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第32話 死にぞこないの青

「ココ、きみの望みはなんだ?」


 ブルックが問うと、ジーンズ生地のジャケットを粋に着こなす黒人青年は真っ白な歯を覗かせ、爽快に笑いました。


「二人の護衛を殺し、あんたは第一王子に渡す。そうしろとカミに命じられた。カミに命令されるのは初めてだ。いいとこ見せなきゃな。それにあんたを売ったらいい金になるらしいし」


「金ならぼくが……」


 そこでブルックは急に黙り込むと、ストン、と尻餅つきました。


「ハハ、だいぶ弱ってるな。おれがこの手で触れた相手は体から水分が抜ける。さっき女剣士が『クロは大丈夫』といったが、エルフも脱水症状になるぜ。見ろよ」


 ラッパの形をした皮袋の水を飲みながら、ココはブルックのとなりを指さしました。


「クロ!」


 思わずブルックは悲鳴をあげました。

 地面にしゃがみ込んだクロがぐったりしています。


「しっかりしろ!」


「むかし荒野で迷子になった女エルフを助けたことがある。あいつもそうだったがいったん脱水症状になるとエルフは人間よりダメージ大きいぜ。そいつはもう立てねえよ」


「クロ!」


 ブルックが揺すってもクロは反応しません。

 そんな二人のようすをニヤニヤ笑って見ていたココの顔から、不意に笑いが消えました。


「……王子さま。あんたかわいい顔してんな。おれが口移しで水を飲ませてやる」


 ブルックはハッとして顔をあげました。


「いっとくけど今この水飲まねえとあんた死ぬぜ」


 ココは一口水を飲むと、まだたっぷり中身が入った皮袋を背後へポイと捨てました。

 頬をフグのようにふくらませ、ゆっくりブルックに近づきます。


(へへ、怯えてやがる。きれいでかわいい生きものが怯えるのはたまらねえな。ん?)


 嗜虐心を刺激され、ニヤニヤ笑いが止まらなくなったココはふいに目を細めました。

 ブルックの手もとがキラリと光ったのです。


(とがった石を持ってやがる。それでおれとやり合うつもりか? むだなことを……え? 自分のてのひらを石で切った? その手をかざして……滴る血が……エルフの口にって、やべえ!)


「クロ」


 ブルックは絶叫しました。


「やつを殺せ!」


 王子の神聖な血を飲んだクロは、たちまちパチッと目をあけました。


「ホラー!」


 すかさず手をかざしたクロの眼前に魔法陣が浮かび、そこから放たれた光がココを直撃します。


「破壊魔法【夏と花火と私の死体】ニャ!」


「ブホッ」


 口から水を吐き出し、ココはうしろへ吹っ飛びました。しかし


「ハハハ! 威力が甘いぜ」


 すばやく起きあがり、ココは血まみれの顔で笑いました。


「やっぱ脱水症状で魔力が弱ってるな」


 ココのいう通り、クロはまだフラフラしています。


「ふつうなら今の魔法でおれの頭は吹っ飛んでる。やっぱおれラッキーだ」


「そうかな?」


 手の傷にタオルを巻きながらブルックが語ります。


「きみの魔法はいずれクロが解除する。それを阻もうとしてもきみはこれ以上ぼくらに近づけない。もっと距離が近くなったらクロの魔法の威力が格段に増すからね」


「たしかにそうだ。威力が衰えてるとはいえうかつに近づけねえ。しかしおれの魔法は相手に直接触れなくてもいいんだぜ。なぜならおれの魔法は伝播する」


「なんだって?」


 ブルックはハッと地面を見ました。

 無数の赤い蟻が地面を這い、こちらに近づいてきます。


「クロ、蟻だ!」


 ブルックは再び絶叫しました。


「蟻が使い魔だ! 噛まれたら体から完全に水が抜けるぞ!」


「ハハハもう遅い!」


 カサカサ乾いた音立てて、蟻の大軍がブルックとクロに迫ります。


「ガハハハ! ん?」


 勝利を確信したココの頭上を、なにかの影が鳥のように飛び越えました。


(あれはさっきおれが捨てた皮袋? 蓋が開いてるのに中身の水がこぼれねえ?)


 ココの頭を越えて飛んできた皮袋をクロは両手でキャッチし、ブルックに手渡しました。


「プハー、クロを甘く見たな」


 手の甲で口もとをぬぐい、ブルックは皮袋をクロに手渡しました。

 クロはゴクゴク喉を鳴らして水を飲みました。


「プハー」


「さっきクロの魔法の威力が弱かったのは脱水症状のせいじゃない。破壊魔法と一緒に【皮袋を空中でキャッチする魔法】を使っていたからだ」


「なんだと?」


「大魔法使いクロはいっぺんに二つの魔法を使う。やれクロ!」


「や、やめろ!」


「ホラー!」


 クロが呪文を唱えると、蟻の大軍が一斉に反転し、ココに襲いかかりました。


「反転魔法【死にぞこないの青】!」


「ぐわ!」


 蟻の大群に噛まれたココの顔面がみるみる乾燥し、皺だらけになります。


「やばい、おれ、死ぬ……」


 そのときココの足もとで、白いなにかがチラリと動きました。

 それを見たココは、皺だらけの顔に会心の笑みを浮かべました。


「やっぱおれは運がいいぜえ。クロが死んだら魔法は解除される」


「なに?」


「食らいやがれ!」


 ココの怒号とともに、地面を白い影が疾走しました。

 さっきの蟻よりはるかに速く、白いトカゲが二人に迫ります。

 ブルックは瞬時に状況を理解しました。


「使い魔が蟻からトカゲに変わった! あのトカゲに触れられたら一巻の終わりだ、クロ!」


「ホラー!」


 クロが呪文を唱えた次の瞬間、地上が暗くなりました。

 地を這うトカゲが変身したのです。

 トカゲは全長十三メートル、体重九トンのティラノサウルスになりました!


「な、なんだ!」


「反転魔法の応用ニャ」


 愕然と頭上を見あげるココに、クロが得意そうに語ります。


「トカゲを始祖まで反転させたニャ」


 一転クロの使い魔となったティラノサウルスは、ココの下半身を巨大な口に飲み込みました。


「た、助けてくれ!」


「待て」


 ブルックの一声で、ティラノサウルスはココを吐き出しました。


「クロ、彼にかけた魔法を解除して」


「ディスペル」


 クロが呪文を唱えると、ココを苦しめていた乾きが一瞬で癒えました。


「イオリはもう水を飲んだね? きみも飲みたまえ」


 ブルックはココに水が入った皮袋を渡すと、魔石(ウィッチ・ロック)をかざしました。


(聞こえるかい?)


 ブルックの声が直接ココの脳に届きます。

 ウィッチ・ロックに収蔵された魔法を使ったテレパシーです。


(すべての会話はカミに聞かれている。だからぼくらは心の声で会話しよう。ぼくはカミについて知りたい。ココ、きみはどういういきさつで契約者になったんだ? 話してくれ。話してくれたらきみを王室で保護する)


「……わかった」


(口でいってはだめだ。頭の中でしゃべるんだ)


(わかった。話すぜ)


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