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第39話 叶えられた祈り

 狂気の町は地震のように揺れ続けました。

 目抜き通りを怪獣カイザーが歩いています。

 通りの果てに魔法使いが防御結界を施した公民館があり、怪獣はそこを目指しているのです。

 カイザーの目は、明らかな憎悪をたぎらせていました。


「なぜカイザーはここを目指すんじゃ?」


 町の人々を公民館へ導いたロヂャー爺さんが疑問を口にします。


「ロヂャーさん、それは恨みです」


「恨み?」


 ブルックの発言に老人は首をかしげました。


「はい。怪獣は千年もの間魔法によって湖に封印されていました。怪獣にとって魔法はいわば天敵です。本能でこの建物に魔法が施されているのを察知した怪獣は、建物を破壊して積年の恨みを晴らそうとしているんです」


「なるほどのお」


 老人が感心する間に、カイザーは公民館まで三百メートルの距離まできました。


「まだ距離がある。イオリ今のうちにカイザーを……」


 その瞬間怪獣が炎を吐きました。

 一直線にほとばしった炎が公民館を包みます。


「うわあ!」


「きゃあ!」


 悲鳴をあげる人々を、ブルックは落ち着かせました。


「大丈夫! 防御結界が守ってくれる!」


 一瞬炎に包まれた公民館ですが、ブルックのいう通りカイザーが攻撃をやめると、また元の静かなたたずまいにもどりました。


「おお」


「無事だ」


 カイザーはムキになって立て続けに炎を吐きました。

 それでも建物はビクともしません。


「いいぞ!」


「これならなんとかしのげる!」


 公民館に集まった人々は歓声をあげましたが、


(それは無理だ)


 再び子どもたちにしがみつかれたブルックが、ひそかに内省します。


(防御結界が張られたのが千年前。その後何代にも渡って魔法使いが結界を補強してきたがもはや限界だ。イオリ、はやくきてくれ!)


「……」


 炎を浴びても無傷のままの建物を見て、カイザーの雰囲気が変わりました。

 茜色に染まった町に、硫黄の匂いが立ち込めます。


「臭い!」


「おいあれを見ろ!」


 公民館に集まった人々は悲鳴をあげました。

 カイザーの額のツノが、青く輝き始めたのです!


「稲妻がくるぞ!」


「みなさん大丈夫です。ぼくの友人がもうすぐ……」


 再びパニックにおちいった人々にブルックが呼びかけたときです。


「動くな」


 ブルックの喉もとに、冷たい刃が突きつけられました。


「お前らあっち行け! 王子さま」


 ブルックに短刀を突きつけたのはさっき逆上した市民に袋叩きにされ、顔が無惨に腫れあがった奴隷商人ラーズです。

 ラーズは傷だらけの顔に会心の笑みを浮かべました。


「わしは学もなけりゃ才能もない。わしにあるのは常人離れしたしつこさだけだ。ガキのころからわしはわしをバカにしたやつらを絶対ゆるさなかった。そいつが就職するとか、国を出るとか、結婚するとか、そいつの人生でいちばん晴れやかな瞬間をねらってわしは復讐を実行した。そいつの過去の悪行を暴いて就職を直前で台なしにしたり、国を出る前日にそいつを半殺しにしたり、結婚式の前日にそいつのフィアンセを犯したりしてね。

 大人になって気づいた。しつこさも才能の内だと。あのダークエルフと女剣士を殺すのは不可能だ。だからあんた一人を売って金を儲けさせてもらいますぜ」


「今外に出るのはだめだ。結界に穴が空いてここにいる人々が巻きぞいで死ぬ」


「ほかのやつらなんか知らないね。いいからこい!」


「ああいかん!」


 ロヂャー爺さんが悲鳴をあげました。

 カイザーのツノの輝きが増したのです!


「稲妻がくる!」


 そのとき痩せた靴磨きの青年が、ふらりと動きました。

 

「……」


 コンスタンチンは目を光らせ、足音立てずにラーズに忍び寄りました。

 すると、


「王子こっちに! ……ん? なんだ? アッチ!」


「王子を離せ」


 さっきブルックにオデッセイ伝を教えてくれたスティーブン少年が、ラーズの鼻先に長い棒を突きつけます。

 街灯点灯夫の点灯棒の先端に火がついていました。


「これさっきカイザーが吐いた火だよ。いったんついたら永遠に消えない火」


「な、なんだと!?」


 まだ火がくすぶっているズボンのお尻を必死に叩くラーズに少年は教えました。


「カイザーの火は湖の水で消える」


「クソ覚えてやがれ!」


 ラーズはブルックを手放し、大慌てて外へ飛び出しました。

 そのままカイザーの足もとに向かってすごい勢いで走り出します。


「は、はやく湖に!」


「入口を閉めるんじゃ!」


 ロヂャー爺さんの呼びかけに応じ、街灯点灯夫が扉を閉めました。


「しかしスティーブン、カイザーの火なんて危ないものをよく持てるのお」


「これ?」


 感心する老人の前で棒を振り、スティーブンはあっさり火を消しました。


「これふつうの火。王子さまを助けるためにウソついた」


「でかした!」


「だめだ!」


 扉を閉めた街灯点灯夫が悲鳴をあげます。

 カイザーのツノの輝きがピークに達したのです。


「稲妻がくる!」


「よき人の魂ここに眠る」


 再び子どもたちにしがみつかれたブルックが、突然声をあげました。

 建国の英雄オデッセイの詩『アガルタ』を暗唱し始めたのです。

 パニックにおちいった人々は王子の詠唱に気づくと急速に落ち着きを取り戻し、大人も子どももみんな一緒に詩を詠みました。


「よき人よ聞け

 風は汝を運ぶゆりかご

 雨は汝の死を悲しむ天の涙

 鳥の囀りは汝に捧げるレクイエム

 汝の魂が天に帰り夜空の星になるときわれらはふたたび一つになる

 ゼップランドは小さき国なり

 されどゼップランドは永遠に汝を愛す

 この小国が戦いに生き、戦いに死んだ汝のアガルタなり

 森よ、空よ、海よ、荒野よ、われらが友の魂を安らかに眠らせ給え

 女神とともにあれ」


「あ」


 スティーブンがふいに茜空を指さします。 


「竜だ」


 見ると地上のカイザー目がけて、黒い影が真上から一直線に降下するのが見えます。

 影は小さい竜のような形をしていました。


(このときを待っていた)


 弾丸のように急降下しながら、イオリは怪獣の輝くツノを見つめました。


(稲妻を放つ直前カイザーは一瞬動きが止まる)


 イオリの耳にも、詩を詠む人々の声は聞こえました。

 ブルックが拡声魔法で伝えたのです。

 そしてこれは声には出さず、ブルックは無声でつぶやきました。


(イオリ、生きようとする人々の祈りを叶えてくれ)


(おれの祈りが叶えられたことは一度もない)


 これも声に出さずにイオリがつぶやきます。


(子どものころ、グレンに犯されるたび女神に祈った。お願いします女神さま。おれの本物の両親をここへ連れてきてください。そして一日も早くこの泥沼からおれを救ってくださいって。結局おれの祈りは叶えられなかった。偉大な女神さまはおれみたいなちっぽけな人間の祈りは無視するんだ。でもなあ)


「おれはおれに向けられた祈りの声を、絶対無視しねえ!」


「……!」


 急降下する黒い影に気づいたカイザーがハッと顔をあげようとしたとき、イオリは抜刀しました。


「制覇剣【喪神】」


 稲妻が宿って青く輝くツノ目がけて、イオリは渾身の袈裟斬りを放ちました。

 怪獣の巨大なツノが、ススキのようにスパッ! と根もとから断ち斬られます。


「社会見学は終わりだ」


 イオリは怪獣に命じました。


カイザー(皇帝)は宮殿に帰れ!」


「うわああ!」


 逆さまになって地上に落ちたカイザーのツノは、怪獣の足もとに迫っていたラーズを虫けらのように押しつぶし、そのまま大地に突き刺さりました。


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