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第10話 護衛選抜試験

 ストリップ小屋の二階にあるハリーの事務所でイオリは報酬を受け取りました。


「百万ベルだ。確認してくれ」


 金貨と銀貨が混じったずしっと重い巾着袋を受け取り、イオリは中身を見ないでうなずきました。


「金はどうする? またタナカ商会に預けるのか?」


「そうする。大陸中に支店があるからな。これがおれのアイデンティティ・ロック」


 イオリは丸くて小さい黒石をかざしました。

 この石には魔法がかけられていて、各支店の上級魔法使いが本人と石を照会して貯金を引き出したり残高を確認したりすることができるのです。


「タナカ商会なら安心だ。ところでイオリ、おまえさんの国ですごい儲け話があるらしいぞ」


「なんだよ?」


「わし帰りに一杯やりたいんじゃがのお」


「ちぇ、しっかりしてるな」


 イオリは文句をいいながら銀貨を三枚机に放りました。

 情報はただではないことをイオリはよく知っています。


「へへ毎度。これは王室の仕事だ」


 ハリーの表情が急に厳しくなりました。


「この夏第三王子のブルックが王都から西の果てにある火の山に向かう。たぶんなんかの修行の旅で、おまえさんの仕事はその護衛だ。期間は一か月。凄いギャラがでるそうだぞ」


「いくら?」


「二十億ベル」


「まさか」


 と苦笑いしたとき、イオリの脳裏に突然閃きました。

 目を開いたまま地面に横たわる、アランやエリの無惨な姿が。


(なぜ今『あれ』を思い出すんだ?)


 震えながらイオリは直感しました。


(この仕事が【カミ】に関わるものだからだ)


「そこでだ、護衛の選抜テストがある」


 ハリーの一言でイオリは我にかえりました。


「テスト?」


「ああ、護衛に選ばれるのは一人だけだがなんせ王子さまの護衛だからな。創世神話で女神さまの用心棒を務めた英雄オデッセイばりの腕利きを選ばにゃならん。きっと高額なギャラに誘われて大陸中の剣士や冒険者や傭兵や殺し屋が集まるぞ。テスト開始は七月二十五日朝九時。場所はゼップランドの王都ローズシティのコロッセオ円形闘技場だ。前日までに参加手続きを済ませろ」


「一か月後だな」


 よし! と意を決してイオリは椅子から立ちあがりました。


「情報ありがとなハリー。二十億ベル手に入れたらなんかおごってやるよ」


「へへ、期待してるぜドラゴン殺し。イオリ」


「うん?」


「まだおれが紹介した呪術師の爺さんに会ってるのか?」


「会ってるよ。おかげでいい調子だ」


 イオリは定期的に呪術師のメンタルケアを受けています。


「そうかい。じゃあもう悪夢は見ないんだな?」


「ああ見ない」


 イオリはウソをつきました。





 世界が薄赤い色に染まっています。

 イオリは一人裸で暗く温かな部屋にうずくまっていました。

 部屋は被膜に覆われていて、その被膜の向こうで数人の人物が会話しています。

 その内の一人が、ふいに被膜に耳をくっつけいいました。


「イオリ、早く会いたいな」





 宿の一室でイオリは目覚めました。

 カーテンのすき間から朝の日差しが差し込みます。

 イオリは薄い毛布にくるまったままつぶやきました。


「……また悪夢だ」


 子どものころから繰り返し何度も見た夢です。

 気味が悪くて呪術師に相談したのですが、爺さんにも夢の意味はわかりません。

 さらにイオリはもう一つ、呪術師に相談していない悩みがありました。


「おれは絶対冒険者になる」


「ぼくはお父さんのあとを継いで床屋になる」


「ぼくは薬の行商人がいいな」


「物語師」


「わたしはイオリのお嫁さん」


(防空壕でアラン、トビー、ヒューゴー、イーサン、エリが語った夢だ。おれはあいつらの夢を絶対忘れない。夢はそいつの生きた証しみたいなものだから。でもおれは? あの日防空壕で口には出さなかったが、みんなと同じようにおれも夢を抱いた。それどんな夢だっけ? むかし不知火丸に『お前の夢はなんだ?』と聞かれて『カミを殺す』と答えた。でも正直カミ殺しはおれの人生の目的だけど夢じゃない。殺しが夢じゃあんまりだ。じゃあ)


「おれの夢って、いったいなんだ?」





 七月二十五日朝九時。

 ローズシティにある円形闘技場のグラウンドにイオリはいました。

 王子の護衛を希望し大陸全土から集まった男はぜんぶで二千人です。

 女性は一人もいません。

 ゼッケンをつけた男たちはとくに指示されることもなくグランドにたむろしていました。

 イオリのゼッケンは666です。


「縁起のいい番号ではありませんな」


 気の毒そうな係員の言葉にイオリは苦笑いしました。

 古代文明で666が悪魔の番号とされているからです。

 すり鉢状のスタンド席には上流階級の観客が五万人つめかけ、朝から酒を飲んでいました。

 正面スタンドの貴賓席はまだ空白で、そこに王族が座るはずです。

 グラウンドに集まった護衛希望者はそんなスタンドの様子に目もくれず、噂話に余念がありません。


「革甲冑は着てもいいけど金属製の兜や甲冑はだめって話だったな」


「ああ。真夏の任務だ。金属製の甲冑なんて着てられねえよ」


「みんな鎖帷子の上に革甲冑着てる。小手や脛当て着けてるのも多い。それに加えて革のグローブで手を覆ってるのは冒険者や傭兵や騎士あがりにちげえねえ。素手のやつらは……」


「なんだよ?」


「剣士か殺し屋さ。あいつら指先の感覚を大事にするから剣は必ず素手で握る」


「おい、ありゃ北のタイタン公国のバックマンじゃねえか?」


 一人の男が黒眼鏡をかけてスーツを着た長身の紳士を指さします。


「パックマン? スーツ姿で馬上の甲冑騎士を斬り殺したって評判の?」


「ああ。大陸の北でやつにかなう剣士はいない」


「あいつは冒険者のヤンセンだ」


 今度指さされたのは茶色い革甲冑を着た、固太りな金髪の若者です。


「ヤンセン? 野郎シップランドの海で怪魚釣りしてるって聞いたぜ?」


「目立ちたがり屋だからな。こっちのほうが派手でおもしろうそうだから飛びついたのさ」


「あいつ冒険者だろ? 剣は強いのか?」


「強い。背負った棒で相手の頭を一撃で砕く。突く殴る払う。棒は剣や槍より多様な武器だぜ。ヤンセンの野郎はその達人さ」


「おい、あれはロージャ共和国のアク―ニンじゃねえか?」


 男が指さしたのは夏なのにマントを羽織った痩せた中年男です。


「ほんとだ! 東方の有名な剣士だ」


「王党派の残党を斬りまくったらしいな」


「アク―ニンの武器は?」


「仕込み杖」


 男はアク―ニンが優雅に突いているステッキを指さしました。


「あの中身が細身の剣だ」


「おっかねえ」


「そういや同じロージャ共和国から正体不明の殺し屋コンスタンチンもきてるらしいぞ」


「やつが!」


 男たちの顔色が一斉に変わります。


「やべえなそれ」


「コンスタンチンは暗器使いだ。使う武器は不明で顔も不明」


「おいあいつ」


 一人の男が新たに指さしたのはイオリです。

 イオリを見て男たちは鼻で笑いました。


「ガキじゃねえか」


「素手で腰にカタナぶらさげてやがる。剣士だな。あいつがどうした?」


「やつが着ている黒皮のツナギを見ろ」


「ん? 艶のあるきれいな皮だな。ありゃワニの皮か?」


「ちがう。ありゃドラゴンの皮だ」


「なんだと!?」


 男たちは戦慄しました。


「あいつドラゴン殺し!」


「北の達人にシップランドの冒険者、東の反革命剣士に暗器使いの謎の殺し屋、それに無名のドラゴンハンター。こりゃ選抜テストじゃねえ、化け物のサーカスだ。おお女神さまどうかお力を」


 イオリを指さした男は泣きそうな顔で天をあおぎ、祈りを捧げました。


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