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第31話 さまよえる湖

 老人が一人、井戸のそばにあお向けになって死んでいました。

 数台の馬車から降りた人々が十数人、死体を遠巻きに眺めています。


「ちょっと失礼」


 ブルックは人々の間をすり抜けて死体に近づき、しゃがんで検分しました。

 皺だらけの老人の開いた目に、空を飛ぶ鳥が映ります。


「……驚いた。この人お年寄りじゃない。若者だ」


 ブルックは死人が着たシャツのポケットから、旅人が携帯する身分証を取り出しました。


「キャメロン・ジョプリン。職業行商人。年齢二十三歳……死因は脱水症状だな。体の中から水分が抜け切ってる」


「でも町からまだ八キロしか歩いてないぞ。脱水は早すぎるんじゃないか?」


 イオリの疑問にブルックも首をかしげます。


「確かにそうだな……あなたが第一発見者ですか?」


 ブルックはジーンズ生地のジャケットを粋に着こなす黒人の若者に声をかけました。


「ああおれだ。ここへ着いたときこいつはもう死んでた。馬はいなかったな」


「悲鳴は聞きましたか?」


 質問しながらブルックは顔をしかめました。

 相手の胸もとにあるシルバーのロケットペンダントが日差しを反射してまぶしかったのです。


「なにも聞いてねえ。それよりこの井戸の水はもう飲めねえぞ」


 黒人の若者は井戸を指さしました。

 街道の井戸はどれもポンプくみあげ式ですが、そのポンプが乗った井戸の蓋が、わずかに開いているのです。


「すき間から毒を入れられたかもしんねえ。その毒でこいつもやられたんじゃねえか?」


「その可能性はありますね」


「おっと近づかねえほうがいいぜ」


 井戸をのぞき込もうとするブルックとイオリの肩を、黒人の若者はそっと押してさがらせました。


「毒気に当てられるかもしれねえよ」


「わたしたちはいったん享楽の町に戻ってクロウ(死体処理人)を呼んでくる」


 馬車でここまできた家族の父親がブルックに声をかけます。


「きみも一緒に戻らないか?」


「ありがとう。でもぼくらは行かなくちゃ。どうぞご心配なく」


「おれはこの先の井戸の安全を確保しに行く。あんたらはゆっくりきな!」


 そう声をかけると黒人の若者は自分の馬に乗り、駆け出しました。


「では気をつけて」


 馬車の一団は享楽の町に戻り、井戸のまわりは一気に静かになりました。


「好きな魔法は、八つ裂き光輪、です。ムニャムニャ」


「クロまだ寝ぼけてるな」


 あきれたように首を振ると、ブルックは死体の前で手を組みました。


「……クロウはすぐくる。キャメロン、もうしばらく待っていてくれ。行こう」





 それからブルック一行は一時間歩きました。

 距離にしておよそ四キロ、次の井戸までやはりあと四キロあります。

 日が高くなってますます暑さが厳しくなってきました。

 すると先頭を歩いていたイオリが足を止めました。


「水筒に水はあるか?」


 振り向かずうしろを歩くブルックに尋ねます。


「あるよ。きみの分ないならぼくのをやるよ」


「いやある。クロは大丈夫か?」


 ブルックはクロと手をつないで歩いていました。


「クロなら平気だよ」


「わかった。次の井戸まであと四キロだ」


 一行はまた炎天下を三十分ほど歩きました。


「プハー」


 水筒の水を飲み、ブルックは中身を確認しました。


(あと一口分か。さっきの井戸で水を補給できなかったからな)


 はやく次の井戸に着かないとまずい、と軽いめまいを覚えながらブルックが思ったときです。


「なんだこれは」


 ブルックの耳を打ったのは、狼狽したイオリの声です。

 イオリは街道沿いに生えた、一本の木を見ていました。

 木の枝はすべて剪定されていました。

 切られているのです。


「クソ!」


 イオリはしゃがむとナイフで木の根もとを掘りました。


「かじれ。唾が湧く」


 ようやく切り出した木の根をブルックに渡すと、イオリはその場にうつ伏せに倒れました。


「イオリ!」


 ブルックが慌てて助け起こします。


「脱水症状だ」


 水気が完全に失せ、カラカラに干からびた唇でイオリが自己診断を告げます。


「脱水? そんなバカな。ついさっき水を飲んだし塩も舐めたろう?」


「ああ。でも体に全然水分がたまらない。おまえは平気か?」


「実をいうとさっきから異様に喉が渇く」


「そうだろう。おれたちどっかで魔法をかけられたんだ」


「魔法を!?」


「ああ。体から水分が失われる魔法だ。いいか今すぐクロをしゃんとさせろ。長命種のエルフは人間より新陳代謝が遅い。だからクロはまだ脱水症状になってない、体に水が残ってる。今は寝不足でフラフラしてるだけだ。この近くに魔法使いが隠れてる。そいつを見つけて殺し、水を確保するようクロにいうんだ。そうしないとおれたち全員、ここで死ぬ……」


 そこでイオリは意識を失いました。


「しっかりしろ!」


 イオリを寝かせるとブルックはそばに落ちていたナイフを拾い、いきなり虚空に向かって投げました。

 するとナイフは虚空で停止しました。


「危ねー」


 バサッと音立てて、土と同色の茶色い毛布が、地面に落ちました。

 毛布にナイフが刺さっています。

 だれかその毛布を頭からかぶって、その場にしゃがんでいたのです。


「単純なカモフラージュだけど、これが意外にバレねえんだ」


 種明かしをして笑うのはさっき井戸で会った、ジーンズ生地のジャケットを着た黒人の若者です。


「おれの名前はココ。なあ王子さま、荒野で一番大事なものはなんだと思う。金? NO。食い物? NO。女? NONO。答えは水だ。あんたたちはその大切な水を水筒だけでなく体から失った。人間の体の七十パーセントは水でできてるのに。ご愁傷さま」


「ココ、きみは魔法使いなのか?」


「そうだ。おれは【契約者】。おれはカミと契約してこの力を得た。おれの魔法【さまよえる湖】であんたらの体から水分を奪った。悪く思うなよ」


(クソ、イオリがいった通りだ)


 ブルックは乾いた唇を噛みしめました。


(人と化け物は外見ではまったく見分けがつかない。

 こいつは荒野に潜むといわれる、あのおそるべき化け物(ジン)だ!)


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