」


 防空壕はにぎやかですが、外は弱い雨がノイズを吸収して静かです。


(おれは大人になったらアガルタで暮らしたいな。みんなと一緒に)


 雨を見ながらイオリはひそかにそう思いました。


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