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第112話 二人の夢

「台は不要です。下げなさい」


 マリアの命令で用意された介錯補助用の台は撤去されました。


「殿下、こちらへお座りください」


 マリアにうながされ祭壇の中央にひざまずくと、ブルックは自然に前のめりの姿勢になりました。

 そうしたほうが介錯人が剣を振るいやすいからです。

 それは生贄を宿命づけられたローズ家の人間の、悲しい性ともいえるでしょう。

 頭をおおっていたスカーフはすでに脱がされ、両手はうしろ側で縛られています。

 ブルックは右半身をピラミッド下から見あげる人々にさらし、マリアはブルックの左側やや後方に立ち、王子の細首を見おろしました。

 ケルベロスは火口から三つの長い首を伸ばし、生贄の生首がささげられるのを今か今かと待っています。


「目かくしなさいますか?」


 問いかけたのはアレクサンダーです。


「いらない」


「では慣例により呪言を唱える」


 アレクサンダーは目を閉じるとよく通る太い声で、ゼップランド建国の英雄オデッセイが書いた詩を独唱しました。


「よき人の魂ここに眠る

 よき人よ聞け

 風は汝を運ぶゆりかご

 雨は汝の死を悲しむ天の涙

 鳥の囀りは汝に捧げるレクイエム

 汝の魂が天に帰り夜空の星になるときわれらはふたたび一つになる

 ゼップランドは小さき国なり

 されどゼップランドは永遠に汝を愛す

 この小国が戦いに生き、戦いに死んだ汝のアガルタなり

 森よ、空よ、海よ、荒野よ、われらが友の魂を安らかに眠らせ給え

 カミとともにあれ」


「『女神とともにあれ』だ」


 前を向いたまま、ブルックがきっぱり断言します。


「訂正しろ」


「……マリア殿」


 アレクサンダーに呼ばれたマリアはうなずき、スラリと神剣メメント・モリを抜きました。


「殿下、最期のお言葉をどうぞ」


「まだ最期じゃない」


 健気にそう語るブルックの顔色はさすがに青ざめ、金色の髪は細かく震えています。


「あいつはきっとくる」


 ピラミッド下に陣取った人々は祭壇の成り行きを固唾を飲んで見守りました。

 だからだれ一人気づかなかったのです。

 青空を漂う白い雲から弾丸のように飛び出し、急降下してくる黒い影を。


「ご無礼」


 手にした剣をまっすぐ頭上にかざしたマリアは、突如金髪をひるがえし振り返りました。


「マリア・バタイユ!」


 背中の翼を畳んだイオリは、落下しながら不知火丸を振りおろしました。

 鼓膜を打ち破るすさまじい金属音が草原に轟きます。


「王子さまがお待ちですよ、イオリさん」


 イオリ必殺の一撃を余裕で受け止め、マリアはにっこり笑いました。


「待っていたのはおまえだろう?」


 マリアの剣をはねあげ、イオリはいったん後退しました。


「おれのうしろにかくれろ」


 自分を背後にかくそうとするイオリにブルックは文句をいいました。


「くるのが遅い。お、クロ!」


 子どものように唇を尖らせたブルックは、空から飛来したクロを見てたちまち破顔しました。

 クロが縛めを解くとブルックはクロを抱きしめ、キスの雨を注ぎました。



「王子さま~」


 今度は頭上から声が降ってきます。

 ふわふわゆっくり降下する青い球体の中に、アンナとルーク、カイとエヴァンがいました。


「おおみんなぶじか! ジェットとジャックは?」


「……」


 クロが無言で首を振ります。


「そうか」


 ブルックの脳裏に、血のつながらぬ兄とジェットを慕った幼い日々が、一瞬甦ります。

 青い球体は祭壇に着くと消滅しました。

 球体の中にいた者たちもイオリのうしろに回ります。

 マリアの背後には彼女の弟子とクルシミの信徒がいました。

 アレクサンダーの姿も見えます。

 ピラミッド下にいる王族から見て祭壇のイオリは右、マリアは左に位置しました。

 イオリはすでに刀を中段に構えていますが、マリアは右手に持った剣を無造作にぶらさげたままです。

 

「ところでイオリさん、まだわたしを幼なじみの仇と思われますか?」


「あれはまちがいだ。幼なじみの仇はもうとった」


「それはおめでとうございます。では、わたくしとあなたが戦う理由もなくなったのではないですか?」


「理由はある。おれはブルックを守らなければならない」


「なぜそこまでやるのです? あなたが用心棒として果たすべき責務は、充分果たされたと思いますが」


「ブルックがおれの夢だからだ」


(ぼくが夢?)


 ブルックの頬がとっさに赤く染まります。


「オゥ、ではやはりわたしとあなたは敵対するよりほかに道はありませんね」


「マリア・バタイユ、おまえの夢はなんだ?」


「すべての国家を滅ぼす」


 火の山から吹く風が、マリアの金髪を優雅になびかせます。


「それがわたしの夢です」


「国家が消えた世界に足の悪いウクレレ弾きや、ダウンタウン出身のジゴロや、乞食をしながら暮らす魔法使いや、自分を顧みない妻のそばを離れないアル中のホームレスや、死体処理の仕事をしながら小説家を夢見る女の子はいるのか?」


「残念ですがいません。わたしの世界にいるのは清く正しく美しく強い者だけです。国家が消滅した世界に法や道徳はありません。そんな世界に弱き者が生きてゆける余地などないのです」


「わかった。マリア・バタイユ

 やっぱりおまえはおれの敵だ」


「光栄ですわ」


 見る者がうっとりするような美しくやさしい笑みを浮かべ、マリアはぶらさげていた神剣メメント・モリを八相に構えました。

 マリアが構えた瞬間、ビリッ! と電気のように緊張が走ります。

 マリアとイオリ、大地震直後の灰塵と化した王都で、二人が初めて会ってから十年が過ぎました。

 十年の歳月は一人を『皆殺し』とあだ名される大陸最強の剣士に育て、もう一人をドラゴン殺しの凄腕カルマハンターに育てました。

 宿命の連鎖はここに閉じ、人類の運命を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしています。


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