第28話 兄と妹
ここは王都の下町です。
廃品回収業者ショーティは妹ダリアと安アパートで暮らしていました。
兄は十八歳で妹は十六歳、親はいません。
兄妹の両親は乗っていた馬車の事故で亡くなり、ショーティもその際右足を失いました。
妹は知恵遅れでさらに心臓も悪いのですが、二人の暮らしは楽しいものでした。
ショーティは仕事のほかに炊事洗濯など家事全般を担当し、ダリアはなにもしないで近所の子どもたちと一日中遊んでいます。
楽しい日々ですが、しかし困った点もありました。
ダリアはとても美しい娘でした。
胸も大きいのです。
いずれも死んだ母親譲りですが、こういう女の子は男性に好かれます。
ショーティが仕事で留守のとき、一人の男性がアパートにやってきました。
さびしがり屋のダリアは喜んで男性を部屋へ迎え入れ、喜んでセックスしました。
その男性以外にも、多くの男性がアパートの部屋を訪れました。
「おれがいないとき男の人を部屋に入れてはいけないよ」
「うん」
ダリアは素直にうなずきましたが、男性を招き入れるのはやめません。
ある日ショーティは妹を呪術師の老婆のもとへ連れて行きました。
堕胎のためです。
父親はわかりません。
「愛の行為は尊い。でもこの子は心臓が悪い。やり過ぎないよう気をつけるんだよ」
老婆にいわれてショーティは無言でうなだれました。
ダリアはベッドですやすや眠っています。
石畳に義足の音がコツコツ響きます。
「さて、と」
リヤカーを引いてきたショーティは路地の入口で足を止めると、荷台に置いたウクレレを取りあげました。
客寄せに陽気なメロディを弾いていると、路地に面した家々からおかみさんや子どもがワラワラ出てきます。
「おはようショーティ」
「今日は早いのね」
着なくなった服や使わなくなったフライパンを荷台へ置くと、おかみさんたちは子どもと一緒にショーティのウクレレに耳をかたむけました。
ショーティがコミカルなメロディを弾くと子どもたちはキャッキャと笑いました。
お客が廃品を提供して得られるご褒美がこのウクレレの演奏です。
ショーティは王都随一の廃品回収業者ですが、それは彼のウクレレに秘密がありました。
みんな彼が奏でる音楽を聞きたいのです。
「よおショーティ」
荷台の整理を終えたショーティが移動しようとしていると声をかけられました。
声をかけてきたのは左目を眼帯で覆った大男です。
「やあ、スネーク」
ショーティは愛想笑いを浮かべました。
スネークはこの町ではちょっと知られた遊び人です。
「妹は元気か?」
「ああ元気だよ。おかげさまで」
「この前おまえんちに行ったら留守だったからよ、心配してたんだぜ。また遊びに行くから妹にそう伝えといてくれ。じゃあな」
ショーティの肩にズシン、と重い手を置いて、スネークは立ち去りました。
「……あいつだ」
あいつがダリアがおろした子どもの父親だ、とショーティは確信しました。
「今日からここがおれたちの家だ」
郊外の森の中にある屋敷でショーティは荷をほどきました。
以前廃品回収に訪れた廃館を格安の値段で買ったのです。
町まで距離がありますが、早起きすれば仕事に支障はありません。
それに町から遠ければ、男たちが訪ねてくることもないでしょう。
とくにスネークのようなお山の大将は、自分の縄張りを離れるのをいやがるものです。
(心臓が悪いダリアを男たちから守るにはこうするのがいちばんだ)
ダリアは二階の窓から森の風景を眺めていました。
「気に入ったかい?」
「うん!」
ダリアは兄に抱きつきました。
「ありがとうショーティ!」
「おれに黙って引っ越すなんてよくねえなあ」
ベッドを軋ませながらスネークがうそぶきます。
「おめえの妹と遊べねえじゃねえか」
スネークの巨体の下に、裸のダリアがいます。
引っ越したばかりの屋敷の寝室で、スネークはダリアを犯しました。
「やめろ!」
止めようとしたショーティは、スネークの五人の手下に殴り飛ばされました。
「おめえはそこで見てろ」
「おら顔あげろ!」
殴られて腫れたショーティの顔を、手下どもは無理やりベッドに向けました。
「ショーティ」
兄を見て妹は笑いました。
「やめろ、やめてくれ!」
「うるせえ」
また一人の手下が拳で殴り、ショーティは鼻と口から血を流しました。
「ダリア」
「こいつ勃起してやがる!」
「とんでもねえアニキだ!」
「お兄ちゃんいい趣味してんな。ギャハハハ! ……」
スネークに続いて五人の手下もダリアを犯しました。
五人目がことを終えるころ、ダリアはまったく反応しなくなりました。
「アニキ、この女動かねえよ?」
「ほっとけ。帰るぞ」
ショーティはベッドをのぞき込みました。
「ダリア」
妹は目をあけたまま息を引き取っていました。
ショーティは妹の目をそっと閉じました。すると
「力が欲しいか?」
突然頭の中に声が聞こえました。
相手が何者か確かめもせず、ショーティは返答しました。
「欲しい」
「なんだ?」
スネークがゆっくり振り返ります。
ショーティが急にウクレレを弾き始めたのです。
「バカに調子のいい曲弾いてやがる。もっとしっぽりした曲弾けよ……おい?」
「アニキどうしたんすか?」
手下どもは笑いました。
スネークが踊り出したのです。
「バカ野郎おまえらもじゃねえか!」
「え?」
五人の手下もいつの間にかヘナヘナ腰を振って踊っています。
「な、なんすかこれ?」
「おいショーティ! これはてめえのしわざか!?」
演奏をやめたショーティはスネークの問いかけに答えず、ベッドのダリアをシーツにくるむと両手で抱えあげました。
「おい待てショーティどこへ行く? おれたちを止めろ! ショーティ!」
「……さっきおれがやめてくれといったら、あんたらやめたっけ?」
絶句するスネークと手下をその場に残し、ショーティは妹を抱えて屋敷をあとにしました。
三週間後。
ショーティが屋敷の二階を訪ねると、そこにスネークがいました。
巨漢のスネークは三週間ほとんど飲まず食わずで踊っていました。
踊るスネークの足もとに白骨が散らばっています。
死んだ五人の手下の骨です。
ショーティは椅子に座ると踊り続けるスネークに目を向けました。
老人のように皺だらけで、枯れ枝のようにやせこけたスネークが哀願します。
「殺……して、くれ」
「……」
ショーティは無言でウクレレを弾きました。
陽気でコミカルなメロディが室内に響きます。
「やめて……くれ。頼む。もう、踊りたく、ない……」
「今弾いてるのはダリアがいちばん好きだった曲だ」
そのときショーティの脳裏に、ダリアの笑顔と声が甦りました。
「お兄ちゃん」
(亡くなった人はまず声から忘れられるという。ダリア。おれは絶対忘れない。おまえの声も、笑顔も、なにもかも)
ショーティは鳥の囀りとスネークのうめき声を合いの手に、ウクレレを弾き続けました。
「妹が死んだのが今から三年前です。その後わたしはザンダーに拾われ、用心棒として多くの荒くれ者を殺しました。かかった人間が死ぬまで踊る魔法【赤い靴】で」
「ショーティ、おまえに力を授けたのは、いったいだれだ?」
イオリの質問に義足のウクレレ弾きは簡潔に答えました。
「カミです」
「力を授けるとき、カミは見返りになにを要求した?」
「『たくさん殺せ』カミがいわれたのはそれだけです」




