第24話 イオリの弱点
ブルックが勝利広場に着いてわずか三分後。
踏んだら足首まで濡れそうな血だまりに、空を流れる白い雲が映ります。
かつて祝祭の笑顔に満ちていた広場は、今や屍山血河の地獄と化しました。
ブルックたち三人のほかに生き残ったのは、一人のやせた若者だけです。
赤い帽子をかぶったフリオは、血だまりにしゃがんで震えました。
(あの剣士はたった三秒で百人の男の首を斬った。それもやみくもに刀を振り回したわけじゃない。赤い光は小刻みに曲折して飛んできた。小刻みに軌道を変えて、男たちの首を正確に斬った。そしておれの頭はすれすれによけて飛んだ。あの人は百人の男の首をすべてねらって斬ったんだ!)
「おい」
平然と血を踏んで歩いてきたイオリが、震えるフリオを見おろします。
その手にある不知火丸は、直接人を斬っていないはずなのにポトポト血を滴らせています。
「おまえの名前は?」
左目を閉じたイオリが尋ねます。
「ふ、フリオです」
「年は?」
「十六」
「フリオ、ここにいる男どもの中でおまえだけ夢があるといった。だから斬らなかった。おまえの夢はなんだ?」
「漫画家になることです」
「そうか」
イオリは刀を一振りして血を切ると鞘に納めました。
「でも漫画家志望がなんでこんなところにいるんだ?」
「ふるさとの先輩に無理やり連れてこられたんです。その人死にましたけど」
フリオはとなりでカッと目を見開いているエドの生首を見ました。
エドが東方の商人をだまして手に入れた自慢の鎖鎌は、ついに使われないままに終わりました。
「おまえの先輩を殺して悪かったな」
「いえ、とんでもない悪党なんで……死んでよかったです」
「きみはメッセンジャーだね? 赤い帽子でわかる」
ブルックは若者の帽子を指さしました。
「きみの協力が必要だ。クロ、この人に魔法をかけて」
「ホラー!」
「ひっ」
フリオは思わず目をつむりましたが、とくに体に変化はありません。
「フリオ目をあけて広場の風景を見て。見たね? では『ヴィデ』といって」
「ヴ、ヴィデ……ひえ」
フリオが呪文を唱えると、彼の目からぼんやりとした光が放たれました。
虚空に照射されたのは、広場の血まみれの風景です。
「な、なんだこれ!?」
「映写魔法【幻燈辻馬車】ニャ」
得意そうに魔法名を告げ、クロはふたたび手をかざしました。
「ホラー!」
「こ、今度はなに!?」
「反射魔法【蜘蛛の糸】ニャ」
「く、くも?」
「きみを無敵にする魔法だよ。きみを剣で斬ろうとする人物はその剣で自分を斬る。銃で撃とうとする者はその銃で自分を撃つ。そういう魔法だ。ディスペルっていってみて」
「ディスペル」
するとフリオの目が放っていた虚空の映像が消えました。
ブルックはフリオの肩に手を置きました。
「ディスペルと唱えれば映像は消える。フリオ、きみはこれから街道を西へ向かい、すべての宿場町の顔役にさっきの風景を見せるんだ。『ヴィデ』と唱えれば目から光が出る。『ブルック・フリーダム・ローズは火の山へ行く。邪魔する者はこうなる』そうメッセージを伝えてほしい。ぼくたちはきみのあとから街道を歩く。これは経費だ」
ブルックはずしっと重い巾着袋をフリオに渡しました。
「金貨が百枚入ってる。クロ」
「ホラー!」
クロの魔法で小さくなった巾着袋をフリオはズボンのポケットに納めました。
「金貨は取り出すと元に戻る。金貨百枚から経費を払い、残った分がきみの報酬だ。経費はケチらずに使うんだよ。命にかかわるから。ああ、それからきみのノルマとなる宿場町は怠惰までだ。そこから先の山岳地帯は行かなくていい。山岳地帯に顔役はいないし一人で歩くには危険すぎる。じゃあ頼んだよ。イオリ、なにか彼に伝えることはある?」
「フリオ」
「は、はい!」
「へんなことに巻き込んで悪かった。いつかおまえが描いた漫画を読ませてくれ」
「はい。じゃ、行ってきます!」
フリオが軽快に走り去り、勝利広場は静かになりました。
「さて、最初の関門は突破したね……どうしたイオリ!?」
ブルックの大声が広場の静寂を破ります。
「左目が」
黒かったイオリの左目の瞳が、今は海のように青くなっています。
「きみオッドアイなの?」
「いや、おれさっき不知火流奥義を使っただろう?」
イオリはばつが悪そうに左目をパチパチさせました。
「剣の先から赤い光が出たね。すごい技だけどあれがどうしたの?」
「あの技を使うと著しく体力を消耗して、しばらくの間左目の視力がゼロになるんだ。その間左目の瞳が青くなる」
「なんだって!? しばらくってどれくらい?」
「あしたには回復する。必ず戻るから心配は無用だ」
「よかった! でもクロの治癒魔法でもっと早く回復できない?」
「体力の回復は魔法では無理ニャ」
「そっか」
ともかく視力が戻ると知ってホッとしたブルックは、今度は好奇心からイオリに尋ねました。
「さっきの技【赤い影法師】といったね? 選考会でも見たけどどうやってあんなすごい技を身につけたんだい?」
「カルマと戦ううちに自然と身についた。それにすごいのはおれじゃない。こいつだ」
イオリは腰にさげた不知火丸を軽く叩きました。
「今のおれが使える奥義は赤い影法師だけだ。おれはまだ不知火丸を全然使いこなせていない。ブルック、クロ。奥義を使ってしばらくの間左目が見えなくなるのはおれの致命的な弱点だ。これは三人だけの秘密にしてくれ。頼む」
「わかった。じゃあ三人で誓いを立てよう。イオリ、クロも手を出して」
ブルックにいわれて二人は拳を突き出し、三方向からそれをくっつけました。
「ぼくは絶対イオリの弱点を明かさない」
「わたしもいわないニャ!」
ブルックとクロが誓いを立てると三人は声をそろえて、ゼップランド伝統の「誓いのおまじない」を唱えました。
「ゲンコツ一発火の玉だ。嘘ついたらゲンコツ百発おまえに食わす。ワンツースリー!」
手を離すとブルックはクロに「しばらくイオリを休ませる。今日はきみがみんなの盾になって」と頼みました。
「まかせるニャ」
「すまんクロ」
青くなった左目をしばたたかせ、イオリは悔しそうに唇を噛みました。
しかし、なぜでしょう?
ブルックとクロは妙にうれしそうです。
無敵のドラゴン殺しが自ら弱点を打ち明けたことで、二人とも前よりずっとイオリが好きになったのです。
「人間はその人の長所より弱点でより愛される」
とある哲学者がいっています。
まったく人間とはふしぎな生きものです。




