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第110話 夢

 イオリはふと目を覚ましました。

 茜色の空が見えます。

 どこかの河原に寝そべっているのです。


「起きたか」


 笑みを含んだ若々しい声が、上から降ってきます。

 となりに腰かけほほ笑むジェットを見て、イオリはガバッと上体を起こしました。


「なぜおれを助けた!?」


「そう怒るなよ。おれとおまえを天秤に賭けたらおまえのほうが重かった。それだけの話だ」


「おまえの(ルン)をおれに移したのか?」


「そうだ」


「なぜそんなことを? おまえはこの国の英雄なんだぞ! 国民が悲しむと思わないのか……」


「おれは偽りの英雄だ」


「偽り?」


「ああ。十年前の祖国防衛戦争で手柄をあげておれは英雄になった。しかし本当はおれの手柄じゃない。おれの姉、当時の黄金騎士団団長モニカ・クーガーの手柄だ」


「モニカ・クーガー……」


「姉貴はほとんど単騎で敵を撃退した。おれは姉貴のそばにくっついていただけだ。帝国軍最強の騎兵部隊を殲滅し、喜んでいたとき突然バケモノがあらわれた。

 それがソニーだ。

 ソニーは姉を斬るとすぐその場を去った」





「ジェット」


 弟の腕に抱かれ、瀕死の姉モニカはいいました。


「帝国の騎兵部隊をやっつけたのはおまえよ。みんなにそういいなさい」


「姉さんなにをいうんだ!?」


「ゼップランドは地震と戦争で混乱の極みにある。今この国に必要なのは英雄です。ジェット、おまえが英雄になるのよ」


「英雄は姉さんだ」


「混乱し疲弊した国家に必要なのは悲劇の英霊ではなく生きた英雄よ。残酷なことをいう姉をゆるして。でもあなたしかいないの。ジェット、英雄になんかならなくていいからせめて英雄を演じて。十年演じたら、わたしのかわいい弟はきっと本物の英雄になれるわ」


 モニカはニッコリ笑って涙を流す弟の頬を撫でました。


「愛してる。わたしのジェット」





「姉さんの仇はとった。あとはおまえを助けるだけだ」


「そんなことがあったのか。でも」


 イオリのオッドアイに見つめられ、ジェットは照れ臭そうに視線を外しました。


「やっぱりわからない。なぜおれを助けた?」


「……おれは、姉貴に性癖を歪められた」


「性癖?」


「ああ。おれは戦う女が好きなんだ」


「……」


 ジェットは川面を見つめています。

 イオリはジェットの横顔から目を逸らしません。


「それって、おれを好きってことか?」


「『戦う女』が好きなんだよ。お、きたきた」


 ジェットは服についた雑草を払って立ちあがりました。

 イオリがジェットの視線を辿ると、土手の向こうで手を振る女性がいました。


「姉さんだ。じゃあ行くよ」


「ジェット」


 イオリが急いで立ちあがるとジェットは胸に手を当て、その場に片膝つきました。


「最期に願いを聞いてくれ。手にキスしていいか?」


「手でいいの?」


「手がいいんだ。おまえの手は美しい。おまえそのことに気づいていないだろう?」


 ジェットは恭しくイオリの右手を取ると、甲にそっとキスしました。

 片膝ついたままイオリを見あげ、ジェットはいいました。


「ブルック殿下を頼む。おれは戦う女が好きだがおまえが傷つくと胸が痛む。おまえは充分傷ついた。だからもうこれ以上傷つかないでくれ。それでも自分で自分を罰したくなったら、おまえを命懸けで愛した男がいたことを思い出し、胸の疼きを鎮めてくれ。元気でな」


「ジェット」


 姉と手をつないで去ってゆく騎士に、イオリは大声で告げました。


「おまえは偽りの英雄なんかじゃない。本物の英雄だ!」


 ジェットは姉のモニカと一緒に振り返りました。


「……」


 姉弟は笑顔で手を振ると沈む夕日に向かって歩き、光の中に溶けてゆきました。





 イオリが目を覚ますと、耳が長く顔が小さい女の子が、心配そうにのぞき込んでいました。


「イオリ」


「クロ」


 イオリは起きあがるとクロを抱きしめ、白髪や頬にキスの雨を注ぎました。

 抱きしめられたクロはご機嫌なネコのようにゴロゴロ喉を鳴らしました。

 イオリの体にあった傷はどれもきれいに消え、着ているツナギの破れ目も、竜の驚異の再生能力でふさがっています。

 ただ左目が青いのだけは変わりません。

 不知火流奥義を使ったダメージのせいで、左目の視力はなお失われたままです。


「ジェットは?」


 イオリに問われたクロが向けた視線の先に、ジェットとジャックが横たわっていました。

 二人ともあお向けの体に毛布をかけられています。


「これから移動魔法でみんなを元の世界に連れて帰るニャ。でも魔力量が足りないから二人はここへ置いていくしかないニャ」


 ジェットにかけられた毛布から、バスタードソード稲妻フルグルの柄がわずかに顔を覗かせているのをイオリは見ました。


「ルーク」


 イオリは涙に濡れた妖精の頬にキスしました。

 それからルークを肩に乗せて立ちあがると、イオリはみなに告げました。


「帰ろう。ブルックを助けるんだ」


「おう!」


「ホラー!」


 クロが放った青い球体の光に包まれ、イオリたちはふわふわ上昇しました。

 遠ざかるジェットとジャックの遺体に向かってカイとエヴァンは敬礼し、ルークとクロは祈りをささげるため手を組みました。

 イオリも手を組み、頭の中でこんな言葉をつぶやきました。


(ジェットおまえはすごいやつだ。最後に自分の夢をきっちり叶えた。

 アラン、エリ、トビー、ヒューゴー、イーサン、仇はとったぞ。

 今度は父さん、母さん、マックス、ノーラ、ダミアン、アニーの仇をとる。

 すべての元凶であるカミを殺す)


 そこまで考え、イオリは首をかしげました。


(へんだな? いつものおれなら自分の親が自分の幼なじみを殺したことを、もっとウジウジ悩むはずだ。でも今、おれの怒りは一直線にカミに向かってる。

 ただひたすらカミをぶち殺したい。

 きっとこの考え方は正しい。カミを倒さない限り悲劇の連鎖は止まらないんだ。

 ……じゃあこれがおれの夢なのか?)


「おまえは戦って、夢をつかめ」


(父さんは最期にそういった。でもだれかの仇を取るのは夢じゃない。復讐を夢と呼ぶのは陰惨すぎる。

 じゃあおれの夢って、いったいなんだ?)


 長年の疑問が再びイオリの胸に去来します。 

 そのときイオリの脳裏に、セーラー服を着たブルックの姿が閃きました。

 まるでなにかの天啓のように。


(ブルック?)


「『旅で人は自分自身に出会う』と本で読みました。イオリさんはこの旅できっと自分の夢と再会しますよ。それは天罰ではなく天啓です。楽しみですね!」


 宿場町【永遠】で出会った小説家志望の少女ジョゼの言葉を、イオリは思い出しました。さらに


「アガルタで、みんなと一緒に暮らしたい」


 これはどういうことでしょう?

 七歳のころ防空壕で抱いた夢を、イオリはふいに思い出しました。

 長年にわたって思い出そうと努め、それでも思い出せずに苦しんだ夢が、気まぐれなネコのようにいきなり自分の胸に戻ってきたのです。


「……ジェットだ」


(ジェットの(ルン)がおれの中に入って、ルンと一緒にジェットの無垢もおれの中に入ってきた。その無垢が触媒になって、おれの幼いころの記憶が甦ったんだ。それだけじゃない。父さんたちがアランたちを殺したのを知ってもおれが動揺しないのは、きっと……)


「自分で自分を罰したくなったら、おまえを命懸けで愛した男がいたことを思い出し、胸の疼きを鎮めてくれ」


 イオリは自分の胸にそっと手を当てました。


(ありがとうジェット。ジョゼ、やっとわかったよ)


 幻のネコの体温に温められたのでしょうか?

 濡れていた胸がみるみる乾くような感動をイオリは覚えました。


(ブルックだ。

 あいつがおれのアガルタだ)





「……」 


 ブルックは一睡もしていない寝床からふいに半身を起こしました。

 時間は真夜中で、となりの部屋からアンナのかすかな寝息が聞こえます。

 ブルックは枕もとの背嚢をそっと開きました。

 すると中から十字架のペンダントが出てきました。


「殿下これを」


 旅が始まる前、身の安全を祈ってジェットがブルックに贈った木の十字架は、支柱が折れていました。


「ジェットが死んだ」


 そうつぶやくとブルックは寝床に正座し、背嚢から今度は黒い石を取り出し、折れた十字架と並べました。

 

「超大型魔法専用の魔石(ウィッチロック)だ。友を駒として使うぼくをゆるしてくれジェット」


 ブルックは合掌しました。


「反魂魔法

 【魔界転生】」


 ブルックが魔法名を唱えると魔石が輝き、闇の狭い範囲を青く照らしました。

 

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