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第100話 風に吹かれて

 四十頭の馬が、街道脇の草地でのんびり寛いでいます。


「終わりましたね」


 疲れた様子もなく、マリアは悠然と周囲を見渡しました。

 女剣士の青い瞳に、血の池に浸った騎士の生首や手足が映ります。

 まさに屍山血河です。

 マリアは剣を濡らす血の滴を切り、鞘に納めました。


「では参りましょう。アレクサンダー殿、先導をお願いします」


「わ、わかった」


 禿頭の怪僧はマリアの剣技に圧倒されたのか、その声はかすれていました。


「では、出発!」


 教祖の号令で一行が動き出します。

 マリアは返り血で全身血まみれの姿のまま、馬車に乗り込みました。

 たちまち狭い車内に血の匂いが充満し、対面に座るアンナは震えが止まらなくなりました。


「ひ、ひええ」


「お待たせしました。まもなく宿場町に着きます」


 マリアが笑顔で首をかしげると、頬から落ちた血の滴がポトリと床を叩きます。


「マリア殿、あなたはなぜドストエフスキー先生に剣を学ぼうと思った?」


「……」


 ふいにブルックに質問され、マリアは遠くを見るように目を細めました。


「王族のかたに失礼な返答をおゆるしください。

 すべての国家を滅ぼす力が欲しかったからです」


「なぜ国家を滅ぼす?」


「もうしわけありません。それは秘密です」





「殿下、ごらんください」


 馬車が止まるとマリアは車窓を開きました。

 血の匂いが風にさらわれ、今度は車内に潮の香りが流れ込んできます。


「おお」


 ブルックは思わず歓声をあげました。

 馬車は丘の上に停まっていました。

 眼下に海が広がっています。

 青い瞳をさらに青く染める海を見て、ブルックは自分の血に濡れた胸が乾く思いがしました。

 ずっと山道を歩いてすっかり狭くなった視野も一気に広がります。


「あちらを」


 マリアは港を指さしました。

 大きな船が何艘も停泊しています。


「あすの儀式に参加するため、各国の王族が船できているのです。商船はすべて港の外で待機しています」


 ブルックはマリアが手渡す双眼鏡で港を見ました。


「あれは……わが国の同盟国シップランドの王だ。タイタンの王族もいる。ロージャ共和国の使節も……兄上」


 各国王族と握手する長兄メルヴィンと次兄キャロルを見たブルックの顔に、笑みが浮かびます。

 アンナはブルックの笑顔をいぶかしみました。


(なぜそんな親し気に笑うのですケロ? 王子さまのお兄さんは二人とも何度も王子さまを殺そうとしたのに)


「お、太陽王だ。妃もいる」


 港の緊張が一気に高まります。

 いつものように厳めしい黒い軍服を着たバベル大帝国の太陽王ことフリッツ・バルトと、その妃アグネスが港に降り立ちました。

 カミとゼップランド王族との神聖な約束を無視して、王子を奪おうと二度に渡って軍隊を送り込んだことなど忘れた顔で、太陽王は悠然と港を闊歩しました。

 大陸最強の権力者のオーラに気圧されるのか。メルヴィンもキャロルも青ざめています。


「……」


 アグネス妃は今日も派手な赤いドレスを着ています。

 自分と肉体関係がある熟女の姿を見ても、マリアの顔色はいささかも変わりません。

 そして太陽王を出迎えるのは


「父上」


 次兄キャロルに付き添われ、ゼップランド国王アダム・ローズが太陽王を出迎えました。

 二人の国王は長々と立ち話をしました。


「王さまお元気そうでよかったですケロ」


「今父と太陽王がなにを話してるかわかる?」


「わかりませんケロ」


「お互いが敵同士で戦った、若いころの戦の話をしてるんだ。あの二人、会ったらいつもそんな話ばかりする」


 ブルックはずっと双眼鏡をのぞき込んでいます。

 泣いているのを気づかれたくなかったのです。





 宿場町【祭儀】でブルックは馬車を降りました。

 町は警備の兵士でごった返しています。

 ブルックは大きな宿の離れに案内されました。


「ブルック殿下と各国王族をお守りする兵士たちです。殿下はお気になさらず、あすにそなえてお休みください。わたしは見回りにまいります」


 そう語る女剣士の体から、甘い石鹸の匂いが立ち昇ります。

 風呂場で全身の血を洗い落とし、服も着替えてふだんの美しさをとり戻したマリアは挨拶をすませると、弟子とともに宿を去りました。


「では殿下、ごゆるりと」


 アレクサンダーも去り、ブルックはアンナと二人離れに残されました。


「王子さま、ここに温泉があるそうですケロ。入りましょうケロ」


「うん。入ろう」


 広い野天の浴場はガランとしていました。

 クルシミの信者がほかの客が入らないよう、入口に立っているのです。


「ほかの人に悪いね」


「ちっとも悪くないです。お背中流しましょうケロ」


 腕もお腹も太ももも、よじった太い縄のように筋肉が隆起しているアンナは、華奢なブルックを傷つけないよう、背中にそーっとタオルをあてがいました。


「王子さまのお肌、本当にきれいですケロ。うっとりしますケロ」


「ありがとう。火の山が見える」


 アンナはハッと顔をあげ、彼方を見ました。

 夕日を背負って影になった黒い山が、黒いけむりを吐いています。


「あした、あの山のふもとで儀式が行われるんだね」


「王子さま、どうぞご安心を。アンナは地獄の底まで王子さまについてまいりますケロ。決して王子さまを一人にさせませんケロ!」


「ありがとうアンナ」


 涙ぐむ巨女の手を撫で、なぐさめながらブルックは火の山を見ました。


(イオリ、今きみはどこにいるんだ? はやくここへきてくれ。今こそきみの力が必要なんだ……)





 山岳地帯にある崇拝の町は、そのころすでに日が暮れていました。

 青い闇に沈んだ町に、獣の低いうなり声が響きます。


「ウウウ」


 野犬の群れは、青い闇の底にぽつんとたたずむ小さな影を、遠巻きに囲んでいました。

 マリアに斬り落とされた、クロの生首を囲んでいるのです。


「ウウ」


 野犬は生首にじりじり接近しました。

 影が動く気配はありません。


(食う)


 リーダー格の野犬がそう決断したときです。

 突然数頭の犬が甲高い悲鳴をあげました。

 突風に顔面を叩かれたのです。


「ウフフ」


 風は人間のように笑っています。

 野犬の群れは大慌てでその場から逃げ出しました。


「クロ。わたしの友だち」


 森でカルマに殺され、風になった妖精シビルは生首の頭をそっと撫でました。


「クロは水滴になったわたしを舐めた。つまりクロの体内にわたしのルンがある」


 風は生首のまわりで渦を巻きました。


「今から傷ついたあなたのティグレに、わたしのルンを注ぎます。あなたの中にあるわたしのルンが反応すればきっと……」


 生首の真っ白な髪が風になびきます。

 シビルは再びクロの頭をやさしく撫でました。


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