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第34話 荒野の屋敷

 一人の老婆が荒野を歩いています。

 厚手の白いワンピースを着て、頭にターバンを巻いた老婆の名はエマといいます。

 エマは街道を大きく外れた場所を歩いていました。

 日差しが厳しく井戸もない土地を、しかも老婆が一人で歩くのは危険極まりないのですが、これはしかたないことなのです。

 姥捨てにされた者は街道を歩くなかれ

 それが荒野の決まりです。

 背嚢にある水筒の残りはわずかです。

 エマは日が暮れる前に死ぬでしょう。





「チリーン」


 エマはときおり手にした真鍮製の鈴を鳴らしました。

 鈴の音は荒野に出る悪魔(ジン)を祓うといわれています。

 そうやって何度も鈴を鳴らしているうちにエマは気づきました。


(音が返ってくる?)


 鈴の音が、なにかに反響して返ってくるのです。

 エマは返ってくる音の波紋を辿って歩きました。





「ここは?」


 エマは驚きました。

 荒野の真ん中に、突然大きなお屋敷があらわれたのです。


(ここが音の源ね)


 屋敷の玄関に、人が二三人入れそうな大きな鐘がぶらさがっていて、それがエマの鈴と共鳴しているのです。

 玄関には二人の人物がいました。

 一人はここが荒野と思えないほど肌が白いエルフです。

 十代後半の美女に見えますが、エルフの実年齢は人間にはわかりません。

 もう一人は車椅子に乗った少年です。


「お待ちしておりました」


 エルフが水筒を渡すとエマはゴクゴク喉を鳴らして水を飲みました。

 エマが落ち着くとエルフが先にあいさつします。


「わたくしジュリーと申します。あなたは」


「エマです」


「エマさん、わたしはこの屋敷の管理人です。わたしたちはあなたのように姥捨てにあったかたをお世話するのをなりわいにしています。どうぞ、人生の終わりまでここをわが家と思ってのんびり暮らしてください」


「まあ」


 突然地獄から天国に着いた気分で、エマは頭がぼうっとしました。


「本当によろしいんですか?」


「もちろんです。裏庭に井戸があります。水の心配はいりません」


「こんなところに井戸が……でもわたしのような者を引き取ってなんの得があるのです?」


「ココというかたがスポンサーなのです。『荒野で迷子になった人を世話してくれ』とわたしに仕事を依頼したのです。経費はすべてココさんが負担し、わたしもココさんから給料をもらっています。この子も荒野で迷子になったのです」


「……」


 車椅子の少年が無言で頭をさげます。


「まあ、そんなご奇特なかたがいらっしゃるなんて。お屋敷もココさんがお建てになったのですか?」


「はい。なんでもココさんの友人のケリーという人が亡くなり、その人の遺産を譲り受けて建てたとうかがっています。ステラさん」


 ジュリーは玄関に出てきた老婆に声をかけました。


「こちらはエマさんです。部屋にご案内して」


「はい。どうぞこちらへ」


 ステラに手を引かれ、エマは屋敷の中に足を運びました。

 

「今日はココさんがいらっしゃる日です」


 ジュリーが車椅子の少年に声をかけます。


「今日はどんなお土産を持ってきてくれるのでしょう?」


「……」


 車椅子の少年は無言でニコニコ笑っています。

 ココに会えるのが楽しみなのです。





「ココは奴隷商人や貴族から奪った金で、姥捨てにされた老婆を救っていたのか……」


 ブルックはのぞき込んでいた水晶玉から顔をあげました。

 その手に古びて茶色くなった地図があります。


「地図に記された『はぐれ井戸』が、今屋敷が建っている場所だ……お、帰ってきた」


 一羽の(ワシ)がブルックのそばに舞い降りました。

 この鷲の目で見たものが、水晶玉に映るのです。


「さて、きみはもう一働き頼むよ」


 背嚢から紙と羽根ペンを取り出すブルックを、翼を畳んだ鷲が興味深そうに眺めます。


「なにを書くんだ?」


「イオリもう平気かい? エルフのジュリー宛ての手紙だよ。ココが死んだことと、これから王室がスポンサーになって彼女の活動を支援すると知らせるんだよ」


「そうか。それなら事務的な文章ではなく、なるだけやさしい言葉を書いてやれよ」


「なぜ?」


「それは」


 イオリは肩をすくめました。


「ジュリーがココの恋人だから」


「オゥ、それは気がつかなかった……わかった」


 ブルックは時間をかけてていねいに手紙を書き、畳んだ手紙をロケットペンダントへ入れました。


「これでよし。行け!」


 鷲の足首にペンダントを結びつけ、ブルックは再び鷲を空に放ちました。


「ところでクロだけど」


 クロを見つめながらイオリは首をかしげました。


「ちょっと若返ってないか?」


 クロの実年齢は千歳ですが、イオリの目に今までのクロは十四五歳の少女に見えました。

 それが今のクロは十二三歳と、前よりさらに幼く見えるのです。

 

「魔力を使いすぎるとこうなるニャ。休めば回復するけど、旅の間はずっと幼いまんまニャ。また魔力を使い過ぎたらもっと子どもになるニャ」


「まさか赤ん坊まで戻ったりするのか?」


「一回戻ったことあるニャ。赤ん坊になっても魔法を使えるけど、赤ん坊は体力がないから一回使ったらたぶん死ぬニャ。前赤ん坊になったときは先輩のエルフに助けられたニャ」


「わかった。もうクロに魔法を使わせない。あとはおれが……あれ?」


 ストン、とイオリはその場に尻餅つきました。


「まだ体調が回復してないニャ」


 クロがかざしたてのひらから、青い光が放たれます。


「治癒魔法【陽だまりの()】ニャ」


「ごめん……」


 涼しげな青い光を浴びてばつが悪そうにうなだれるイオリを見て、少し幼くなったクロは笑い、ブルックも笑いました。

 そんな彼らを、少し離れた場所から見ている人物がいました。


(やれやれ、まさか恐竜が出てくるとは思わなかった)


 うずくまって茶色い毛布を頭からすっぽりかぶり、荒野の土に擬態しているのはロージャ共和国の殺し屋(アサシン)コンスタンチンです。


(クロはおそろしい魔法使いだ。わたしの標的はあくまでイオリだが、あのダークエルフも要注意だ。これはもっと慎重に策を練らないと)


 元気を取り戻したブルック一行が立ち去っても、コンスタンチンはその場から動きません。

 するとさっきの鷲が戻ってきて、ずっと毛布をかぶったままのコンスタンチンのまわりをウロウロ周回したあと、嘴でツンツン突き始めました。


「痛っ、やめたまえ鷲くん……あ痛っ。きみ失敬だぞ。もっと荒野の王らしい優雅なふるまいを身につけ……痛っ、このバカ鳥あっち行け! おっと失礼、今のは暴言だ訂正する。お互い紳士だ、冷静に話し合おう。鷲くん、わたしはここでしばらくの間イオリ殺しの策を練りたい。ターゲットの気配を感じながらのほうが頭が働くのだよ。きみはそのアホみたいに大きな翼を広げてどこへでも行って……て痛っ!

 痛!」


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