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第118話 神曲崩壊

「野郎」


 イオリはケルベロスに向かって正面から猛然と飛翔しました。

 まだ再生していない頭部を飛び越えたイオリを打ち落とそうと、地獄の番犬が尻尾を逆立てます。


「邪魔だ!」


 盲目のイオリが不知火丸を一閃すると、ケルベロスの尻尾は半ばから断ち斬られました。


「今だ!」


 カイの血を浴び、呆然自失のブルックに向かってイオリは叫びました。


「三つ首はまだ再生してない! 尻尾はおれが押さえる! やれブルック、

 最後のピリオドはおまえが打て!」


「……よし!」


 決然とうなずくとブルックはクロとともにケルベロスの正面に舞い降りました。

 ケルベロスとの距離はたったの十メートルです。

 おそろしい熱気と血の匂いが、ブルックの美貌に吹きつけます。

 ケルベロスは火口の縁をがっちりつかみ、四つん這いの姿勢で胸を反らしていました。

 三本の首が、早回しで見る新芽の映像のようにニョキニョキ伸びます。


「あそこだよ。ケルベロスのティグレはぜんぶで三つある」


 ケルベロスの胸もとを指さすルークの言葉にうなずき、ブルックは手を組みました。


「わかった。二人ともさがって」


 二人がうしろにさがるとブルックは呪文を唱えました。

 英雄オデッセイの詩『アガルタ』を詠んだのです。


「よき人の魂ここに眠る

 よき人よ聞け

 風は汝を運ぶゆりかご

 雨は汝の死を悲しむ天の涙

 鳥の囀りは汝に捧げるレクイエム

 汝の魂が天に帰り夜空の星になるときわれらはふたたび一つになる

 ゼップランドは小さき国なり

 されどゼップランドは永遠に汝を愛す

 この小国が戦いに生き、戦いに死んだ汝のアガルタなり

 森よ、空よ、海よ、荒野よ、われらが友の魂を安らかに眠らせ給え」


 一拍置いてブルックは最後の言葉を唱えました。


「召喚魔法

【神曲崩壊】」


「おおっ」


 草原から見守る人々がどよめいたのは、ブルックの真横に突如黄金の輝きが顕現したからです。

 輝きはすぐに収斂し、人の形になりました。

 あらわれたのは白い服を着て金色の長い髪を風になびかせた美しい女性です。

 背中に翼が生えています。

 その女性を見た者は王族も騎士も瞬時に手を組み、その場にひざまずきました。

 あの傲慢なアグネス妃も、無言でひざまずいたのです。

 血と死と暴力に彩られた草原に、たちまち清らかで敬虔な風が吹きました。


「……なんということだ」


 双眼鏡をのぞき込み、ローズ王は震えました。


「あれは、女神だ」


「望みはなんです?」


 落ち着いたやさしい声で女神がブルックに尋ねます。


「ケルベロスを倒してほしいのです」


「わかりました。しかし」


 うなずいたあと女神は前方を指さしました。


「ケルベロスのティグレは三つあります。わたし一人で一度に三つのティグレを破壊することはできません。ブルック、クロ、あなたがたの力が必要です」


「はい!」


「はいニャ」


「これを」


 女神が手をかざすと虚空から弓矢があらわれました。

 女神は弓矢をブルックとクロに渡しました。


「『神々の黄昏』と呼ばれる矢です。これでティグレを射るのです。ルーク、シュガー、あなたたちはうしろで待機していざとなったらわたしたちを守る盾になりなさい」


「はい!」


 ルークはうなずき、恐竜のシュガーも女神の言葉がわかるのか、巨大な頭をペコペコさげます。

 さっさと弓を構えると女神は最後にいいました。


「放てる矢は一本だけ、外れたらそれまでです。心して放ちなさい」


 女神の言葉を聞いてもクロは平然としています。

 エルフは風に舞う木の葉さえ射抜く弓の名人です。

 しかしブルックの顔色は変わりました。


「三人同時に放つのです」


 淡々と女神が語ります。


「ケルベロスに再生の余地を与えてはなりません」


 女神とブルックとクロは数メートルの距離を置いて横に並びました。

 女神が真ん中のティグレをねらい、ブルックは向かって右、クロは向かって左のティグレをねらいます。

 弓を構えた女神の金髪とクロの白い髪が風になびきます。

 ブルックの金髪はビクともしません。

 冷や汗で固まっているのです。

 尻尾の根もとで刀を構えたまま、イオリは耳を澄ませました。


(緊張してる)


 ブルックの乱れた息遣いがはっきり聞こえます。

 落ち着けブルック! とイオリが念じたときです。


「三つ首が!」


 三人の背後に控えていたルークが悲鳴をあげました。

 ケルベロスの三つの首が、突如泳ぐようにぐるりと旋回したのです!

 頭上からザッ! と夕立のように血が降り注ぎ、その血はブルックやクロ、そして女神も濡らしました。 


(まだ頭部は完全に再生してない)


 矢を構えたままブルックは考えました。


(しかしあと十秒で復活する)


 ブルックの目に、今やまっすぐ立ったケルベロスの首の内側を、赤い輝きがみるみる上昇するのが見えます。

 頭部が復活した瞬間ケルベロスは炎を吐くでしょう。

 しかし女神はなかなか矢を放ちません。

 なぜならティグレが奔流に流されたピンポン玉のように、突然目まぐるしく動き出したのです!


「まどわれてはなりません」


 女神の声はあいかわらず落ち着いています。


「カミは死をおそれています。ティグレは狭い範囲しか動いていません。きちんと見極めれば射抜ける的です」


 そう語る女神の髪が、急に激しく波打ちした。

 うしろで見守っていたルークは絶望しました。


(ケルベロスの頭が再生した)


 甦った三つの頭は殺意と憎悪に爛々と目を輝かせ、即座に口を開きました。

 永遠に消えない地獄の業火が口の中で燃えています。

 その瞬間、怪物の胸もとで目まぐるしく動いていたティグレがピタッと止まりました。


「放て」


 女神の号令でクロとブルックは矢を放ちました。

 女神とクロの矢は肉の壁を貫き、見事不滅のティグレを射抜きました!

 ケルベロスの首が二つがっくりと折れます。

 そしてブルックの矢は、おお、わずかに的を外しました!

 最後に残ったケルベロスの頭が絶叫し、ブルックを睨みつけます。

 しかしケルベロスの視線の先にブルックはいません。


(外した)


 そう悟った瞬間ブルックは弾丸の勢いで飛翔しケルベロスに肉薄しました。

 その手に短剣フリーダムが握られています。

 愛する母ラウラ妃の形見です。


(母上、ジェイムズ兄さん、イオリ、クロ、アンナ、ジェット、カイ、ルーク、

 ぼくに力を貸してくれ!)


 自分の胸もとに王子が迫っていると知ってケルバロスは慌ててうつむき、地獄の業火を吐きました。


「危ない!」


 クロとルークは思わず目を閉じました。

 間一髪! 炎を回避したブルックは眼前に迫った肉の壁に短剣をかざしました。


「フリーダム!」


 青い閃光が流線を描き、ケルベロスが絶叫します。

 短剣が肉の壁に突き刺さるとブルックはすかさず叫びました。


「アガルタ!」


 突き刺さった短剣の先端から青い稲妻がほとばしります。

 稲妻は不滅のティグレを一直線に貫きました!


「おお!」


「やったぞ!」


 見守る騎士たちが歓声をあげます。


「危ニャい!」


 クロがあげたのは悲鳴です。


「ケルベロスが!」


 王子を死出の道連れにしようとケルベロスはうつむき口を開きました。


「炎がくるニャ!」


「逃げて!」


 クロとルークが絶叫します。

 しかし刺さった短剣が抜けずブルックはもたつきました。


「はやく逃げるニャ!」


 ついに炎を吐いたケルベロスの首が、急にグラリと傾きます。


「アチチ!」


「バカ!」


 斬り落とされたケルベロスの首のうしろからイオリがあらわれました。

 血に濡れた不知火丸を片手にイオリは急降下しました。

 下でブルックがもがいています。

 翼が燃えているのです。


「イオリ!」


「動くな!」


 イオリは不知火丸を一閃しました。

 火の粉を散らし、燃えている翼は斬り飛ばされました。


「うわっと」


 イオリは落下するブルックを受け止めお姫さま抱っこしました。

 不知火丸は腰の鞘に戻っています。


「ありがとう助かった! イオリ目は?」


「今は見えないけど大丈夫だ。疲労が抜ければ見えるようになる」


 イオリは両方の瞳が青くなった目を瞬かせました。


「よかった。でも目が見えないのにどうしてぼくを救出できたんだい?」


「匂いでわかる」


「ぼくの匂い? どんな匂い?」


「いい匂いだ」


 ぶっきらぼうにそういうとイオリはブルックを抱えたままいったん上昇し、それから死んだケルベロスの背中に着地しました。


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