表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/106

第37話 湖の怪獣カイザー

 ブルック一行は町の中央広場で一休みしました。


「やれやれ、よくやったクロ」


 ブルックが頭を撫でるとクロはネコのようにゴロゴロ喉を鳴らしました。


「でもおれを賭けの対象にするのはひどいぞ」


「ごめんニャ」


 クロが小さい頭をお腹にこすりつけると、イオリはそれ以上なにもいえません。

 すると


「どうしたブルック?」


 イオリはブルックが一人の老婆に向かって歩くのを見ました。

 水色の頭巾に赤い服を着て路上に座る老婆の前に、コーヒーカップが置かれています。

 クロの頭を撫でながらイオリはつぶやきました。


「乞食だ。やっぱりこの町豊かだな」


 人々が乞食を無視するのも豊かな町らしい冷淡さだ、とイオリが思っている間にブルックは空っぽのコーヒーカップに金貨を投じました。


「そうだ」


 立ち去りかけて足を止めたブルックは、ポケットから金の指輪を取り出しました。

 次兄のキャロルにもらったものですが、うっとうしくて外していたのです。


「よかったらこれもどうぞ」


 ブルックは老婆の皺だらけの指に指輪をはめました。


「ぴったり、じゃないゆるいな。ごめんなさい」


「……」


 無言で目を輝かせる老婆の顔に、若かったむかしの面影が甦ります。


(きっと美人だったんだろうな)


「あなたに女神さまの祝福がありますように。どうかお元気で」


 その場を離れたブルックの背後で、ふいに鈍い音が聞こえました。

 振り向くと老婆が倒れています。


「お婆さん!」


 ブルックは慌てて駆け寄りました。


「心臓が止まってる。クロ!」


 ブルックは老婆に心臓マッサージを施し、すぐクロも駆けつけました。


「だめニャ」


 手をかざし、老婆に青い光を当てながらクロは首を振りました。


「不滅のティグレが破れて(ルン)が流れ出してる。こうなったら手の施しようがない、寿命ニャ」


「そんな……」


「シャーロット!」


 ブルックがうなだれていると、さっきサイコロを振ってくれた肥ったお婆さんが駆け寄りました。


「どうしたのシャーロット? さあ起きなさい……」


 そのときです。


「なんだ?」


 広場にいた者が全員足を止め、空を見あげました。

 突然大きな鐘の音が、町全体を覆うように鳴り響いたのです。


「どこで鳴ってるんだ?」


「教会の鐘の音とちがうぞ?」


 その鐘の音が、次の瞬間聞こえなくなりました。

 はらわた揺さぶる獣の大咆哮にかき消されたのです。

 続いて櫓の半鐘が聞こえます。


「怪獣だ!」


 狂ったように半鐘を乱打しながら係員は絶叫しました。


「カイザーだ! 千年ぶりにカイザーが湖から甦った!」





 イオリたちが湖畔に駆けつけると、すでに多くの人々がそこにつめかけていました。

 湖の沖合に巨大ななにかが立ちあがりました。

 雷鳴のような咆哮が、夕日に染まった赤い湖を波立たせます。

 立ちあがった巨大ななにかは、滝のように全身から水を滴らせまた吠えました。

 なにかが吠えるたび、突き刺さるような突風が吹きすさびます。


「あれはなんだ!?」


「あれはカイザーだ」


 イオリの疑問にブルックが答えます。


「思い出したぞ。創世記の神話に書いてある。千年前女神はこの湖に怪獣を鎮めたんだ」

 

 そのとき湖畔に集まった人々が一斉に悲鳴をあげました。

 西日を背負い、よく見えなかった怪獣の姿がヌラリとあらわになったのです。

 身長は五十メートルあるでしょう。

 黒い肌の怪獣は二本の足でゆっくり町に近づきました。

 一足進むたび、湖の水が波となって湖畔にドッと押し寄せます。

 巨大な顎と鋭い牙、太い足に長い尻尾、そしてユニコーンのような鋭いツノが額から伸びています。


「女神はどうやってこいつを鎮めたんだ!?」


「それは……ああだめだ!」


 背嚢から取り出した聖典を開いたブルックは頭を抱えました。


「『女神さまは荒れ狂う怪獣を尊いお力で湖に鎮めました』としか書いてない!」


「クソ! 作者は逃げずにアクション場面をちゃんと書け!」


「危ニャい!」


 遂に上陸したカイザーが櫓に手をかけました。

 怪獣が軽く手を振ると櫓は砂の城のように、あっけなく崩れ落ちました。


「逃げろ!」


 ブルックの号令で、湖畔に集まった人々は蜘蛛の子散らすように逃げ出しました。


「町へ戻ろう!」


 ブルックはイオリとクロに告げました。


「一人でも多くの人を助けるんだ!」





 狂気の町にもどると、人々が悲鳴をあげて逃げまどっていました。

 石畳を踏み抜くように、みんな血相変えて走り回っています。しかし


「おい! みんなどこへ行くんだ!?」


 イオリは長い竿を持った街灯点灯夫をとらえ尋ねました。


「知らねえよ! と、とにかく逃げなきゃ。うわあ」


 点灯夫が夕焼け空を見あげます。

 その視線を辿ると茜色の空を背負い、巨大な黒い影になった怪獣カイザーが悠然と町を見おろしていました。

 すると黒い影の中に、街灯がともるように、赤い色がポッと点きました。

 

「伏せろ!」


 イオリは絶叫してブルックとクロを自分の体の下へ抑え込みました。

 同時にカイザーが炎を吐きました。

 炎が赤い槍となって町を薙ぎます。


「きゃああ!」


 炎に直撃された人々は悲鳴もあげずに炭と化しました。

 叫んでいるのは炎に家を焼かれた人々です。


「クロ、火を消して……」


「伏せろって!」


 ブルックを押さえつけたイオリの頭上すれすれを、黒い影が横切ります。

 影は通りに並んだ建物を、何十棟も一閃で薙ぎ払いました。

 カイザーの尻尾の一撃です。

 燃えていた家も一発で粉微塵になりました。


「……!」


 カイザーが勝ち誇ったような雄叫びをあげ、その声の圧力でまた家が一軒崩れました。

 そのとき急にカンカン冴えた音が町に響きました。


「お~い、こっちこっち!」


 手に持った半鐘を打ち鳴らすのはイカサマ師のジャドです。


「こっちだ! こっちにこい!」


 ジャドは怪獣を湖へ誘導しようとしているのです。

 カイザーはうるさそうに首を振り、湖に向かう若者を目で追いました。

 その隙をついて一人の老人が叫びました。


「みんな、町の西のはずれにある公民館へ向かうんじゃ!」


 叫んでいるのはさっき丁半博打で危うく全財産を失いそうになった老人です。


「公民館には魔法使いの防御結界が張られてる!」


「ロヂャー爺さん、それ本当かい!?」


「本当じゃ! あそこなら安全じゃ、みんなさっさと行け!」


「よし!」


 街灯点灯夫を先頭に、人々は西の公民館目指して駆け出しました。


「おれたちは怪獣を足止めしよう」


 立ちあがったイオリは胸に手を当てつぶやきました。


翼竜(ワイバーン)


 するとバサッ! と音立てて、黒いツナギの背中に翼が生えました!

 竜皮の強靭な生命力のなせる業です。

 クロも呪文を唱えました。


羽根(ペンナ)


 クロの背中にも羽根が生え、クロはその羽根を一枚抜きました。

 羽根はたちまち弓に変化します。

 クロは短弓を持ち、イオリには長さ百五十センチあるロングボウを渡しました。


「引けるかニャ?」


 ロングボウは腕自慢の騎士でも引くのに苦労する強弓です。

 クロは心配しましたがイオリは気負うことなく、楽々と弓を引いて見せました。


「おお!」


「さすがニャ」


「でも矢がないな」


「もう一度構えてみるニャ」


 イオリが弓を構えると、なにもなかったはずの手に、いつの間にか矢がありました。


「矢は亜空間にあるエルフの武器庫から無尽蔵に湧いてくるニャ。『イグニス』と唱えると火矢になるニャ」


「よし。ブルックは公民館に避難しろ。クロ、行こう」


 二人は砂塵を巻いて茜空に飛翔しました。


「イオリ! クロ! 頼んだぞ!」


 ブルックは二人に手を振り、公民館へ向かいました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ