第115話 五高弟と六人の使徒
ケルベロスに憑依したカミの姿と言葉は、五大都市の人々にも伝わりました。
暗黒と化した空のスクリーンに姿が映り、声も聞こえるのです。
「千年前古代文明を滅ぼしたカタストロフィが」
「また始まる?」
これから始まる惨劇を予感し、人々は震えました。
すると
「カミよ」
ピラミッドの祭壇にいるブルックは、大胆に問いかけました。
「人間の成長をもっとも妨げるのはなんだと思う?」
「怠惰であろう」
ブルックとカミのやり取りを、草原や五大都市に集まった人々は、固唾を飲んで見守りました。
「ちがう。怠けることは人間にとって大切だ。人間の成長を妨げるのは恐怖と暴力だ。どちらもあなたがもっとも得意とするものだ。人類は千年に渡って委縮し続けた。カミの顔色をうかがい、カミの心を忖度し、カミに媚びを売るのを至上の倫理にした。あなたに支配された人類は千年に渡って恐怖と暴力を再生産し続けた。成長をあきらめて。虐待された子どもは自分を虐待した親に似る。そんな時代をここで終わらせる。自由と成長と健全な暴力をこの手に取り戻す」
「暴力も取り戻すのか?」
「そうだ。本来暴力はいじめや虐待ではなく、圧倒的な暴君を倒すために使うものだ。その正当な暴力を、これから行使する」
ブルックはどこかから取り出した黒石をかざしました。
ウィッチロックです。
「なにをする?」
「王子さまが戦う気概を見せれば、カミは五高弟を大陸の主要な都市に降臨させます」
黒石をかざしたブルックは、異教徒の町【戦闘】で出会った病弱な少年サーイブの言葉を思い出しました。
「戦意を見せて敵の戦力を分散させ、各個撃破するのです。カミに勝つにはこれよりほかに手はありません。カミは挑発に必ず乗ります。古代文明を滅ぼしたときもそうでした。カミは五高弟を古代文明の主要都市に派遣し、各都市を短時間に攻略して広い土地を一気に掌握しました。五高弟は霊体です。古代文明の超兵器は彼らにまったく通じませんでした。王子さま、これと戦う手立ては……」
「ある」
ピラミッドの祭壇でブルックがつぶやきます。
「これで戦える。カミよ、この魔法を習得するため人類は千年の時間を費やし、百八十九人の魔法使いが命を落とした。見るがいい! おまえが侮った人類が長い研鑽の果てに獲得した究極魔法を。
反魂術【魔界転生】」
ブルックが魔法名を唱えるとウィッチロックが輝き、そこから六つの光が放たれました。
光は矢となり、暗黒の空へ吸い込まれました。
ここは地獄です。
透明な光に満たされた美しい草原に、ラウラとジェイムズがいます。
継母の肩にもたれ、ジェイムズは眠っていました。
ラウラは指に蝶をまといつかせ、鼻歌を歌いました。
メランコリックなメロディが、明るい日差しを震わせます。
ラウラが歌っているのはビートルズの『ミッシェル』です。すると
「どうしたの?」
急にジェイムズが立ちあがったのです。
「ブルックに呼ばれました。ちょっと出かけます」
ジェイムズは腰の神剣ローズを軽く叩き、歩き出しました。
「ジェイムズ」
「はい」
「あの子を頼みますよ」
「おまかせください」
愛する母に手を振り、ジェイムズは草原をあとにしました。
ウィッチロックから放たれた光が空に消えると、五大都市に異変が起きました。
「見ろ!」
バベル大帝国の太陽宮殿につめかけた人々が、驚きの声をあげます。
暗黒の空を駆ける二頭の馬があらわれたのです!
馬はヤッカを中心に駆けました。
青毛の馬と白馬に乗るのは
「ぼく知ってるよ。騎兵隊のリベロ、アランとエリだ!」
帝国騎兵隊のファンらしい少年が叫んだとき、白馬グレイに乗ったエリが矢を放ちました。
矢がヤッカの頬をかすめ、それを見た地上の人々が驚きの声をあげました。
「おい見ろ!」
「ヤッカが血を流したぞ!」
「攻撃が効いてるんだ!」
「いいぞエリ、もっとジャンジャン放て!」
「まかせて!」
ブルーに乗ったアランに叱咤され、エリは再び矢を放ちました。しかし
「小癪な」
虚空からあらわれた長剣で矢を打ち払い、ヤッカは頬を流れる血をペロリと舐めました。
「二人とも八つ裂きにしてやる!」
「アランとエリはぼくが使役する使徒だ」
ピラミッドの祭壇でブルックが語ります。
「今の二人は霊体だ。霊体の攻撃は同じ霊体に効く」
そのときほかの都市からも歓声があがりました。
イリヤシティの革命広場にいる白髪白髭のデーモンのそばに、こちらも白い僧服を着た長身の老人があらわれました。
「うむ?」
デーモンはいぶかしそうに首をかしげたあと、宙に手をかざしました。
その手に虚空からあらわれた黄金の剣が握られます。
白い僧服の老人も、腰に差した剣をスラリと抜きました。
暗黒の空で対峙する奇怪な二老人の姿に人々はしばし声を失いましたが、
「……あれは」
「ドストエフスキー先生だ!」
「でも死んだはずだろう?」
「おれたちを助けにきてくれたんだ!」
人々の喜びが爆発し、革命広場は地震のように揺れました。
ロックシティの上空にいる小柄なジンのそばにも、白い天使があらわれます。
それを見て祭壇のイオリは歓声をあげました。
「オスカー!」
「もう寝てたけどカワイ子ちゃんに頼まれたからな」
しわがれた声でそういうと、イオリの剣の師匠オスカー・レノンは愛剣ピストリークスをジンに突きつけました。
「おまえに初心者向けの稽古をつけてやるよ」
「……おもしろい」
ジンは初めてニヤリと笑いました。
ジークフリート城の上空にいる美貌の中年男デビルのそばにあらわれたのは、無精髭をたくわえた精悍な顔立ちの美剣士です。
「おれあの人知ってる!」
「ゼップランドの名剣士ジェイムズ・ボッシュだ!」
地鳴りのように沸き立つタイタンの人々の歓声を聞きながら、ブルックはチラッとピラミッドの足もとをうかがいました。
父や兄たちのようすを見たのです。
死んだはずの三男坊が突然あらわれ、とくにローズ王がパニックを起こしやしないかとおそれたのですが、王も二人の兄も驚きと興奮に目を輝かせながらも気分は落ち着いているようです。
(まさか死んだジェイムズ兄さんがこんな形であらわれるとは、三人とも思ってもいないんだろうな)
そしてローズシティのローズ城上空にいる金髪の美男子サタンのそばにあらわれたのは、赤いローブを着た逞しい長身の騎士です。
騎士を見た王都の人々はたちまち熱狂しました。
「ジェット・クーガーだ!」
「救国の英雄がまたおれたちを助けにきたぞ!」
「もう大丈夫だあ!」
地上の人々はお祭り騒ぎで歓声をあげました。
異変に気づいたのは一人の少年だけです。
「え? でも霊体だよ? 霊体ってことは、ジェットはもう……」
少年が口にした疑問はだれにも気づかれません。
「六人の剣士は今ぼくが使役している。彼らが五高弟を片づける。
カミよ、おまえはぼくが片づける」
ブルックが宣言した瞬間、ケルベロスが三つの頭をそろえて大咆哮をあげました。
カミの声が突風となり、草原を吹き抜けます。
「フフ、だいぶお怒りのごようすだ」
苦笑いして髪を撫でると、ブルックは祭壇にいる仲間と向き合いました。
「これから最終決戦だ。生還を保証できない戦いになる。
みんな、それでもぼくについてきてくれるかい?」
「はい!」
ブルックの問いかけにイオリ、クロ、アンナ、カイ、ルーク、エヴァンが大声で応じます。
「この命は王子さまのものです」
カイの言葉にアンナとエヴァンも続きます。
「わたしもですケロ!」
「ぼくもです!」
「ぼくの命もやるよ!」
最後に叫んだのはルークです。
「みんな、ありがとう」
ブルックの目に涙が光るのをイオリは見ました。
「みんなこれを背中につけるニャ」
クロは全員に小さな羽根を渡しました。
背中につけると、羽根は大きな翼になりました。
それからクロは自分の弓を持つルーク以外の全員に弓を渡しました。
自分自身とブルックに与えたのはM字型の短弓で、イオリとアンナ、カイとエヴァンに与えたのは黄色いロングボウです。
「弓を構えると矢は異空間にあるエルフの武器庫から無限に出てくるニャ。『イグニス』と唱えると矢が火薬入りの火矢になるニャ」
「作戦はシンプルだ」
ブルックが告げます。
「カミはぼくが倒す。ただし、まだケルベロスの体のどの位置に不滅のティグレがあるのかわからない。イオリ、きみが陽動部隊の隊長になってケルベロスを攻撃してくれ。ぼくはクロと離れた場所からケルベロスを観察する。不滅のティグレの位置がわかったらぼくも最前線に立つ。そのときは援護を頼む」
「わかった」
「ケルベロスは三つの口から炎を吐くニャ」
クロが語ります。
「射程距離は百メートル。一度触れたら永遠に消えない炎ニャ。だからかすらせるのもだめニャ」
「わかった。ほかになにかある? ないね」
ブルックは仲間に最後の激を飛ばしました。
「ではこれよりクソッたれのカミをぶっ飛ばす!
全員ぼくに続け!」
「おう!」
ブルック一行は翼を羽ばたかせ、一斉に祭壇から飛び立ちました。
「おお」
草原につめかけた各国王族や騎士たちがどよめきます。
「頼んだぞブルック。女神とともにあれ」
ローズ王は火口で待ち構える地獄の番犬目指して飛び立つ息子を見つめ、女神に祈りをささげました。
こうして人類とカミの最終決戦の幕は、切って落とされました。




