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第117話 逝きし者たちの祈り

「アネキ、これやるよ」


 ブライアン少年はぶっきらぼうに、てのひらサイズの小さい箱を差し出しました。


「なんですかケロ?」


 アンナが箱を開けると、中に一組の青い石のピアスが入っていました。


「アネキが今してるピアス地味だからさ、これにしなよ」


 アンナはそのときつけていたシルバーのピアスを外し、青いピアスをつけました。

 じっと鏡を見つめるアンナに、ブライアンが不安そうに尋ねます。


「どう?」


「ありがとうブライアン! 気に入りましたケロ!」


「や、やめろよアネキ」


 アンナの剛腕に抱きしめられ、さらに頬ずりまでされてブライアンは迷惑そうに顔をしかめましたが、やがて笑い出し、アンナも一緒に笑いました。





 アンナが見た走馬燈を、イオリも見ました。

 たび重なる死を経験して、イオリの精神感応力があがったのでしょうか?


「アンナ」


「イオリさん」


 アンナはほほ笑みました。


「わたしの子どもたちを、どうかお頼みしますケロ」


 稀代の女盗賊アンナ・レンブラントはそういって目を閉じ、地上に落下しました。


「アンナ!」


「アンナさん!」


 上空でブルックとクロが叫ぶ声が聞こえ、イオリの視界はそこで完全に闇に閉ざされました。

 視力を失う寸前、イオリの右目が最後に見たのは、アンナの両耳のピアスが放つ、涼しげな青い光でした。





「ちくしょう!」


 完全に視力を失い、それでもイオリは怒りに燃える目をケルベロスに向けました。

 すると闇の中に、チラリと青い光が見えました。


(あれは?)


 イオリは今や両方とも青くなった目を細めましたが、のんびりしているヒマはありません。


「イオリよけろ!」


 ようやくイオリの目の異常に気づいたカイが絶叫します。

 エヴァンとアンナを殺した尻尾の石矢が、イオリ目がけて放たれたのです!


「危ない!」


 ルークはとっさに目をつむりました。

 しかしいつまで待っても、石矢が人体にぶつかったときの鈍い音は聞こえません。

 ルークはおそるおそる目をあけました。

 すると次々放たれる石矢を巧みによけるイオリの雄姿が目に飛び込んできました。


「すごい!」


 ルークが歓声をあげます。


(ありがとうオスカー)


 イオリが亡き師に感謝したのは、真っ暗な洞窟の中で、オスカーが投げる石つぶてをよけるトレーニングを何度もやらされたからです。


(あのときはなんでこんなことやらされるのかわからなかったけど、こういうことなんだな)


「イオリ、メクラになったら勝負をあきらめるのか? それ絶望するのが早すぎる。手足があって耳が聞こえて鼻が利くなら、まだ戦える」


 イオリは師の教えに従い、視覚以外の五感をフル稼働して右に左によけました。

 巨大な石矢が空気を切る音、風圧、さらに石矢がまとった火の匂いが、盲目のイオリにありありと危険を知らせます。

 イオリは再び石矢をよけました。


(目が見えるときより危険がよく見える)


 と思ったときです。


「クソ!」


 カイの怒った声が聞こえます。


「ケルベロスの三つの頭が再生しそうだ! それに胸が赤く輝いてる。頭が再生した瞬間炎を吐く気だ!」


「イオリ見て! いや聞いて!」


 ルークがケルベロスの胸もとを指さします。


「赤い輝きの中に青い光が見えるよ! あれは不滅のティグレだ!」


「おお」


 ついに敵の弱点が見つかった! とイオリは一瞬歓喜しましたが

 

「あれ? 青い光が三つある?」


「なんだって!?」


 愕然とするイオリにルークが語ります。


「ケルベロスは頭と同じく心臓も三つある。そのそれぞれにティグレが宿ってるんだ」


「てことは三つあるティグレをすべてこわさないと……」


「ケルベロスは死なないよ」


「それは」


 不可能だ、という言葉をイオリは飲み込みました。


「イオリ!」


 今度は上空からブルックの声が聞こえました。


「ぼくにも不滅のティグレが見えた!」


「ブルック!」


 イオリは絶叫しました。


「まだケルベロスの三つ首は再生しきっていない! 急いでこっちにきてくれ! チャンスは今しかない!」


「わかった!」


 ブルックが風を切って猛然と急降下する音が聞こえます。

 イオリは耳を澄ませました。

 ブルックに付き添うクロの羽音を聞こうとしたのです。

 すると、ブーン……と明らかにクロと異なる、重く忙しない羽音が間近に聞こえました。


「だれ?」


 と声をかけた瞬間、すさまじい殺気がイオリの顔面を叩きました。

 とっさに不知火丸をかざすと、なにかが刃に噛みついてイオリの全身が振り回されました。


「なんだこれ!?」


「人体サイズの羽アリだ!」


 ルークが叫びます。


「ケルベロスに寄生している巨大昆虫だ。クロも上空で羽アリと戦ってる」


「クロも?」


 イオリの脳裏に、怪物と格闘するクロの姿が浮かびます。


(てことは今ブルックは一人ぼっち)


「ルーク、ブルックを援護してくれ!」


「わかった!」


 ルークが急上昇すると刃に噛みつていた羽アリが離れました。

 やや離れた空間から、ブーン……とぶきみな羽音が聞こえます。


(羽アリには毒がある。相手に噛みついて毒を注入してしびれさせ、巣穴に運んで食料にする)


 イオリは刀を背中に回しました。

 居合術の構えです。


(しかしおれは食べさせん)


 イオリが身構えていると、羽アリの重い羽音がフッ、と消えました。


(消えた?)


 イオリは必死に耳を澄ませました。

 しかしどこにも羽音らしき音は聞こえず、気配もありません。


(どこへ行った!?)


 焦るイオリの背中を、羽アリはじっと見つめていました。

 この狡猾な昆虫は潜水艦のように潜航して急浮上し、イオリの背後を取ったのです。

 羽アリは長い触覚をクネクネさせました。


「……」


 イオリの腰のくびれやお尻を見つめる昆虫の真っ黒な顔に、殺意や食欲以外の「なにか」が浮かびます。

 羽アリは羽音を殺し、静かにイオリに近づきました。

 六本の足でイオリにしがみつき、身動きできないようにして毒を注ぎ込むつもりです。

 静かに近づき、羽アリは一斉にバッ! と六本の足を広げました。

 もらった、と羽アリが確信した瞬間、アリの視界は突然真っ黒な闇に包まれました。


「お!?」


 なにかすさまじく固いものがぶつかる衝撃音が背後で聞こえ、イオリは慌てて振り返りました。

 そこにいるのがなんなのか、イオリは匂いですぐわかりました。


「シュガー!」


 イオリを助けたのはクロが飼っている恐竜のシュガーです。

 羽アリを一飲みすると、シュガーは魔法で取りつけた背中の羽根をパタパタさせました。

 するとイオリの頭上でまた衝撃音が聞こえました。

 上空から落ちてきた羽アリをシュガーが丸飲みする音です。


(クロが羽アリをやっつけた)


 ほっとしたイオリの頬が、そのとき急にひんやりしました。

 この気温の変化に、急降下中のブルックは気づきません。

 ブルックを追うクロも、下から迫るルークも気づきません。

 目が見えないイオリだからこそ、この些細な変化に気づいたといえるでしょう。


()()()が日差しをさえぎってる)


(それはなんだ?)


 一瞬考えたあと、イオリは絶叫しました。


「ブルック尻尾だ!」


 ブルックがハッと視線を向けたとき、ケルベロスの逆立った尻尾からすでに石矢は放たれていました。

 ブルックは思わず空中で静止しました。

 クロとルークがすかさず手をかざします。しかし


「だめニャ!」


「届かない!」


 二人の魔力がまだ届かない位置にブルックはいました。

 無防備な王子に、石矢がみるみる迫ります。


「ブルック!」


 成すすべなくイオリが叫んだときです。

 突然一つの影が、静止したブルックの前にあらわれました。


「お忘れなく」


 ブルックの前でカイは両手を広げました。


「この世でいちばん殿下をお慕いしているのはカイ・セディクです!」


 血笑浮かべるカイの胴体に、矢弾はまともに衝突しました。


「不滅なり黄金騎士団!」


 絶叫しながらカイはバラバラの肉片になり、飛び散った血しぶきが、ブルックの白いウェディングドレスを朱に染めました。


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