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第3話 友だちと不知火丸

 朝から晩までハンマーを振る日々が二年続き、イオリは七歳になりました。

 そんなある日。


「これ振ってみろ」


 グレンは一振りの剣をイオリに渡しました。

 むかしグレンが鍛えた、軍隊用の長大な剣です。


「……」


 イオリは柄を両手で持つと、剣を無造作にまっすぐ振りおろし、終わるとすぐグレンに返しました。

 毎日仕事で触れているから、剣には飽き飽きしていたのです。すると


「おまえ、今の一太刀の威力がどんだけか、自分でわかってんのか?」


 グレンが青ざめた顔で尋ねます。

 イオリは肩をすくめて「わかんねえ」と答えました。


「今の一太刀をもし受けたら、おれの体、縦に真っ二つになってたぞ」





 その日からグレンのイオリに対する態度が変わりました。

 仕事はきっちり八時間で終え、それ以上の残業はさせません。

 殴るのはやめました。

 やさしい言葉をかけるわけではありませんが、乱暴な言葉で怒鳴ることもなくなりました。

 物置小屋にもこなくなったのです。

 暴力を奮う人間は、他人の暴力に敏感です。

 百八十三センチ九十五キロの巨漢グレンは、針のように痩せこけた七歳のイオリを本気で恐れたのです。





「軍隊と打ち合わせがあるからおれは出かける」


 グレンは早朝から慌ただしく出かける準備をしていました。


「おまえは今日なにもしなくていい。一日休め」


 そういわれてイオリはポカンとしました。

 七歳にして初めて休暇をもらったから、とっさに自分がなにをしたらいいかわからなかったのです。





 その日は朝から雨が降っていました。

 強くはありませんが肌に張りつくようにシトシト降る雨です。

 イオリは作業場のそばにある丘の洞窟で雨宿りしました。

 自然にできた洞窟ではありません。

 防空壕と呼ばれる古代文明の遺跡です。

 中に入ると真っ暗だった空間はたちまち明るくなりました。

 壁に設置された「光石」の明かりです。

 光石は体温に反応して輝く魔道具です。

 置いてある椅子に座ってアーチ状の天井を見つめ、イオリは「あ」と叫びました。

 自分の声が壁に反響し、その声が消えるとシトシト静かな雨音が聞こえます。


(雨は好きだ)


 イオリは膝を抱え、防空壕前の広場を濡らす雨を見つめました。


(一日中熱い鉄を打って焼けただれた肌がひんやりする。雨音で町の雑音が消えるのもいいな)


 そんなことを思いながら傷だらけでざらつく腕を撫でていたときです。


「ひゃー濡れた濡れた」


 悲鳴をあげて五人の子どもが防空壕に駆け込んできました。


「よ、イオリ!」


 元気に挨拶したのは五人のリーダー格でなかなか逞しい体格をした少年アランです。


「やっぱりここにいたね!」


「今日は仕事の手伝いしなくていいの?」


 陽気にイオリにじゃれつくのはトビーとヒューゴー。


「やあ、イオリ」


 ちょっと照れ臭そうに挨拶する眼鏡の男の子はイーサン。


「こんにちはイオリ」


 最後におしとやかに挨拶したのは長い耳を持つエルフの少女エリです。

 エリは近所の大人に「美少女」と囁かれるような、端正な顔をしていました。

 五人はイオリの友だちです。

 五人とも両親がいるちゃんとした家の子どもです。

 イオリのように悲惨な境遇の子は一人もいません。

 でも彼らはイオリを差別せず、イオリも彼らが大好きでした。

 彼らの無邪気さや子ども特有の途方もないやさしさが、ボロボロにささくれだった心を癒してくれるからです。





「うわ!」


 悲鳴をあげるトビーの顎のすぐ下に、アランが振りあげた棒切れがありました。

 二人でチャンバラごっこをしていたのです。


「そんな技見たことないぞ」


 トビーは自分がたった今見たものを実演しました。


「棒を相手の鼻先にまっすぐ振りおろし、地面すれすれで今度は逆に振りあげ下から顎をねらう。なんて技?」


「燕返し。神罰で海に沈んだ島国の剣士の技だ」


「ねえ、これ自分で切ってるの?」


 イオリの黒髪を撫でながらエリが尋ねます。


「そうだよ。『作業の邪魔になるから切れ』ってグレンがうるさいんだ」


「もったいない。伸ばしたら絶対似合うのに」


「グレンはハゲだからやっかんでるのさ。イオリこれ見てくれ」


 トビーとのチャンバラを終えたアランは、毛布にくるんだ細長いなにかを差し出しました。


「これは?」


 毛布からあらわれたのは赤い鞘に入った、一振りの刀です。


「最近おやじが手に入れたんだ。これ価値あるものか見てくれよ」


 アランの父親は軍人です。

 イオリはタオルでていねいに手をぬぐってから、すらりと鞘を払いました。

 ふつう子どもの手で刀の鞘など払えませんが、そこはさすがに鍛冶屋でさんざん武具の扱いになれたイオリです。

 イオリは鞘をアランに渡すと柄を両手で握り、中段に構えました。


「……よく手になじむ。ていうか柄のほうから手に吸いついてくる」


 イオリは刀をまっすぐ立て、じっくり刀身を見つめました。

 軽く一振りすれば水滴が飛び散りそうな、瑞々しい輝きをたたえた刀です。

 浅く反りが入った刀身に錆や曇りはまったくなく、刃の放つ冷たい光がイオリのまぶたを青く染めます。


(刃渡り七十センチ、全長百センチってとこだな。にしてもこれいつの時代の刀だ? ふつうは鉄の匂いを嗅いだり、鉄の表情を見たらすぐわかるけど、この刀はわからない。すごく古そうにも見えるし、つい最近作られたばかりにも見える)


 イオリはいろいろ角度を変えて刀を眺めました。


(東方の刀は大陸の剣に比べて細身でひ弱に見えるけどこの刀はちがう。大陸の剣と正面から打ちあっても折れない強靭さとしなやかさがある。そして『それ以外のなにか』もある。それがなんだかわからないけど)


「……切っ先が鋭いのは革甲冑を切り裂く工夫だな」


「この刀おやじに内緒で持ち出したんだ」


 アランが肩をすくめます。


「雨に濡れて錆が出ないか心配だけど」


「大丈夫。刃が呼吸してる」


「え?」


「刃が新陳代謝して自ら新しくなってる。この刀は錆びないよ」


 子どもたちはイオリがなにをいっているのか理解できませんが、イオリ本人も自分がなにをいっているのかわかりません。

 ただじっくり見ていると「この刀は絶対錆びない」という根拠のない確信が湧いてくるのです。


「……で、どうだい? 刀の価値は?」


 アランが身を乗り出して尋ねます。


「王家の有名な神剣【ローズ】に匹敵する名剣だ」


「ほんとか!」


 目を輝かせて喜ぶアランにイオリは尋ねました。


「刀の名前はわかるかい?」


「シラヌイマル。刃の尻尾に異国の文字で名前が刻んである」


「刃の尻尾、(なかご)か」


 イオリは器用に柄を外し、刀のグリップを見ました。

 

「不知火丸」


 刀の名前、あるいは刀を作った者の名前が異国の文字で白々と刻まれています。

 イオリは柄を元にもどし、もう一度刀をまっすぐ立てました。

 

「……」


 白々と明るい防空壕の中で、子どもたちは秘密集会で女神像を拝む敬虔な信者のように、熱心に刀を見つめました。


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