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第17話 魔法使いクロ

 イオリがたどり着いたのは長い廊下に一部屋だけポツンと設けられた、真っ暗な牢屋でした。

 待っていた痩せっぽちの番人が、ランプの明かりを灯します。


「この子がもう一人の護衛だ」


 カイは黄色い光に照らされた牢屋を指さしました。

 檻の中にボロボロのワンピースを着た小柄な少女がいました。

 奥の壁際にある横長のベンチに腰かけ、こっちを見ています。

 年齢は十四五歳ぐらいでしょうか。

 肌は浅黒く、背中に垂れた長い髪は真っ白で、そして耳が異様に長い女の子です。


(ダークエルフだ)


 ダークエルフを見るのは初めてだ、と思いながらイオリは檻の中に視線をめぐらせました。

 部屋のすみに木の小屋があります。

 たぶんトイレでしょう。


「カイ!」


 ダークエルフは鉄格子にしがみつきました。


「よ、クロ。ひさしぶり」


 カイは鉄格子越しにエルフの頭を撫でました。


「この子の名前はクロ。異国の言葉でブラックって意味だ。クロはおれの親友だ」


「この檻は魔法がかけられている」


 制服のポケットをさぐりながら、ジェットが初めて口を開きました。


「ある大魔法使いがかけた魔法で、中にいる者の魔法を封じている。その魔法を解除するのはタブーとされてきたが、その封印を今日解く」


「クロはなぜ檻にいるんだ?」


「カミを打倒するよう王室の人間に呼びかけた罪だ。クロはこの檻に百年間幽閉されている」


「百年!」


「長命種のエルフにとって百年なんて夏の休暇みたいなもんさ。なんせクロはもう千年生きてる」


「せ……?」


「どうしたクロ?」


 ジェットはクロがじっとイオリの腰を見つめているのに気づきました。

 赤鞘の刀を見つめているのです。


「あー」


 声にならない声をあげ、クロは檻の中でぴょんぴょん飛び跳ねました。

 興奮しているのです。


「あー」


(なんだ?)


「百年獄にあったとはいえクロの魔力は大陸一だ」


 クロの奇行になれているジェットは顔色を変えません。


「この檻に閉じ込めるときもたいへんだったらしい。名だたる魔法使いが大勢死に、最後の一人がやっとクロを封じ込めるのに成功した……さて、クロ! 今出してやるからな」


 ジェットは檻の錠前に黄金の鍵をさしました。

 カチャリと乾いた音がして、檻全体が一瞬黄金色に輝きます。


「キャハ!」


 クロはうれしそうにピョン、と檻から飛び出ました。


「カイ!」


 笑顔で騎士に抱きつき、クロは今度はその笑顔を痩せっぽちの番人に向けました。

 番人もニコニコ笑っています。

 笑顔の番人に、クロは小さい手をかざしました。


恐怖(ホラー)


 クロが奇妙な呪文を唱えると、てのひらの先に大きな円が浮かびました。

 魔法陣です。

 円の中に六芒星があり、六芒星の中心にまた星があって、その星がきらりと光りました。

 六芒星は青い光を放ちました。

 光の槍に貫かれ、番人の頭は一瞬で吹っ飛びました。


「破壊魔法【夏と花火と私の死体】」


 クロがたいへん散文的な魔法の名前をつぶやきます。


「この番人は食事に眠り薬を入れてクロを眠らせ、仲間と毎晩犯しておったのだ。クロ、こいつの仲間も連れてきたぞ、存分に恨みを晴らせ」


 そう語るジェットの背後に、いつの間にか二人の番人がいました。


「そら、さっさと懺悔しろ」


 カイが二人を突き飛ばします。


「ひええ」


「お、お助け」


「うふふ、ホラー!」


 楽しそうなクロの声と番人の悲鳴、そして肉が弾ける鈍い音が煉瓦壁にこだまし、すぐ静かになりました。





(すごい)


 壁に飛び散った番人の血と肉片を見て、イオリはひそかに身震いしました。


(『ホラー』の一言でこんな魔法を発動させるとは。この子絶対おれより強いぞ)


 イオリは内心の動揺をかくしてクロを見ました。

 目が合うと、クロはニッコリ笑いました。

 イオリはまた動揺しました。

 笑ったクロの顔が、賢いネコのようにかわいらしかったのです。





 それから一時間後。

 イオリはある部屋の前にいました。


「ブルック殿下が話があるそうだ」


「なんの話だ?」


「さあ?」


 ジェットが首をひねっていると、いきなりだれかイオリに飛びつきました。


「イオリ!」


 石鹸の甘い香りが鼻をくすぐります。

 百年ぶりに入浴してすっかりきれいになったクロは、小さな頭をイオリの胸にゴシゴシこすりつけました。

 クロは長い髪をポニーテールに束ね、白い上着と緑のスパッツに着替えていました。

 歩くたびポクポク乾いた音がするのは白い木靴を履いているからです。

 イオリはクロの柔らかさと温かさに、思わずうっとりしました。


(本物のネコみたいだ)


 そのとき部屋の扉が開きました。


「お待たせしました」


 扉を開けたのはなんとブルック王子本人です。

 部屋にはソファが一つあるだけで、ブルック以外に人の姿はありません。

 中に入るとジェットとカイはブルックの両サイドに立ってビシッと直立不動の姿勢を取り、イオリは礼法に従って片膝つきました。


「ブルック!」


 すかさずクロが王子に抱きつき、ジェットが慌ててたしなめます。


「こらクロ失礼だぞ!」


「いいんだ。ぼくはクロと幼いころから友だちなんだ。な? クロ」


 笑顔でクロを抱きしめる王子の背丈を、イオリはとっさに測りました。


(百六十センチぐらいかな? 小さいけどまだこれから伸びる余地はある)


「イオリ殿初めまして」


 先ほどと同じグリーンのドレスを着た王子はクロの頭を撫でながら、片膝ついた黒い剣士に名乗りました。


「ブルック・フリーダム・ローズです」


「イオリです」


「ぼくは今十五歳ですが、あなたは?」


「十七歳になります」


「おお、あなたが二つ年上なんですね。よかよか」


(ん?)


 王子に訛りがある? とイオリはとっさにとまどいました。


「ジェット、カイ、ぼくはこれからイオリ殿とだいじな話をする。すまないが二人は部屋を出てくれ」


「は。しかし……」


「クロがいるから大丈夫ニャ!」


 敬礼するダークエルフを見て、ジェットとカイは苦笑しつつ部屋をあとにしました。

 どうやらゼップランド最強といわれる黄金騎士団の団長と副団長は、この小柄なダークエルフを絶対的に信頼しているようです。


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