第14話 剣士の責任
「カルマに感情はあるのか?」
これはよく宗教家や哲学者が議論する命題です。
カルマは言葉を話すし、狡猾な知性もある。
では人間と同じように豊かな感情はあるのかというと
「それは怪しい」
というのが有識者の見立てです。
ある哲学者はこんな見解を示しています。
「われわれが犬や猫を見て笑うようにカルマはわれわれを見て笑う。われわれが犬や猫の何気ないしぐさを見てかわいいと思うように、カルマは人間が苦しむ様子を見てほほ笑む。そう条件づけられている。いいも悪いもない。カミはそのようにカルマを作った。苦しむわれらの姿を見てカルマは『人間はかわいい』と思っているのかもしれない。これはおそろしいことだが、ここから類推できるのは『カミは人間に悪意を持っている』ということだ。自分に悪意を持つ相手に出会ったらどうすべきか? 取るべき態度は二つしかない。服従するか、
それとも戦うか」
「カチッ、カチッ、カチッ」
自分の長剣に斬られ、首を失って倒れた人々を見おろし、骸骨男は笑いました。
「カチッ」
剥き出しの歯を打ち鳴らし、肉のない頸骨を震わせる。
それが骸骨男の笑いです。
「さがれ!」
弟の生首を抱いて呆然と立ち尽くすジョニーをイオリは強引にさがらせました。
そのイオリの頭上に、骸骨男の長剣がギロチンのように降ってきます。
「野郎!」
刀を水平にかざし、イオリはなんとか骸骨男の斬撃を受けました。
「うっ!」
イオリの踵が、固い地面に泥のようにめり込みます。
すさまじい圧力です。
「カチッ」
再び笑うと骸骨男は無防備なイオリのお腹を爪先で蹴りました。
爪先とはいえ象のように大きな足です。
「ぐえっ」
イオリは一撃で吹っ飛びました。
竜皮のツナギを着ていなかったら内臓が破裂したでしょう。
吹っ飛んだイオリは塀に激突し、血を吐きながら前のめりに倒れました。
ひざまずくイオリの頭上に、またもや長剣が降ってきます。
「カカカ」
勝利を確信した骸骨男がカスタネットのように歯を打ち鳴らします。
五万人の大観衆はもはやこれまで! と思い定めて半分は惨劇におびえて目を閉じ、あと半分は惨劇を期待してカッと目を見開きました。
「危ない!」
ジョニーが絶叫したそのとき、ズシン! と地響きが轟きました。
「え?」
ジョニーはあっけにとられました。
まったく予想していないことが起きたのです。
骸骨男の剣が、ひざまずいたイオリのすぐ横の地面にのめり込んでいました。
骸骨男の渾身の一撃は、空振りに終わりました。
「カカ?」
骸骨男がもう一度振りあげた長剣に、なにか白いものがまとわりついています。
「危なかったぜ」
イオリは口もとの血をぬぐって笑いました。
そのもう片方の手に握られているのは、おお、肩から切断された蜘蛛女の腕です!
蜘蛛女の指先から白い糸が伸びて、骸骨男の剣に絡みついています。
「剣の扱いは微妙だからな。蜘蛛の糸でも絡まったら軌道が狂う」
とイオリが語るそばから骸骨男は剣を乱暴に振り回し、まとわりつく蜘蛛の糸をほどこうとしました。
しかしイオリが一太刀で斬った蜘蛛の糸は、骸骨男の剣ではなぜか斬れません。
「力任せに剣を振るっても糸は斬れねえよ。とくに蜘蛛の糸はこの世でいちばん斬るのが難しい代物だ」
イオリは手に持った蜘蛛女の腕を振りました。
すると再び指先から白い糸がほとばしるのです。
「カカッ」
あっという間に全身白い糸に包まれ、立っていられなくなった骸骨男は敬虔な宗教家のようにガックリとひざまずきました。
「今だジョニー!」
イオリが叫びます。
「やつの胸を見ろ。一か所だけ糸に包まれてない箇所がある」
ジョニーが見ると確かに骸骨男の心臓部分に、白い糸に覆われていない黒い空洞があります。
「あそこにカルマの不滅のティグレがある。ティグレを突け」
「見えないよ」
「空洞のど真ん中を突け!」
「届かないよ」
「ジョニー」
イオリが静かに告げます。
「友だちや弟が目の前で殺されてこわくなったんだろう? その気持ちわかるぞ。でもあの骸骨男を殺す役目はおれじゃない。ジョニー、おまえじゃなきゃだめだ。今ここであいつを殺さないとおまえは一生トラウマ持ちのオカマとして生きることになる。それでいいのか?」
「……おれのせいだ。おれが無理に誘わなければ、クリフも、アリスターも、エリックも、アンドレスも、死なずにすんだ。おれが、みんなを、誘わなければ……」
ジョニーは弟の生首を抱きしめ嗚咽しました。すると
「そうだ。おまえの責任だ」
イオリの冷酷な言葉に鞭打たれ、ジョニーは血と泥と涙でドロドロに汚れた顔をあげました。
「かたぎの世界は知らないが剣士の世界の責任の取り方は二つしかない。
一つ、死ぬ。
二つ、殺す。
ジョニー、おまえはどっちだ?」
「……殺す」
ジョニーは弟の生首を地面に置き、拳で涙をグイッとぬぐいました。
「おれを踏み台にしろ」
イオリはジョニーに背を向け、その場にうずくまりました。
「いけ!」
イオリに叱咤され、ジョニーはダッシュしました。
うずくまったイオリに背後から走り寄り、勢いよく肩に足をかけると、今度は猛然とイオリが立ちあがります。
「うおお!!」
立ちあがったイオリの勢いを利用し、ジョニーは空高く跳躍しました。
「アンドレス、エリック、クリフ、アリスター」
巨大な白い蓑虫みたいな骸骨男に迫りながら、ジョニーは叫びました。
「みんな、一緒に帰ろう!」
「カッ!」
ジョニーの剣で胸の空洞を突かれると、骸骨男は一際激しく歯を打ち鳴らしました。
そしてすぐ灰になりました。
不滅のティグレを斬られたのです。
落下するジョニーをイオリが受け止めると、すかさずワニヘビが襲いかかりました。
「チィ!」
イオリが刀を一閃すると、ワニヘビはすばやく後退しました。
(動きが速い。だから四つ足とは勝負したくないんだ)
「おまえは手を出すな!」
ジョニーを遠ざけ、イオリはスピィーディーに這いまわるカルマの全身を眺めました。しかし
(こいつだけティグレの場所がわからない)
カルマのティグレが心臓にあるとは限りません。
複数の生物の混合体の場合、とくに不規則です。
イオリはワニの体のあちこちに視線を彷徨わせました。
(眉間、首筋、背中、喉もと……おかしいな、どこにもない)
そのとき弾丸の勢いで、透明な液体が降ってきました。
尻尾のヘビが吐いた液体です。
イオリは慌てて地面に転がりました。
立ちあがると今まで自分がいた場所に黒く焦げた穴が空き、そこから煙があがっています。
(硫酸だ)
イオリはすかさず顔や手を竜皮で覆いました。
尻尾のヘビがそんなイオリをあざけるように見つめています。
意地悪そうなヘビの表情を見て、イオリはようやく気づきました。
(ヘビが本体だ)
イオリは竜皮の兜の内側で目を細めました。
するとヘビの喉仏に、キラリと光るものが見えます。
(あそこだ)




