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第22話 旅立ちの朝

 今日は八月一日です。

 いよいよ旅立ちの朝を迎えました。

 まだ夜明け前の暗い時間で、王都の街路には夜通し飲んだくれた酔っ払いと、酔っ払いの嘔吐物を片づける清掃夫と、遠くの町に郵便を届けるメッセンジャーボーイしかいません。

 イオリはいつもように竜皮のツナギに竜皮のブーツという服装であらわれました。

 クロはコートのような白い上着に緑のスパッツという装いで、履いているのは白い木靴です。

 ブルックは白地の半袖セーラー服を着ています。

 襟は濃いブルーで、ミニスカートも同じブルーです。

 胸もとを青いスカーフが彩り、足もとはレギュラー丈の白いソックスと黒い革靴です。

 腰に巻いたベルトにさしたダガーを軽く叩き、ブルックは砂漠を行く旅団のリーダーのように手をあげました。


「では西の火の山目指して、

 出発!」


 堀にかかった短い橋を渡る三人を、ジェット、ルーク、カイは城門から敬礼して見送りました。


「殿下、どうぞご無事で」


「イオリ、クロ、殿下を頼むぞ!」


 橋を渡るとブルックたちは振り返り、笑顔で手を振りました。


「じゃあ行ってくる」


「吉報を待っていてくれ」


「行ってきますニャ!」


 敬礼するクロを見て、ジェットとカイは笑いながら目もとをぬぐいました。


「女神とともにあれ!」


 旅人の安全を願う言葉を叫ぶルークも泣いています。

 これが命懸けの旅で、今朝の別れが今生の別れになるかもしれないことを、三人はよくわかっていました。





 城の塔から旅立つ三人を見つめる第一王子メルヴィンの足もとに、一人の従者がひざまずきました。


「お知らせします。王都、および街道にいるならず者どもへの通達は完了しました」


「ご苦労。『ブルックをとらえ、警護の剣士と魔法使いを殺せ。ブルックを無傷でとらえた者に三億ベル、剣士と魔法使いを殺した者にそれぞれ一億ベル払う』か。ふふ、はした金だがならず者にはありがたいだろう。これ以上ブルックの好きにさせん。あやつに対するおやじの寵愛なんぞ糞食らえだ。ブルックを利用して、おれがこの国の王になるのだ!」


 メルヴィンは豪快に笑いました。





 第二王子キャロルは自室の窓から三人を見送りました。

 こちらの足もとにも、複数の影がうずくまっています。


「キャロル殿下」


「ああきみたちか。どう? メルヴィンは動いたかい?」


「は、王都と街道を縄張りにするすべての犯罪者に王子の確保と護衛の殺害を依頼されました。成功した者に多額の賞金を出すと仰っています」


「ハハ、兄上が考えそうなことだ。きみたちは今すぐ街道へ向かってくれ。ブルック一行を先回りして、宿場町怠惰にいる『わが兄』に例のメッセ―ジを伝えるんだ。頼んだよ」


「は!」


 複数の影は足音を立てずにその場を去りました。


「メルヴィンはブルックを利用するつもりだろうが、そうはいかない。ブルックはぼくがいただく。この手で忌々しい異母弟をカミに捧げ、王以上の至高権力をカミから直接もらう。ブルック、おまえはぼくを幸せにするために生まれてきた。光栄に思え」


 遠ざかる三人を見つめ、キャロルは美貌をゆがめて笑いました。





 ブルックたちが城を出たのと同じころ。

 ここはゼップランドの隣国、大陸随一の超大国バベル大帝国の宮殿内です。

 玉座に座るのは黒い軍服を着て、胸に勲章をたくさんつけた老人です。

 大陸最強の権力者、太陽王ことフリッツ・バルト国王が玉座に座っていました。

 六十を過ぎた老人ですが背筋はピンと張り、眼光も「バベルの鷹」と呼ばれた青年時代と同じように鋭いままです。

 王の前に軍服を着た若者が数十人平伏しています。


「では、行け」


「陛下、あの者たちはどちらに?」


 若者たちが去ると、赤いドレスを着た美麗な夫人があらわれました。

 太陽王の第一夫人アグネス妃です。

 アグネスは「大陸の妖花」といわれる妖艶な美女で、若いころ場末のストリップ小屋で、素っ裸で踊っている姿を王に見初められた……という根強い噂が市民にささやかれています。

 あくまで噂なのはストリップの関係者や観客が、全員何者かに殺され証人がこの世に一人もいないからです。

 太陽王は妃の手にキスしました。


「あの者たちはゼップランドへやった」


「あんなちんけな国へなにしに?」


「決まっておる。ゼップランドと平和、両方を手に入れるためじゃ」


「まあ、あいかわらず欲張りですこと」


 妃は王のふとももに腰掛け、さらに首に手をまわして華やかに笑いました。


「でも欲張りな陛下が、わたくし大好きですの」





「王の跡目争いは現在三派に分かれている」


 旅立つ三人を見送ったジェットは、腕組みしてカイに告げました。


「第一王子メルヴィン殿下を名門貴族の大半が支持している。第二王子キャロル殿下を支持するのは女官や宦官や治安警護人だ。治安警護隊は今やキャロル殿下の私設部隊だ。そして第三王子のブルック殿下はおれたち黄金騎士団と軍隊が支持している」


「ブルック殿下に会った庶民もみんな殿下を支持してるぞ」

 

「そうだな。ブルック殿下こそ竜王の器だ。あの人に会った者は全員そう確信する。ブルック殿下にこの国の未来を託す。それが正しい道だ。しかし最終的にお世継ぎを決めるのは王だ。陛下はいったいどう思ってらっしゃるのか……」


 もし陛下がブルックを助けよと命令されるなら、おれはカミと戦うことも辞さない! と胸に湧きあがる言葉を、ジェットは際どく飲み込みました。


「ルーク、陛下はなにを考えていると思う?」


「うーん、ぼくも長生きしてるけど、あんなに気持ちがわからない王さまは初めてだよ。でも王さまはブルック殿下を熱愛してる。それだけはまちがいない」





 旅立つ三人を見送る人物が、あともう一人いました。


「ブルックや」


 ローズ王は呆けたように窓辺に立ち尽くしました。

 自分の口からよだれが垂れていることに王は気づきません。

 王の身繕いをするのはいつもブルックの役目でした。

 しかし愛する息子は、もう父のそばにいないのです。





 夜が明けたばかりの王都の町を、ブルック、イオリ、クロの三人は歩きました。

 ポクポクというかわいらしい音は、クロが履いている木靴が立てる足音です。


「もうすぐ勝利広場だ。十年前バベル大帝国との防衛戦争に勝利した記念式典がここで開かれた。あのときはすごい数の群衆が集まったなあ」


 ブルックは懐かしそうに目を細め、それから手をかざしてかなたに見えてきた広場をうかがいました。


「おや? 今朝も広場に人が集まってる。蚤の市かな?」


「そんなのんきなもんじゃない」


 腰の刀に手を当て、イオリは鼻をこすりました。


「蚤の市は古い革を扱うから必ずなめし剤の匂いがあたりに立ち込める。そういうものなんだ。でも今広場にいる連中の匂いは全然ちがう」


「どんな匂いがするんだい?」


 まだ広場が遠くてブルックはなにも匂いませんが、イオリはきっぱり断言しました。


「血の匂いがする」


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