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第107話 「夢をつかめ」

 エイジ一行が丘のふもとへ向かうと、ねらい通り子どもがいました。

 アランが五人の仲間を率いて、防空壕をのぞき込んでいます。

 そう、イオリの幼なじみのあのアランです。


(カミが生贄に望む王都の子どもだ)


「……みんなさがって」


 エイジたちに気づくとアランは仲間を自分の背後にかくしました。

 

「白い制服を着た狂信者が子どもたちを殺して回ってる噂を聞いたけど、あれあんたたち?」


「……」


 アランの問いかけに答えず、エイジは無言で拳を握りしめました。

 手にした刀の赤い鞘を払おうとして、アランはそれをやめました。


(ほう)


 アランが刀を地面へ置き、腰に差した短剣(ダガー)を抜くのを見てエイジは感心しました。


(使いなれないカタナではなく、扱いなれたダガーを選ぶ。冷静だな)


「囲め」


 エイジの一声でマックスたち五人の仲間は半円形になって子どもたちを囲みました。

 七歳ぐらいに見える子どもたちはいよいよおびえてアランの背中にかくれます。

 

「みんな、防空壕へ逃げるなよ」


 右手に持ったダガーでエイジを牽制しながら、アランが仲間に告げます。


「穴倉に入ったら逃げ場はない。防空壕を空けてるのはこいつらの罠だ」


(頭のいいやつだ)


 こいつに時間を与えてはだめだと判断し、エイジはまったく足音がしないクルシミ流拳法独特の走法でアランに急接近しました。


「む」


 無音の接近にアランは驚きましたが、それでもひるむことなくダガーを振るいました。


(速い!)


 エイジも驚く鋭い一閃が頬をかすめます。


「エイジ!」


 飛び散る血を見てナミが悲鳴をあげます。

 しかしエイジは負傷に構わず、拳を握りしめました。


「転生!」


 その一声と同時に放たれた突きが、アランの胸をとらえます。

 アランの手から、ダガーがこぼれました。


「アラン!」


 エルフのエリの声は、その一声で途絶えました。

 ナミにやはり胸を突かれたからです。

 ナミとまったく同じタイミングでマックスはトビーに、ノーラはヒューゴーに拳を叩き込みました。

 エリ、トビー、ヒューゴーは声をあげず地面に倒れました。


「うわわ」


 その場から逃げ出したイーサンの足もと目がけ、ダミアンはブーメランを投げました。


「イテッ!」


 足もとをすくわれ、イーサンはたちまち引っくり返りました。


「いてて……うわっ」


 立ちあがったイーサンの胸に、アニーが正拳を叩き込みます。

 イーサンも声をあげず、地面に倒れました。

 倒れたとき、イーサンの顔から眼鏡がこぼれ落ちました。





 エイジは倒れた子どもたちの心臓に手を当てて回りました。


「……不滅のティグレが破れて(ルン)が抜け出している。これでいい。みんな転生した」


 エイジがホッとため息をつくと、自分たちと同じ白い制服を着た大人があらわれました。

 スキンヘッドの大男を始めとする四人の信者です。

 子どもたちの死体を見て、四人の大人は顔色を変えました。

 彼らの手に武器があることから、エイジは四人がクルシミに入信したばかりで、まだ拳法を学んでいない下っ端信者と判断しました。


「子どもたちは転生した。遺体を防空壕へ運んでくれ」


「へ、へい」


「行こう」


 ペコペコ頭をさげるスキンヘッドの大男に後事を託し、エイジは現場を離れました。


「エイジ、顔の傷は大丈夫?」


 ナミが心配そうに声をかけます。


「これ? どうってことない」


 てのひらでつるりと一撫ですると、頬の傷はきれいに消えました。


「手術のおかげさ」


「よかった。ねえ、これでわたしたちカルマになれるのね?」


「ああ。おれたちカミの眷属になるんだ」


「やったね!」


 大喜びで飛びあがるダミアンの頬を、ポツリと水滴が打ちます。

 王都の大地に流れた子どもたちの血を洗う雨が降ってきました。









「あなたは、おれの父親なのか?」


 第七官界の薄暗い大地にひざまずき、イオリは巨大なクラゲに尋ねました。


「そうだ。残念ながらナミ、おまえの母親はおまえが自分の娘と気づかなかった。でもわたしは気づいた。おまえの顔が、お母さんの若いころにそっくりだから」


「アランたちを殺したのは……」


「わたしたちだ。その刀はアランという少年が持っていたものだね? 刀の赤い鞘を見て、わたしは自分が犯した罪の大きさを知った。まさか父親であるわたしが、娘の親友を殺すなんて」


「お父さんの仲間はみんなカルマになったの?」


「そうだ。マックスは顔なしの巨人に、ノーラはヒクイドリに、ダミアンはカブトムシ、アニーはトカゲ、そしてナミはピューマのカルマになった。それぞれの個性に合わせたカルマだ。

 でもみんな死んだ。

 生き残っているのはわたしだけだ。もはやわたしに生きる理由はない。イオリ、おまえの手で父を殺してくれ。頼む」


「できない」


「お願いだ。これ以上父に罪を犯させないでくれ」


 そう懇願するエイジは、いつのまにか人間の姿になっていました。


「イオリ」


「……」


 イオリが無言で不知火丸の切っ先を向けると、父がいいました。


「最期に父の願いを聞いてくれ。まだ大陸に百体以上カルマがいる。彼らは元々人間だった。不滅のティグレを破壊しない限り彼らは生き続ける。おまえの刀で彼らに死を与えてやってくれ。頼む」


「わかった」


「イオリ。おまえに会えてよかった。さあ」


 白い上着の前を開き、父は胸を突き出しました。


「ここを刺すんだ」


「無理だ。やっぱりできない」


「それでいい」


 父の声が聞こえるのと同時に、イオリの手もとに軽い振動が伝わりました。

 エイジが自ら刀の切っ先に倒れ込んだのです。

 不知火丸はエイジの胸もとを泥のように楽々と貫き、背中に抜けました。


「これでいい。これは自殺だ。おまえが父殺しの罪を犯したわけではない」


「お父さん」


「わたしを父と呼んでくれてありがとう。父は転生しない。ここで終わりだ。仲間と一緒に、無に帰る。イオリ、自由は苦しい。しかし戦う価値がある。おまえは戦って、夢をつかめ……」


 巨大なクラゲのカルマは白い灰になって散りました。

 雪のように降る灰に混じって、父と母と仲間たちが楽しそうに笑う声が、イオリの耳に聞こえました。


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