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第116話 火の山の死闘

「では二手にわかれるニャ」


 ブルックとクロは一気に上昇しました。

 上空から火の山を見つめるブルックとクロの下をくぐり抜け、イオリ、カイ、エヴァン、アンナの陽動部隊は火の山の火口に接近しました。


「ごめん」


 そのときイオリの肩にしがみついていたルークが申し訳なさそうにいいました。


「ぼく、なんか急にこわくなって……おしっこ漏らしちゃった。あ、イオリの服は濡れてないよ……ごめん、ウソ。ちょっとだけ濡れた」


「いいよ」


 イオリは思わずほほ笑みました。


「戦場ではよくあることだ。それよりすっきりした?」


「すっきりした」


「よかった」イオリはルークの小さい頭を撫でました。「さあ、ついたぞ」


 四千メートルの高さにある火の山の噴火口に近づくと、夏だというのに空気がひんやり冷たく感じます。


「ケルベロスまでまだ四五百メートル距離がある。炎はここまで飛んでこない……」


 とルークがいったときです。

 自分たちを取り巻く空気の冷たさが、あっという間に消えました。

 ケルベロスの三つの頭が、一斉に炎を吐いたのです!

 炎の射程はルークの予想より長く、火炎はまたたく間に迫りました。


「上だ!」


 イオリの号令で陽動部隊は一気に上昇しました。

 炎がおそろしい奔流となって足もとを通り過ぎ、陽動部隊の面々の喉がゾッとするほど熱く焼けます。

 イオリたちはゲホゲホ咳き込み、喉から熱気を追い出しました。


「ケルベロスは炎を一度吐いたら二度目まで時間がかかるんだ!」


 ケルベロスの生態をよく知るルークの言葉にカイがホッとしたときです。


「ふ、副団長」


 うろたえた声を出すのはエヴァンです。

 よけたと思ったのに、エヴァンの二枚ある翼の右側に火がついています!


「エヴァン!」


「カイ近寄っちゃだめ!」


 イオリの肩から飛び降り、ルークは自分の髪の毛を一本抜きました。

 その髪の毛が一振りの剣に変じます。

 ルークは妖精の剣を一閃しました。

 すると刃が触れていないのに、火の粉を散らしながら翼が断ち切られました。


「うわわ!」


 飛行能力を失い落下するエヴァンは、しかし空中でピタッと止まりました。


「あれ?」


 エヴァンが振り向くと、背中に新しい翼が生えています。

 ルークがとっさに自分の翼から羽根を一枚抜いて投げたのです。


「ありがとうルーク!」


 エヴァンが手を振りルークも笑顔で答えました。


「危ない!」


 アンナが悲鳴をあげた次の瞬間、笑顔で手を振るエヴァンの体は肉の飛沫となって粉々に吹っ飛びました。





「エヴァン!」


 血と肉の霧となったエヴァンからルークは目を逸らしました。

 火口を見るとケルベロスが長い尻尾を逆立てています。

 その尻尾の先端が、矢尻のように鋭く尖っているではありませんか。

 ケルベロスは鞭のように尻尾を振りました。

 すると尖った尻尾の先端が、石矢となって飛んでくるのです!


「カイ!」


 エヴァンの死に呆然となっているカイにイオリは空中でタックルしました。

 間一髪! ケルベロスの石矢は二人をかすめて飛んでいきました。

 ルークは青ざめました。


「バカな。ケルベロスの尻尾にあんな能力なかったのに」


「カミが憑依してケルベロスの殺傷能力があがったニャ」


 上空から戦況を見守るクロがブルックに語ります。


「地獄の番犬がさらに強くなった。でも逃げてばかりではやられるニャ」


「ケルベロスの正面に入るぞ!」


 クロの声が聞こえたかのように、イオリが仲間を叱咤します。


「まだ炎の攻撃はこない。それにおれたちが胴体の正面にいたら自分の頭が邪魔で尻尾からの攻撃はできない。やるぞ!」


 イオリは急降下してケルベロスの胴体正面に舞い降りました。

 ほかの者もあとに続きます。


「矢を射ろ!」


 イオリの号令のもと、カイ、ルーク、アンナは一斉にケルベロスの胸もと目がけて矢を放ちました。

 ケルベロスは四人の連射をうるさがって三つの頭を振りました。

 巨大な口で噛み裂こうとしているのです。

 カイとルークはケルベロスの口撃を巧みに避けました。

 耳もとで牙と牙がぶつかるおそろしい音が聞こえます。

 カイは避けてすぐ矢を放ちました。

 ケルベロスの目をねらって放ったのです。

 神竜は悲鳴をあげて頭をのけぞらせました。

 イオリとアンナは少し離れた場所からロングボウの矢を放ちました。

 とくにアンナの剛腕が放つ矢の威力はすさまじいものがあります。


「死ねケロ!」


 アンナが放った矢にかぶらはついていません。

 それなのにアンナの矢は空気を切り裂くおそろしい音を立てて飛翔し、ケルベロスのぶ厚い肉の壁に容赦なく突き刺さりました。


「死ねケロ! 死ねケロ! 死ねケロ!」


 最初はただうるさがっていたケルベロスの頭が、辟易したのか、それとも痛みに耐えかねたのか、ややさがりました。


(お)


 ケルベロスの挙動を見たイオリの脳裏に、ある作戦が閃きました。すると、


「おい見ろ!」


 カイが指さすケルベロスの胸もとが、赤く輝いています。


「エネルギーが満ちた! 炎がくるぞ!」


「まだだよ!」


 といったのはルークです。


「輝きが喉もとまできたら炎となって噴き出す」


 確かにルークがいうように胸もとの赤い輝きが、川を遡上する魚のようにみるみる首の内側を上昇します。


「まだ時間はあるよ!」


「カイ」


 イオリはカイの耳もとに唇を寄せ、なにごとかささやきました。


「! しかしそれをやったらおまえの目が」


「いいんだ」


「……わかった」


 一瞬の躊躇後、カイは叫びました。


「みんな、炎を吐かれる前にケルベロスの頭を跳び越すぞ!」


 カイの突然の宣言にルークとアンナは驚きました。


「なにいってるの!?」


「無茶ですケロ!」


「無茶でもなんでもやるんだよ! 生き延びる道はほかにない。行くぞ!」


 カイは猛然と飛翔し、ルークとアンナも引きずられるようにあとに続きました。

 無謀にも自分に向かって一直線に飛んでくる三人を見て、ケルベロスは三つの頭をまっすぐ立てました。

 その長い首の内側を、赤い輝きが上昇します。

 輝きはいよいよケルベロスの喉もとに迫りました。


「間に合わないよ!」


「あきらめるな! このまま行くぞ!」


 カイに叱咤され、ルークとアンナは死に物狂いで翼を翻しました。

 ケルベロスが目前に迫ってきました。

 真っ黒なうろこ状の肌に覆われた醜怪な面貌が間近に見え、腐った魚のような匂いや、溶岩のように凄まじい熱気も感じます。

 三つあるケルベロスの頭の真ん中が、じっと自分を見ているのに気づいてカイは総毛立ちました。


(そうだ見ろ。おれを見ろ!)


 そのとき


「だめだ間に合わない!」


 ルークが悲鳴をあげました。

 赤い輝きが、ついに喉もとに達しました。

 ケルベロスは三つある口を同時に開きました。

 カイ、ルーク、アンナの目に、巨大な口腔内で燃えている炎がはっきり見えます。

 三人の動きが、ケルベロスの眼前で一瞬止まりました。

 神竜の偉容に気圧され身動きできなくなったのです。


「ジェット」


 今行くよ、とルークはつぶやきました。

 そのときケルベロスは、いいえカミは二人の人間と一人の妖精を仕留めるのに夢中でまったく気づいていませんでした。

 上空から迫る脅威に。

 陽動部隊から離脱し、垂直上昇してから一気に急降下してきたイオリの姿に。


(ケルベロスは炎を吐くとき頭がさがる)


 イオリは不知火丸を(かすみ)に構えました


「不知火流奥義

【赤い影法師】」


 イオリは不知火丸を水平に振るいました。

 三つの頭の真ん中がハッと気づいて視線をあげようとしたとき、刀の先端から赤い光が放たれました。

 光はややさがったケルベロスの頭を、巨大なギロチンのように三つまとめて斬り落としました!

 地響き立ててケルベロスの頭は火の山の山肌を滑り落ち、胴体もその場にうつ伏せに倒れました。


「う」


 イオリはとっさに右目を押さえました。

 すでに左目は見えません。

 それに続いて今度は右目の視界にも黒い(もや)がかかってきました。

 短時間に奥義を立て続けに使ったダメージです。

 陽動部隊の三人はイオリの異変に気づかず、死の恐怖から解放され、喜びを爆発させました。


「やったぞ!」


「やったあ!」


「やりましたねケロ! あ」


 歓喜の笑顔を浮かべたアンナの体が、突然半分になりました。

 お腹のところで上下真っ二つに裂けたのです。


「ケルベロスが!」


 ルークが叫びます。

 見るとケルベロスの尻尾が高々と鎌首をもたげているではありませんか!


「また尻尾から石矢を放った! まだ生きてる!」


 ルークの悲鳴に続いて切断されたケルベロスの三つの首が、新芽のように傷口からムクムク再生します。


「アンナ!」


 霞む右目に血の涙を滲ませ、イオリは地上に向かって落ちてゆくアンナに必死に手を伸ばしました。


「イオリさん」


 上半身だけになったアンナも、イオリに向かって手を伸ばしました。


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