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第106話 カミの子たち

「アレクサンダーだ!」


 ある日仕事から帰ったマックスが、血相変えて仲間に告げました。


「あいつが王都にいる。見かけたのは宮殿のそばだがその内下町にもくるぞ」


「ここを出よう」


 エイジは一瞬で決断しました。


「バベル大帝国へ行くんだ。マックス荷物をまとめろ」


「よっしゃ! ノーラ」


「まかせて」


「ダミアンとアニーも旅の準備をしろ」


「わかった!」


「ねえ。イオリも一緒に行くんだよね?」


 アニーに問われ、エイジはハッと自分の妻を見ました。

 ナミは生後やっと一か月で、まだよく目の見えない赤ん坊を抱いています。

 

「ナミ」


「いやよ」


 エイジに見つめられ、ナミは白い布に包んだ赤ん坊をぎゅっと抱きしめました。


「絶対いや」









「やっと戻ったか」


 まだ夜が明ける前の暗い時間、エイジとナミが家に帰ると、そこに待ち構えている人々がいました。

 赤い僧服を着た教祖アレクサンダーと、おつきの信徒たちです。

 アレクサンダーの背後にマックスたちがいます。

 大人の信徒は子どもたちの喉に刃物を突きつけていました。


「やめろ!」


「赤ん坊はどうした?」


「……捨てた」


「ほう」


 長身禿頭の怪僧は、憔悴しきったナミの顔を見てうなずきました。


「本当に捨てたようだな」





 エイジとナミは路地の片隅に籠を置き、その中に白い布にくるんだ赤ん坊を置きました。

 ナミは赤ん坊に何度も何度もキスしました。

 二人は籠から離れると、建物の影に身をひそめました。


(だれかいい人にこの子を拾ってほしい)


 それがエイジとナミの願いです。

 身を切られる思いで見ていると、その人はすぐやってきました。

 背は低いけれど筋骨たくましい女性が、籠をのぞき込んでいます。

 やってきたのは赤い髪のドワーフです。

 ドワーフの女はエイジが籠に入れた紙を取りあげました。


「この子の名前はイオリ……」


 エイジは紙に赤ん坊の名前だけ書き、自分とナミのことは書きませんでした。

 両親がカルト教団の信徒と知られたら子どもが差別されると思ったからです。

 ドワーフの女は紙を籠へもどし、赤ん坊を抱きあげました。

 片手で軽々抱えると、赤ん坊がケラケラ楽しそうに笑います。

 その笑い声を聞いて、ナミはポロポロ涙をこぼしました。

 ドワーフの女房は片手に赤ん坊、もう片方の手に籠を抱え立ちあがりました。


「おや、金貨がある」


 女房は籠を覗き込みました。

 空になったと思った籠の中に、金貨が十枚入っています。

 それはエイジたち六人が半年働いて得た全財産です。


「これは赤ちゃんのミルク代に使わせてもらおうね」


 立ち去るドワーフの女房の背中に向かって、エイジとナミは手を組み、祈りをささげました。


「赤ちゃん、わたしの赤ちゃん」


「どうか、どうか赤ちゃんをよろしくお願いします」


 そうつぶやくエイジの目から、涙がこぼれました。





「ドワーフが引き取ったのか」


 アレクサンダーは大きな水晶玉から顔をあげると、自分の禿頭をつるりと撫でました。


「なぜわが子を捨てた?」


 教祖の質問にエイジが答えます。


「娘はカルト教団と無縁に生きてほしかった」


「自由に生きてほしかったのか?」


「そうだ」


「愚かな。自由は苦痛の代名詞だ。自由に生きたところで安心も安息も得られないぞ」


「『自由は苦しい。しかし戦う価値がある』女神がそういっている。苦しくても価値があるなら娘にも戦わせたい」


「女神の聖典を読んだのか?」


 女神の言行を記した聖典はクルシミの筆頭禁書です。


「こっちにきてから読んだ。もっと早く読むべきだった」


「ふむ」


「師父、いかがなさいます?」


「赤ん坊は放っておけ。ドワーフとことを構えるのはまずい。さあ

 崇拝へ帰るぞ」


 総本山の町に帰ったエイジたちはすぐ「手術」を受けることになりました。


「あいつらはまだ子どもです。手術は早すぎる!」


 リュウは強硬に反対しましたが受け入れられず、六人はよく晴れた日の午後、中央広場で鉄の椅子に座らされました。

 セーメンが口から侵入し、六人はたちまち失神しました。

 意識を失った六人の目をそれぞれのぞき込み、医療服を着たチビが誇らしげに宣告します。


「適合しました!」


 見守っていた信徒たちが歓声をあげ、アレクサンダーも満足そうにうなずきます。

 ずっと心配そうな顔をしていたリュウも「適合」の声を聞いてホッとした表情になりました。

 こうしてエイジたちは迷いや葛藤のない、もっとも純粋なクルシミの信者になったのです。





 手術から七年後。

 エイジたちは再び王都にいました。

 エイジとナミ、マックスとノーラは二十一歳に、ダミアンとアニーは十三歳になりました。


「さあ、われわれの本領を発揮するときがきた」


 曇天のもとアレクサンダーは大きく両手を広げ、広場に集まり自分を見つめる信徒に告げました。


「目に触れるすべての子どもをアガルタに転生させよ。迷える子羊を救うのだ!」


「はい!」


「エイジ」


 教祖はエイジを呼び寄せると肩を抱きました。


「おまえたち六人は初陣だ。それぞれ子どもを一人転生させたらここへ戻ってこい。いいな?」


「しかし」


「エイジ。わたしはおまえに期待している。無理はするな。わかったね?」


「はい」


 エイジが渋々うなずくと、教祖は親し気に彼の背中を叩きました。


「期待してるぞ、わが子よ」


 それからクルシミの信徒は大地震で瓦礫の山と化した町に繰り出しました。

 カミの命令により、王都に住むすべての子どもをアガルタに転生させるのです。

 ほとんどの信徒は武器を持っていますが、中には手ぶらの者もいます。

 彼らは拳法をマスターしたクルシミのエリートです。

 エイジは五人の仲間を引き連れ、荒廃した町に飛び出しました。

 エイジも仲間も、その手になにも持っていません。


「エイジ、どこに行く?」


「ここだ」


 エイジは手にした地図をマックスに見せました。


「この近くに丘があってふもとに防空壕がある。避難してる子どもがいるはずだ」


「あいかわらず賢いな。よし!」


 マックスは勇んで拳をてのひらに叩きつけました。

 曇天に乾いた音が響きます。

 それが彼らの初陣の号砲でした。


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