第16話 王の頼み
イオリは刀を振るい、刃についた血を切りました。
一回軽く振るっただけなのに、ぬぐったように血が消えます。
きれいになった刀を鞘に納め、イオリはまわりを見渡しました。
土のグラウンドに、切り株のようなものが無数に転がっています。
もちろんそれは切り株ではありません。
転がっているのは人間の頭部や手足です。
どこからか侵入したカラスが、遺体のはらわたをついばんでいます。
生き残った百人ほどの参加者はグラウンドのすみに固まり、震えていました。
(たった三十分で千九百人死んだのか)
イオリはあいかわらず左目を閉じたままです。すると
「すべてのカルマは死んだ!」
第一王子メルヴィンが、貴賓席から魔道具の拡声器でアナウンスしました。
「ではこれより生き残った参加者でトーナメントを……」
「冗談じゃねえ!」
「おらあもうやめた!」
「死にたくねえ!」
ドドドッ、とグラウンドに地響きが轟きます。
生き残った百人の参加者は、カルマが出てきた通用口に殺到しました。
「こら!」
「逃げるな!」
阻止しようとする兵士の手を振り切り、百人の男は脱兎の勢いで逃げ出しました。
グラウンドに残った参加者はただ一人です。
イオリが左目を閉じたまま貴賓席を見ると、メルヴィンは拡声器を通じて宣言しました。
「ではドラゴン殺しのイオリを優勝とする! イオリ、そなたをブルックの旅の護衛に決定する!」
おお! と観客がどよめきます。
メルヴィンはまだなにか叫んでいますがイオリは耳を貸さず、黒い服を着て死体を回収する鴉に声をかけました。
クロウは死に関するあらゆる仕事をこなす、いわば死のプロフェッショナルです。
「あ、ちょっと」
イオリが声をかけたのは、一か所に集められたジョニーたち五人の少年のゼッケン番号を確認しているクロウです。
「彼らの骨を故郷に送ってほしい」
「それは構いませんが手数料がかかります。共同墓地への埋葬なら無料ですよ」
「こいつらみんな田舎へ帰りたがってる」
「承知しました。火葬料と送料合わせて一人十万ベル、五人ですから五十万ベルになります」
「おれが払う」
「承知しました。アイデンティティ・ロックを出してください」
二人は互いのポケットから黒い石を取り出し、間近にかざしました。
すると二つの石がボウッと一瞬光ります。
「ありがとうございます。契約が成されました」
「じゃあ頼む……ああ、書記官はいる?」
「わたしが兼務しております」
「彼らの最期のようすを文章に記して骨と一緒に送ってほしい。親も子どもの最期のようすは知りたいだろう?」
「承知しました」
「書記料は?」
「お代はいりません。おまかせください」
「では頼む。ジョニー、アンドレス、ほかのみんなも一足先にアガルタで遊んでてくれ。おれもすぐ行く。女神とともにあれ」
最後に祈りの聖句を唱え、イオリはその場を離れようとしました。すると
「なあ、あんた!」
観客席からリーゼントヘアーのとっぽい若者が声をかけます。
「おれもあんたみたいなカルマハンターになりてえんだ! どうやったらなれるんだい?」
「おれが今日生き延びたのはなぜだと思う?」
左目を閉じたままイオリが応じます。
「才能・努力・運の割合がそれぞれ何パーセントかいってみろ」
「うーん……才能50%、努力45%、運5%ってとこかな?」
「ちがう逆だ。才能1%、努力4%、運95%だ。おれが生き延びたのは強いからでも賢いからでも努力したからでもない。運がよかっただけだ。こんな運まかせの危なっかしい仕事やらないほうがいいぞ」
あっけにとられた若者の返事を待たず、イオリは足早にその場を離れました。
「……」
グラウンドを去るイオリを、貴賓席のブルック王子は青い瞳で見つめていました。
選考会の翌朝です。
イオリはローズ城に招かれました。
円形の壁に囲まれた城の、本城にある謁見の間でイオリはローズ王と対面しました。
王は赤いマントを羽織って玉座につきました。
王が玉座につくとき、今日は鮮やかなグリーンのドレスを着たブルック王子が手を取り助けます。
(きれいすぎる。近くから見てもお姫さまにしか見えない)
こいつ本当に男か? とイオリはひそかに首をかしげました。
王と王子のそばに今日も黄金騎士団のジェットとカイがついています。
イオリは天井を見あげました。
女神が初代ローズ王に草の葉の冠を授ける巨大な壁画が描かれています。
イオリは壁画の王と同じように、御前で片膝つき頭を垂れました。
竜皮のツナギは一晩干しただけで傷みも汚れも消え、イオリの顔にも激闘の傷や疲労のあとはなく、昨日気にしていた左目もとくに異常は見られません。
「ブルック」
王は王子にしゃがれた声をかけました。
背後に控えていた王子は立ちあがると王にきらびやかな鞘に込めた剣を渡しました。
王家に伝わる、女神から託された神剣【草の葉】です。
王は受け取った剣の鞘をすらりと払いました。
(さすがに若き日『戦闘王』といわれ、太陽王と互角に渡り合った人だけある。ボケても剣の扱いは手慣れたもんだ)
イオリは顔をあげず、音だけ聞いてそう判断しました。
「汝……汝イオリを、ゼップランド王国の第三王子ブルック・ローズの護衛に任命する。励め」
王は玉座から身を乗り出し、抜き身の神剣でイオリの肩を軽く叩きました。
「光栄至極に存じます。わが一命をかけて王子をお守りいたします」
「うむ……わしの」
「は?」
「わしの息子を、よろしく頼む」
アダム・ローズ陛下は最後に王ではなく、父としてイオリにそう頼んだのです。
任命式を終えたイオリはジェットとカイとともに、日のささない真っ暗な廊下を歩きました。
煉瓦壁のところどころにランプがあって、その黄色い光が足もとを照らします。
ここは北側の城の地下です。
むかしは牢獄として使われていた建物で、壁はじめじめしていて、微かに血の匂いがします。
「十年前、後妻のラウラ妃を亡くされ、陛下はすっかりお弱りになられた」
カイの声が、やけにドラマチックに反響します。
「イオリ、きみも知ってるだろうが第一王子メルヴィン殿下と第二王子キャロル殿下は亡くなった先妻ルイーズ妃の御子、第三王子で今回きみが護衛するブルック殿下は後妻ラウラ妃の御子だ。陛下は後妻のラウラ妃を溺愛し、その愛情をブルック殿下に注いでいる。正直先妻のルイーズさまと陛下はあまり折り合いがよくなかった。そのせいかメルヴィン殿下とキャロル殿下も陛下と仲がよくない。いや、ズバリいうが悪い。このことを覚えておいてくれ」
「わかった。ところでどうしてブルック王子は女の格好をしてるんだ?」
ブルックの国民へのお披露目はまだされていないので、第三王子がいつも女の格好をしていることを国民は知りません。
「五百年前王家の男の子が立て続けに亡くなった。『カミは王家の二十歳前の男子をさらう』とある呪術師が神託をくだした。それから王家は男の子が二十歳になるまで女装させる習わしだ。メルヴィン殿下もキャロル殿下も二十歳になるまでドレスを着ていた」
「メルヴィンも?」
美男子のキャロルはともかくあのいかつい長男も女装? とイオリはあきれました。
「そうさ。おっとこの話はメルヴィン殿下の前では絶対タブーだからな。人のトラウマを笑っちゃいけない。イオリ、きみ香水はなにを使ってるんだ?」
カイはいきなり話題を変えました。
「すごくいい匂いがする。『愛のゆくえ』? それとも『ファイト・クラブ』?」
「香水は使ってない」
「使ってないのか? へえ……」
「カイ、おれたち今どこへ向かってるんだ?」
「きみにもう一人の護衛を紹介する」
「もう一人?」
「ああ。『生贄の護衛は剣士と魔法使いに限る』。それがカミとの契約だ」




