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第29話 暴力は人間を自由にする

「わたしはカミと契約して力を授かりました。わたしは自分をカミの信者ではなくカミの【契約者】と自称しています」


 ショーティが淡々とイオリに語ります。


「カミはわたしがたくさん人間を殺すのを望んでいます。カミと契約した者として、この義務は果たさねばなりません」


「女神は最初に自分と契約した人間に地下水が無限にあって、小麦が豊かに実る土地を与えた。それがゼップランドの始まりだ。創世神話にそう書いてある。殺人魔法よりこっちのほうが建設的だ。契約相手を女神に変えたらどうだ?」


「それはイオリ殿のような強者の発想です。子どものころから足が不自由なわたしは弱者です。弱者に選択権はありません。ただ運命に従うだけです。たしかに女神さまは偉大です。すべての人間に平等に愛と知見をお与えになる。

 でも結局それで救われるのはあなたのような強者だけなのです。

 平等な社会は能力主義の社会ですから弱者は弾かれます。女神さまのように公明正大なかたに、わたしのような弱者は救えません。女神さまの視界にわたしのような弱者は入っていないのです」

 

 ショーティはフッとため息をつきました。


「愚かなわたしですが、二十一年生きてたった一つ得た真理があります。

 暴力は人間を自由にする。

 それがわたしが得たたった一つの真理です。イオリ殿、剣士であるあなたはそれをよくご存知のはずだ。暴力はあなたのような強者ではなく、本当はわれわれ弱者にこそ必要なのです。おやさしい女神さまは、愛は与えても弱者に決して暴力を与えません。 

 カミは弱者に惜しみなく暴力を与えます。おわかりですか?

 強者には強者の、弱者には弱者の救い主が必要なのです。ディスペル」


 ショーティが呪文をつぶやくと、ブルックやクロや女たち、それに水晶玉に映っていた王都の人々の踊りがピタッとやみました。


「ショーティ! おれたちはまだ止まらねえぞ!」


 ザンダーと手下は相変わらずクネクネ腰を振って、荒野への歩みを進めています。


「カミは『たくさん殺せ』といわれた。ザンダー、あんたと手下は地獄行きだ」


「お、おいショーティ!」


「お待たせしましたイオリ殿、やりましょう」


 ショーティが手にしたウクレレを軽く振ると、楽器は一瞬で剣に変わりました。

 暗黒大陸原産の湾曲した片手剣です。


「ショーティ、おれはおまえとやり合いたくない……といっても手遅れだな」


 肩に湾曲剣をかついだショーティが、いつの間にかイオリの目と鼻の先に立っていました。


「やられたよ。間合いに入られた。おまえの話が興味深くて聞き入ったけど、あれは目くらましだったんだな」


「申しわけありません。弱者には弱者にふさわしい戦いかたがあるのです」


「おまえは弱くないぞ」


 イオリは左腰にさした不知火丸の柄に手を触れました。


「それにおれも強くない」


「ご冗談を」


 イオリは黒い瞳でショーティの灰色の瞳を見つめました。


(みすみす間合いに入られるとはな。ドジを踏んだ、もう一歩も動けない。ショーティの戦いかたは明白だ。袈裟斬りで一気にこっちの心臓を斬るつもりだ。おれは不知火丸の居合抜きでショーティの胴を払う一手……ん?)


「弱者に選択権はありません」


(ショーティの台詞だ。でも弱者はやつじゃない。おれだ。今のおれは居合抜きの一手しか選択肢がない弱者だ。おれを不利な立場に追い込んだショーティは強者だ。そんな強者のショーティに選択肢が見え見えの袈裟斬りしかないなんてことは絶対ない。あいつにとって有利な第二の手があるはずだ……)


 そのときふいにポコッと軽い音が聞こえました。

 風で舞いあがった小石が、ショーティの義足にぶつかったのです。


(これだ!)


 カッとイオリが目を見開いた瞬間ショーティが動きました。

 右肩に担いだ剣が鎌首をもたげます。

 イオリがそちらに注意を向けると、足もとでカタンと軽い音がしました。

 縦に二つに割れた義足が地面に転がっています。

 義足が外れたショーティを支えるのは、膝に植え込まれた直刀です!


(もらった!)


 ショーティはイオリの腹をまっすぐ蹴りあげました。


(イオリ殿は飛んで蹴りをかわすだろう。そこを湾曲剣で斬る!)


 二段構えの攻撃にショーティは勝利を確信しました。

 しかし予想外の事態が発生しました。

 イオリの姿が消えたのです!


(なんだ!?)


 下を見ると足もとにイオリが這いつくばっています。


(しゃがんで蹴りをかわした?)


「おのれ!」


 がら空きのイオリの後頭部に、ショーティは剣を振りおろしました。


「居合術【風神の門】」


 イオリは地面に這いつくばったまま不知火丸を抜きました。

 つむじ風が地面すれすれを舞います。

 電光石火の峰打ちがショーティの軸足を払いました。


「うわ!」


 イオリはあお向けに倒れたショーティの手から剣を蹴り飛ばしました。


「なぜ義足に剣が仕込まれてるとわかったのです?」


 喉もとに刀を突きつけられたショーティが尋ねます。


「小石が義足にぶつかったとき軽い音がした。それで中が空洞でなにか仕込まれてるとわかった」


「さすがです」


「ショーティ、きみを王室で保護しよう」


 やっと魔法から解放されたブルックが声をかけます。


「そのために取り引きだ。きみが知っているカミの秘密をすべて教えてくれ」


「……カミは」


 その瞬間大地を斬り裂くおそろしい音が轟きました。

 晴れた空から、槍のようにまっすぐ稲妻が落ちたのです。

 稲妻はショーティを直撃しました。


「裏切者に対するカミの天罰ニャ」


 青ざめた顔でクロがつぶやきます。


「惜しみなく与えるカミは、惜しみなく奪うものでもあるんだ」


 これは震えるブルックの台詞です。


「ショーティ……」


 イオリが覗き込んだショーティの顔は、かすかに笑っていました。


「お兄ちゃん」


 稲妻が落ちる直前、ショーティはひさしぶりに妹ダリアの笑顔を思い出しました。


(ダリア、兄はおまえの声と笑顔をずっと忘れなかったぞ)


 その思いが、死ぬ間際のショーティを笑顔にしたのです。


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