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第26話 裸足の女たち

 八月二日、今日は旅が始まって二日目の朝です。

 ブルック、イオリ、クロの三人は最初の宿場町【興奮】から朝早く出発しました。

 町には多くの旅人が宿泊していましたが、みんな馬車で目的地に向かうので歩くのはブルックたち三人だけです。

 馬車に置いていかれ、夜明けの活気が消えた静かな町を三人はとぼとぼ歩きました。


「徒歩旅行者はぼくらだけか。それにしてもみんな早起きだ」


 そう語るブルックはまだ眠そうです。

 

「旅人と貧乏人は早起きが定番なのさ」


「なるほど。ところでイオリ、左目は大丈夫?」


「ばっちり見える」


 昨日不知火流奥義を使ったダメージで青くなったイオリの左目の瞳は、今は元通り黒くなっています。

 イオリは左目をしばたたかせ、その横でクロは景気づけをかましました。


「チンチン!」


「こら、そんなはしたないこといってはいけません」


 イオリはクロをたしなめました。

 ちなみにたしなめたイオリは十七歳、たしなめられたクロは千歳です。

 叱られたのが照れ臭いのか、クロは小さい頭をイオリのお腹にこすりつけました。


(かわいいやつ)


 イオリはクロの頭を撫でました。すると


「チンチン」


 クロのくぐもった声が、イオリの鉄板みたいなお腹をくすぐります。


「こらまた! ……なあブルック、昨日の『契約』の話だけど……この旅が無事に終わっても、その後ゼップランドに楽園(アガルタ)を作れなかったらおまえの首は民衆の手で斬られる。そんなのこわくないか?」


「平気さ。だってアガルタはもうできてる」


「え?」


「昨日もいっただろう? ゼップランドはすでに言論の自由があり、自由を支える諸条件、軍事・教育・経済も高いレベルで安定してる。ゼップランドは大陸の楽園だ。この呼称に偽りはない。あとは【あれ】を取り除くことさえできれば、ゼップランドは地上のアガルタとして完成する。だから全然こわくないよ」


「なるほど……」


 イオリの胸に昨日からたまっていたモヤモヤが、このときようやくきれいに晴れました。





 しばらく歩くと空気が急変しました。

 一息吸うたび、肺が焼けそうになります。


「おお……」


 ブルックは絶句しました。

 三人の目の前に、見渡す限りの荒野が広がっていました。

 荒野の真ん中に、人馬に踏み固められてできた細い道があります。

 これが街道です。


「十年前の地震以来、王都の西側はカミの呪いで荒廃し、植物が生えない土地になった」


 ブルックが履いているミニスカートが、荒野の風にそよぎます。


「三つ目の宿場町【物語】まで荒野が続く。王都から西は今や未開の地。ぼくらはこれから奪われた土地を取りもどす旅に出る。これは鎮西の旅だ」


「……」


 熱波に覆われた荒野をキッと睨む女装の王子を女剣士が頼もしそうに見つめ、そんな二人をダークエルフがにちゃあ……と笑いながら見ていました。





 大きな倉庫のような建物のいただきで、裸の女の旗が揺れています。

 ブルック一行は夕刻宿場町【享楽】に着きました。

 炎天下を三十キロ歩いてきて、三人とも体はカラカラに干からびていました。

 目抜き通りに面してホテルや酒場が並んでいます。


「さっさと宿をとって一風呂浴びたいが……あれはなに?」


 ブルックは通りの一角を指さしました。

 明らかに堅気ではない男たちが数十人、酒場や食堂の前にたむろしています。

 さらに通りに椅子が出され、それに座った小柄な男がウクレレを弾いていました。

 男の右足は膝から先が義足です。

 小柄な男は素手でウクレレを弾いていました。

 夕日に染まる町に、雨垂れのような音が広がります。

 男のそばに三十数人の若い女性がいます。

 ブルックが指さしたのはその女性たちです。

 女性は全員上半身裸で、下半身は腰蓑をまとっていました。

 ウクレレの音色にあわせて、女性たちはクネクネ腰を振って踊りました。

 豊かな乳房が、夕日に赤く染まります。

 女性たちはみんな笑っていました。


「……足が」


 ブルックは口もとを覆いました。

 踊る女性は全員裸足で、その足がどれも血まみれなのです。


「さすがは王子さま。ショーティのウクレレを聞いても魔法にかかりませんねえ。グフ・グフ・グフ」


 太鼓腹を揺すって笑うのは、山高帽をかぶり燕尾服を着た中年男です。


「わたくしザンダーと申します。宿場町享楽の顔役です」


 ザンダーは山高帽を取り、深々とお辞儀しました。


「お待ちしておりましたブルック殿下。遠路はるばるようこそ。宿へご案内しましょう」


「彼女たちはどうしたんです?」


「あれは娼婦と奴隷どもです。お気になさらず」


 しかし「奴隷」と聞いてブルックの顔色は変わりました。


「わが国に奴隷はいない」


「街道にゃおりやす。ろくに物を作れない街道で、唯一の商品が奴隷です。借金を払いきれずに王都から逃げてきたのや、はした金で親に売られたのや、根なし草の風来坊や、頭が足りないのが奴隷になります。こいつらみんな外国に高く売れます。ゼップランドの女は国内で威張っていても、一歩国を出たらたちまちおとなしくなるから外国のかたに喜ばれるんです。こう見えて高く売れるんですよこいつら! グフ・グフ」


 ニコニコ笑って踊り続ける奴隷の女を見て、ブルックは言葉を失いました。


「ではお宿へ参りましょう。ただし、護衛はお引き取り願います」


「それは困る」


「わたしの願いは王子をさらって護衛二人は死んでもらい、メルヴィン殿下から報奨金五億ベルをもらうことです。さ殿下、こちらへ」


「メッセンジャーボーイのメッセージを見なかったのか?」


 ブルックをうしろにさがらせ、イオリは刀の柄に手をかけました。


「見ましたよ! あんたや魔法使いにゃ絶対勝てない! そう確信しました。だから女どもに魔法をかけたんです」


「女たちにどんな魔法をかけた?」


「ウクレレを聞いた者が死ぬまで踊り続ける魔法【赤い靴】です」


「噓つけ。おれもブルックも踊ってないぞ」


「それはあなたたちが『価値を知る者』だからです」


「価値を知る者?」


「おれの魔法は」


 ウクレレ奏者のショーティが口をはさみます。


「【自由】の価値を知らない者がかかる」


「そんなバカな」


 怒ったのはブルックです。


「彼女たちは奴隷だろう? 自由の価値がわからない奴隷なんて……」


「王子さまも剣士殿もわかっていませんな」


 ザンダーはやれやれと太い首を振りました。


「女はどんなときも自由です。たとえ奴隷であっても女は自由なのです。空を飛ぶ鳥が空を飛ぶことの崇高さを知らないように、女どもが自由の価値を知ることは永久にありません。

 だって女は自由そのものですから。

 おや? グフフ、どうやらあなたのお連れもそのようですな」


「クロ!」


 ブルックは悲鳴をあげました。

 木靴を脱いだクロが、裸の女たちと一緒に踊り始めたのです。

 クロは楽しそうに笑っていました。


「きさま!」


「おれを殺しても魔法は解除できない」


 ショーティがイオリの機先を制します。


「おれが死んだら女どもは死ぬまで踊り続ける。どんな魔法使いも止められねえ」


「さあ、いかがいたしましょう? 王子さまぁ」


 青ざめるブルックを見ながら、ザンダーは心地よく内省しました。


(ブルック王子は清濁併せ呑むタイプじゃねえ。理想に殉じるタイプだ。ああいうお人はその理想が自分の手足を縛る鎖になる。王子は女どもを見殺しにできねえ。この勝負おれの勝ちだ)


 そんなことを考えながら、燕尾服を着た町の顔役はにちゃあ、と笑いました。


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