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第36話 壺の中身は

「もし負けたらあんたはわしの奴隷になるが、それは承知だね?」


 ラーズに問われてクロはうなずきました。


「承知ニャ」


「クロ!」


 心配そうなブルックに、クロはウィンクを返しました。


「大丈夫ニャ」


「よし、やれジャド!」


 ジャドは二個のサイコロを壺へ放りこみ、すばやく伏せました。


「半」


 とラーズ。そして


「半」


 とクロ。


「なんだい、あんたも半かい? しょうがねえ、一回流すか……」


「その必要はない。今出てる目はイチロクの半で、その次はロクゾロの丁ニャ」


「なぜわかる?」


「サイコロの達人は一と六の目を自在に出せるニャ。ジャドはさっきロクゾロ出したから、次はイチロクに決まってるニャ」


「一と六を出せるならピンゾロ(一と一)かもしれねえよ」


「ピンゾロ出すのは超難しいからニャい」


「イカサマの証拠がねえ。いいがかりだ」


「証拠はあるニャ。ホラー!」


 振り向いたクロは野次馬の一人を指でさしました。


「な、なんだ!?」


 指さされた男の目から光が放たれ、虚空に映像が映りました。

 どこかでジャドが壺を振っています。

 壺を開くたび、二個のサイコロの出目はそれぞれ常に一か六でした。


「おれはサイコロの目を一か六ねらって出せます。やとってくれませんか?」


「おれと組んでイカサマで儲けようってか?」


「そうっす」


「いいだろう」


 ラーズが重々しくうなずくとクロは「ディスペル」とつぶやき、動画を終わらせました。


「結界の外なら魔法を使えるニャ。ラーズさん、どうやらわたしたちのまわりにいる野次馬は、全員あなたの手下みたいだニャ?」


「そうだぜ嬢ちゃん、あんまり舐めてると痛い目に合うぜ」


 気を取り直したラーズが低い声ですごむと、まわりにいる男たちもヘラヘラ笑ったり、指をポキポキ鳴らしたりしてクロを威圧しました。


「今の映像が本物かどうか検証できねえ。それにあの映像だけではジャドが()イカサマをやった証拠にはならねえ。だから……」


「それはあんたの意見ニャ。この勝負の審判は女神さまニャ。女神さまが『これはイカサマだ』と判断したら……」


「どうなるんだよ?」


 シルバーリングのペンダントを撫でながらジャドが尋ねます。

 いうまでもありませんがシルバーリングは女神の象徴です。


「おいジャド!」


「も、もし女神さまがイカサマと判断したら、おれはどうなるんだよ? なあ教えてくれよ」


「さあ」


 クロは肩をすくめました。


「女神さまがどうするかはわからないニャ。でもカミの天罰は見たことある。ある人間は稲妻が落ち、もう一人の人間は恐竜に食われたニャ」


「きょ、きょ、きょ?」


「恐竜はトカゲになって今わたしのポケットにいるニャ」


 そのタイミングでクロの上着のポケットから、白い肌のトカゲがチロッと顔を出しました。


「シュガーという名前ニャ」


「しゅ、しゅ、しゅ」


 ジャドは震えすぎて口が回りません。


「ジャド、わたしはおまえがラーズと組んでイカサマをやったと確信してる。さっきの映像と、今伏せられた壺の中にある二個のサイコロの出目が証拠ニャ。出目はイチロクにちがいニャい。それを見せて女神さまに判断してもらうニャ。さあジャド、壺を開くニャ!」


「……」


 ジャドは震える手で壺に触れました。

 しかしその手が、なかなか動きません。


「おい、ジャド?」


「すいません女神さま! おれほんとはイカサマなんてやりたくなかった! でも親方に借金あってしかたなかったんです!」


「バカ野郎!」


「ごめんなさい女神さま!」


 ジャドは壺を伏せたまま、その場から脱兎の勢いで逃げ出しました。


「お、体が動く!」


 イオリが歓声をあげます。


「ジャドがイカサマを認めてさっきの勝負が無効になったニャ。さて」


 クロは無造作に壺を開きました。

 二個のサイコロの出目は一と六です。


「やっぱりイチロクニャ。ジャドはいい腕ニャ」


「ふ、ふん。妙なアヤがついちまった。今日の勝負はおあずけに……うん?」


 椅子から立とうとしたラーズの顔色が変わります。


「体が、動かねえ」


「まだ勝負は終わってないニャ」


「じょ、冗談いうな。第一なにを賭けようっていうんだ?」


「わたしはブルック王子を賭ける」


「おいクロ!」


「いいよクロ。ぼくはかまわない」


 イオリは血相変えましたが、ブルックは平然としています。


「ありがとうニャ」


「じ、じゃあわしは今日得たものをまた全部……」


「それだけでは足りニャい。相手はブルック王子ニャ。そっちも王子に見合う大物を出すニャ」


「大物?」


「【ブラフマン】とはなんのことニャ?」


 クロの言葉を聞いたブルックとイオリは「ん?」と顔を見合わせました。


「ブラフマン?」


「なんのことだ?」


「宿場町享楽のボス、ザンダーが最期にいった言葉ニャ」


「あ、あの燕尾服の」


 相手が死ぬまで踊り続ける魔法【赤い靴】を操る契約者ショーティ、そして彼を配下に雇った宿場町の顔役ザンダーの姿をブルックとイオリは思い出しました。


「ザンダーは王子の魔法で手下と一緒に荒野に追放された。ザンダーはそこでなにかを見た。わたしの長い耳がザンダーの臨終の言葉を聞いた。それが【ブラフマン】ニャ。ラーズ、あんたそれがなんだかわかるかニャ?」


「……」


 ラーズは棒を飲んだような顔で無言を貫きます。

 その顔に、ビッシリ玉の汗が浮かんでいました。


「知ってる顔だニャ。じゃ、あんたはその答えを賭けるニャ。あ、お婆さん」


 偶然通りかかった肥った婆さんにクロは壺とサイコロを渡しました。


「サイコロを振るの? はいはい、どっこらしょ」


 お婆さんはあっさり壺を伏せました。


「はい、どちらさんも張ってちょうだい」


「丁!」


 とクロ。


「……」


「どうしたニャ?」


「……」


「さっさと張るニャ」


 やり手の奴隷商人は石のように凝固したまま壺を睨んでいます。

 クロは声を張りあげました。


「ラーズ、男の度胸を見せるニャ!」


「や、やっちまえ!」


 親分の号令を受けて、まわりを囲んでいた手下どもが一斉にクロに襲いかかりました。


「クロにさわるな」


 イオリが不知火丸を一閃すると、五人の男が路上に突っ伏します。


「大丈夫、峰打ちだ」


「このアマ」


「いい女だからって容赦しねえぞ!」


「おれよりまわりを気にしたほうがいいぞ」


「ああん?」


 イオリにうながされ、手下どもがまわりを見ると、相当な数の市民が彼らを囲んでいました。

 みんなすごい形相でラーズと手下を睨んでいます。


「な、なんだよみんな?」


「おれたちをだましやがったな」


「イカサマ野郎!」


「金返せ!」


「バカ野郎! 勝負にイカサマはつきものだ。悔しかったらその場でイカサマを暴いてみやがれ……ひええ」


「てめえ!」


「ふざけんな!」


 群衆は怒涛となって襲いかかり、あっという間にラーズと手下をボッコボコの袋叩きにしました。


「堅気の怒りを甘く見るのは極道失格ニャ。相手の勝負放棄でわたしの勝ちニャ。ほい」


 クロはラーズから取り返した金貨や書類をお爺さんに渡しました。


「もう博打に手を出しちゃだめニャ」


「ありがとうございます」


 ポロポロ感激の涙を流す老人に笑みを返し、クロは壺を開きました。

 サイコロの出目は五と二です。


「グニの半ニャ。わたしは丁に張ってたからあのまま勝負を続けたら負けてたニャ。さてラーズ! ブラフマンとは一体……」


「一人も逃がすな!」


「やっちまえ!」


「た、助けてぇ」


「答えを聞くのは無理だニャ」


 首をすくめるとクロはブルックとイオリを引き連れ、カオスな現場から離れました。


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