第15話 赤い影法師
「だれか、ワニを引きつけてくれ!」
竜皮で全身を覆ったイオリが叫ぶと、生き残った者の中からすぐ返事がありました。
「おお!」
「心得た」
シップランドの冒険者ヤンセンと北の達人パックマンは、それぞれ棒と剣を振るってワニを牽制しました。
従体のワニが前方に気を取られている間に、イオリは本体である尻尾のヘビと向き合いました。
「危ない!」
ジョニーが叫んだ瞬間、ヘビが吐いた硫酸がイオリの顔面を直撃します。
「シャッ」
してやったりの表情で舌を鳴らし、しかしすぐヘビはうろたえました。
竜皮の兜に穴は空かず、わずかな煙りも立ちません。
「竜の皮を甘く見るなよ」
ヘビが慌てたのは硫酸を貯める毒腺がもう空っぽだからです。
イオリは飛び道具を失ったヘビに正面から走り寄りました。
ヘビの喉もとにある不滅のティグレを突こうと刀をかざします。
狙いを定め今だ! と気合いを込めた瞬間です。
視界から突然ヘビが消えました。
なぜならイオリがぶざまに転んだからです!
(なんだ?)
さっき硫酸をかわし、そのとき地面にできた穴に自分が引っかかったことにイオリは気づきました。
(やられた。『これ』を狙ってやがった)
ヘビは猛然とイオリに襲いかかりました。
鋭い牙で噛み裂くつもりです。
(よける暇はない)
とっさにイオリが判断に迷ったそのとき、白い光がヘビの右目を貫きました。
「シャッ!」
「とどめを頼む」
仕込み杖でヘビの目を突いたのはロージャ共和国の剣士アクーニンです。
「助かったぜ!」
立ちあがったイオリは弾丸の勢いでヘビに迫りました。
右目から血を流し、それでも迫る敵を噛み裂こうとヘビが大きく口を開きます。
アクーニンは真横から両者の攻防を見ていました。
(わたしはイオリの突きをかわせるだろうか?)
自分なら「ここ」で刀を払う、と予想した地点から、イオリの刀がさらにグッと伸びます。
(二段突き?)
「シャッ!」
ヘビがイオリの喉もとに食らいつきます。
狙い澄ましたヘビの一撃は、しかし空振りに終わりました。
イオリがさらに加速したからです!
(三段突き!)
アクーニンが技の正体を見極めた瞬間、イオリも見ました。
(これは!?)
イオリの目の前に、突如白い上着に白いズボンを履いた女の子があらわれました。
十二三歳ぐらいの子です。
迫る刃におびえる女の子を助けようと、白い服を着た同い年らしい男の子が手を広げてイオリの前に立ちふさがります。
しかし日差しにきらめく不知火丸は男の子の広げた手をすり抜け、女の子の喉もとを正確に貫きました。
打突剣【明暗】がヘビの喉もとにある不滅のティグレを貫きました。
イオリが刀を引き抜くとまず従体のワニが、次いで本体のヘビが白い灰になります。
(今のはいったいなんだ?)
雪のように舞う白い灰を見つめて、イオリは首をかしげました。
(一瞬女の子と男の子が見えた。あれは……)
「やったあ!」
ジョニーが歓声をあげイオリに駆け寄ります。
竜皮を元へ戻し、素顔をさらしたイオリもホッとした笑顔で迎えます。
「ゲッ」
突然咳き込むとジョニーは口から血を吐き、イオリに倒れ込みました。
「ジョニー!」
抱き止めたイオリの手に血がべっとりつきます。
「協定は一時的なもの。国際関係と同じだ」
アクーニンは仕込み杖を軽く振りました。
刃についたジョニーの血が地面を叩き、涼しげな音を立てます。
「イオリ、ありがとう」
血を吐きながら、ジョニーが笑います。
「あんたのおかげで、責任を果たせた。やっぱおれ、護衛にはならない! みんなと一緒に、村に帰るよ……」
大志を抱いて村を出た少年ジョニーが最期に口にしたのは、望郷の思いでした。
イオリはジョニーの遺体を地面にそっと横たえました。
アクーニン、ヤンセン、パックマンの三人が、イオリをじっと見つめます。
「……むかし師匠にいわれたんだ。『腰に剣をさしてるやつはどいつもこいつも人間の屑だ。信用するな』って。忘れてたぜ」
アクーニンたちは息を飲みました。
イオリの全身からメラメラ立ち昇るオーラに圧倒されたのです。
「ほう」
貴賓席で王を警護する英雄ジェット・クーガーが呆れたようにつぶやきます。
「あのドラゴン殺し、やっと本気になったな」
「し、師匠の教えを思い出せてよかったじゃねえか」
冒険者ヤンセンが精一杯の強がりをいいます。
「今日を思い出の記念日にしたらどうだい?」
「ああ忌念日だ。
今日をおまえらの命日にしてやるよ」
イオリは不知火丸を右肩の上にまっすぐ立てました。
八相の構えです。
「野郎」
「やってみろ!」
これは北の達人パックマンの叫びです。
正面からアク―ニンの突き、左からヤンセンの棒、右からパックマンの剣が同時に襲いかかります。
イオリは不知火丸をまっすぐ立てたまま、呪文のようにつぶやきました。
「不知火流奥義
【赤い影法師】」
イオリがつぶやくと、おお、冴え冴えと青かった不知火丸の刃が、真っ赤に輝くではありませんか!
「おい!」
「なんだ!」
パックマンとアクーニンが日ごろの冷静さを失って叫びます。
「やべえ」
冷静さを失わないのは、意外にも日ごろ軽薄な言動を繰り返すヤンセンです。
「マジで今日がおれたちの命日だ」
そうヤンセンがつぶやいたとき、イオリが刀を水平に振るいました。
その瞬間アクーニン、ヤンセン、パックマンの視界はそれぞれ真っ赤な色彩に覆われました。
それが彼らが人生の最期に見た光景です。
「これは……」
観客は声を失いました。
五万人も人がいるのに、なにが起きたのかわかった人間は一人もいません。
ただ確かなことは、イオリに斬りかかった三人の男が、今や首と胴体を切り離された無惨な死体となって、地面に横になっていることだけでした。
「ジェット、今なにが起きたんだ?」
貴賓席にいる黄金騎士団の副団長カイが、血相変えて団長に尋ねます。
「おれにはなにも見えなかった」
「おれもわからん」
ジェットが憮然とつぶやきます。すると
「光だ」
「は?」
「赤い光が三人の首を斬った」
そういったのはお姫さまのように美しいゼップランドの第三王子ブルックです。
ブルックは青い瞳でずっとイオリの行動を追っていました。
「なあ」
グラウンドでは甲冑をまとった兵士がイオリに声をかけています。
「あんたの連れのディーン・カッターの姿が見えないんだが、どこへ……」
「あいつはディーンじゃない」
てのひらで左目を覆ったイオリが答えます。
「ロージャ共和国の有名なアサシン、コンスタンチンだ」
「なに!? それほんとか!?」
「本当。シップランドの生まれなのに東の訛りがあった。冒険者なのにグローブをつけず素手なのも変だ。それで警戒してたらほんの一瞬おれに殺意を向けた瞬間があった」
それはジョニーの弟アンドレスが殺されたときです。
「それであいつが東の有名なアサシンだと気づいた」
「クソ!」
兵士はどこかへ駆け出しましたがイオリは苦笑して首を振りました。
「頭のいいやつだ。捕まらないよ」
あいかわらず左目を手で覆ったまま、イオリは内心つぶやきました。
(ディーン、いやコンスタンチン。おまえとはまたどこかで会いそうだな)




