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第33話 契約者ココ

 おれがまだ十代半ばのガキのころの話だ。

 おれは王都の下町に住んでいた。

 おやじは無職の飲んだくれで、おふくろは娼婦だった。

 おふくろが家で商売するから、おれは夜遠し町をほっつき回った。

 毎日。

 ただ歩き回るだけじゃ能がねえからおれは酔っ払いの財布をすったり、金持ってそうなおっさん強請って金を巻きあげたり、立ちんぼのお姉さんの用心棒をやったりした。

 結構いい稼ぎになったよ。

 それで……え? おやじとおふくろは今なにをしてる?

 さあねえ、もう十年以上会ってねえけど、たぶん二人とも死んでるよ。

 おやじは飲み過ぎで肝臓がいかれて、おふくろは性病か客の変態の手であの世に行ってるにちげえねえ。

 本当はおれの手で二人とも殺したかったけどね。





 そうやって毎日夜の町をほっつき歩いてたら仲間ができた。

 同い年のやつらでジョージ、ロベルト、エリックの三人だ。

 ああ、三人とも白人だよ。

 ある日いつものように四人でおっさんから巻きあげた金を数えてたら、ジョージがいった。


「なあ、最近ケリーのやつ見ねえけど、なんでだが知ってるか? あいつ店の金持ち逃げしたんだとよ」


「そりゃやべえ」


 ケリーが働いてたのは当時町でいちばん人気の売春宿だ。

 そこの金なら額もでかい。


「ケリーは一人で逃げたのか?」


「一人で逃げた。それでよう、どうやらケリーのやつ、もう死んでるらしいんだ。あいつがいつも持ち歩いてる古いエロ漫画がある場所で見つかったんだ。あれを手放したってことは、ケリーはもう死んでるにちげえねえ」


「ある場所ってどこだ?」


「荒野。ケリーの死体と金は、まだ見つかってねえ」


 おれはロベルトとエリックと顔を見合わせた。


(ケリーが金を持って荒野に逃げた。そしてそこで死んだ)


(ありえる話だ)


 二人の顔にそう書いてあった。


「よう、ケリーが持ち逃げした金だけど、四人で山分けしても一生遊んで暮らせる額だぜ。拝んでみたくねえか? その金」


「エロ漫画が見つかった場所はわかってんだな?」


「もちろん。荒野にたまにある『はぐれ井戸』の近くだとさ」


 ジョージは胸もとに吊るしたシルバーのペンダントの蓋を開いた。

 そこから小さく畳んだ地図を取り出し、おれたちは本格的に作戦会議を始めた。

 といっても荒野は広い。

 みんな言葉には出さないが、心の底では『金は見つかりっこない』と思ってた。

 ただごみごみした夜の下町をうろつき回る日々に、みんな飽き飽きしてた。

 おれたちはあのときちょっとした冒険旅行を楽しむつもりだったんだ。





 砂嵐に巻き込まれて方向感覚を失い、気がついたらおれたちは三百六十度四方にまったくなにもない場所にいた。

 完全な陸の孤島だ。

 荒野で磁石は効かねえし、太陽も三つバラバラに浮かんでるから方向がわからねえ。

 そうさ、砂嵐のあと荒野の太陽は三つになる。

 あれカミの悪戯じゃねえかな?

 太陽が三つもあるから日差しは厳しく、水筒の水は四人ともとっくに尽きた。

 まわりに井戸もない。

 朝宿を出るときは、昨日抱いた娼婦のオッパイの感触を思い出してニヤニヤしてた。

 でも今は、客に抱かれて豚みたいな声をあげるおふくろの姿が目にちらつく。

 最悪だ。


(死ぬ間際に見る走馬燈がこれかよ)


 おれ以外の三人は地面に横になってジッとしてる。

 息はしてるがしゃべる元気はない。

 おれは急速に眠くなってきた。


(眠りながら死ぬなら悪くねえ)


 おれが目を閉じようとしたそのとき、頭の中でだれかの声がした。


「力が欲しいか?」


「欲しい」


 間髪入れずに答えた。

 答えて、おれは力を得た。





 最初にロベルトの肩に触れた。

 ロベルトは死んだ。

 次にエリックの肩に触れた。

 エリックも死んだ。

 最後にジョージに触れようとしたら、やつが目をあけた。


「ココ」


 砂まみれの顔でジョージは笑った。

 おれはやつの肩に触れた。

 ジョージは死んだ。

 おれはジョージが身につけていたシルバーのペンダントを外し、自分の首にぶらさげた。

 なんでそんなことしたのかはわからねえ。

 自分の水筒を見ると、空っぽだった内部に水が満ちていた。

 一息で空にするとすぐ水筒は満杯になった。

 それも飲んだらまた満杯になった。

 おれは水筒のキャップを締め、その場を立ち去った。

 三つあった太陽が一つになっていて方向がわかった。

 三人の死体はそのままにしておいた。

 三人ともおれが人生で出会った、最初で最後の友だちだった。





(あれからもう十年になる。その間おれはずっと荒野にいて奴隷商人や行楽に向かう上流階級の馬車を襲って金を稼いでいる。女衒や「子ども好き」と評判の貴族は必ず殺した。『たくさん殺せ』とカミにいわれたからな。ご期待に添えねえと)


(そんなに殺して騒ぎにならなかったのか?)


(カミが死体を跡形もなく始末してくれるのさ。死体がなけりゃ事件にならない。それに『荒野にジンが出る』って怪談も役に立った。行方不明者は荒野でジンに食い殺された。街道の人間はみんな本気でそう信じてる。王子さま、この十年間おれは息を吸うように人を殺してきた。助ける価値はないと思うぜ)


(いやある。きみはカミと接触した数少ない人間の一人だ。それにきみは殺す相手を選んでる。ゼップランドの女性を外国に売る女衒や、子どもに手を出すペドフィリアの貴族はぼくもこの手で殺したい。教えてくれココ、人間を憎んで殺したがるカミとは、いったいどういう存在なんだ?)


(カミはとてつもなく巨大な存在だ。海や山よりもっと大きい。おれみたいなチンピラにいえるのはそんくらいだ。ただ、あんたを殺すようおれに命じるとき、カミはこんなことをいったな。

 『ブルックの額に置かれた女神の右手がわたしには見える。女神は王子を愛している。これはわたしにとってよくない兆候だ。やはり青い芽ははやいうちに摘むべき……』)


 そのときゾッとするほど固い音が荒野に轟きました。

 ティラノサウルスが突然ココの頭にかじりついたのです!


「王子! これを……」


 ココの必死の叫び声は、途中で消えました。

 恐竜が一口でココの全身を噛み砕き、飲み込んだのです。


「こら! 勝手な真似するニャ!」


 クロに叱られると恐竜はわれにかえった表情になり、ペコペコ頭をさげました。


「これはカミのしわざだ。恐竜を操って自分を裏切ろうとするココに天罰をくだしたんだ」


 ブルックは額に浮かんだ冷たい汗をぬぐいました。


「なんてことだ。心の声もカミに聞かれているなんて」


 そうつぶやきながら、ブルックは地面を見ました。

 足もとにシルバーのロケットペンダントが落ちています。

 ココがとっさに引きちぎって投げたのです。

 ブルックはしゃがんでペンダントを拾うと、蓋を開きました。


「……地図だ」


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