♨31 中堅社員老湯♨ ~社員旅行 day4~
この物語は、
空っ風吹き溢れる
鶴舞う形の上州からやって来た、
老湯♨が2012年6月ESR天津
(中国にある人材紹介会社)
に入社してから、
どのように歩んできたのか、
振り返っていきます。
順分満帆というよりは、波乱万丈。
事実に基づいて書いておりますが、
記憶が曖昧なところもあり、
妄想が膨らんでいるかも。。。。
ご了承くださいませ(^_^;)
前回から、北京十度での社員旅行のお話で、
一緒の部屋になった
ESR大連責任者。
今回はESR大連責任者について、
2014年9月に企業様向けメルマガで、
書いたので、ここでちょっと修正して掲載します。
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「大連責任者のお話し」
大連責任者の経歴を簡単に紹介すると、
○○出身で、大学卒業後IT会社で働き、
その後大手電機メーカで働き、
業績トップとなる。
独立し、自分で会社を起こしたり、
企業へ勤めてみたり、
飲食、
エステ、
探偵(?)などなど
さまざまな業界にたずさわり、
いろいろしていているうちに中国に流れ着き、
2014年4月、何かのご縁?で
ESRファミリの仲間入りを果たす。
約半年後に大連拠点の責任者に着任し現在に至る。
ESRに入社して、
たった約半年で責任者??
と思われる方もいるかもしれないが、
彼は営業として入社して、
企業様から初めていただいたポジションで、
成約を達成。
いろいろな業界を経験してきたからか?
アポ取り電話は非常に丁寧で、
ほぼ100発100中でアポ取り成功。
48歳とは思えないフットワークの軽さで、
次々と企業訪問(1日10社以上も!!)していく姿は、
周囲を納得させるのに十分すぎた。
満場一致で大連責任者になった。
老湯♨が初めてお会いしたのは、
熱湯甲子園まじかの2014年7月。
48歳!、離婚2回?!、子ども7人??!!、
という
インパクトある情報を引き下げ、
天津にやってきた彼は、
ワイシャツも汗で透けるほど新陳代謝の良い、
本当に48歳か?疑わしく、
来た瞬間に周囲気温が2,3度上昇するほどの
「アツい」男でした。
人生を守るのではなく、
攻めていて、常日頃
「時間が足りない」と漏らし、
一日を生ききる!という彼の目には、
老湯♨にとって
目を背けたくなるぐらい
眩しい何かの光を発していたのであった。
2014年9月5日、
リーダー会議が北京ESRで開催され、
その際に、彼の「大連進出!!スピーチ」が
北京で盛大に行われた。
波瀾万丈の人生を歩んできた彼の話には、
その分の深みがあった。
ここではその話しの一部分を紹介する。
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大連責任者には人生に影響を与えた人物が何人かいる。
今回のスピーチはそのうちの1人のお話し。
学歴は高くないが、わずか26歳のときに、
コンタクトレンズをアジア市場に導入?
マーケット戦略の天才、週刊誌等にも載られたとか。。。
かなりの偉大な方で、
大連責任者は約1年、その方の「かばん持ち」をやっていた。
(あんた何者だよ~~笑)
スピーチ内容は主にかばん持ち時代に、
その方から聞いた、話で進んでいった。
全部書いたら、長文になってしまうので、
Lao tang'SEYEで印象に残ったことを
3つに凝縮してお伝えする。
と、ここでお時間がてしまいました。
社員旅行からだいぶ話がそれましたが、(´Д`
次回のLao tang'SEYE
【老湯♨の目】
お楽しみに♫
人口1500万(2018)の
狗不理包子が名物の天津を舞台として、
老湯♨は今後どうなってしまうのか?!
You never actually own your story.
You merely look after it for the next generation
「物語を語り継いでいきましょう~」




