老湯の里帰り
この物語は、
空っ風吹き溢れる
鶴舞う形の上州からやって来た、
老湯♨が2012年6月ESR天津
(中国にある人材紹介会社)
に入社してから、
どのように歩んできたのか、
振り返っていきます。
順分満帆というよりは、波乱万丈。
事実に基づいて書いておりますが、
記憶が曖昧なところもあり、
妄想が膨らんでいるかも。。。。
ご了承くださいませ(^_^;)
2020年1月22日、
普段の春節の1週間前は、
比較的、仕事もそれほど、忙しくないのだが、
2020年の春節の前は、普段と変わらず、
(否、むしろ、普段以上?)
老湯♨は仕事に追われていた。
それでもなんとか、19時に仕事を片付け、
小白楼のESR天津事務所のある
国際貿易中心から
そそくさと天津濱海国際空港へ向かった。
数年ぶりに日本へ帰るとあって、
ワクワク♪していたのだが、
新型コロナウイルスによる肺炎などの影響もあり、
マスクを2重にして、
不安な気持ちがあるのも否めなかった。
空港に到着してまず驚いたのは、
LAWSONがあること。
しかも2つ。
天津では日系コンビニというと、
711様のイメージが強いが、
LAWSON様も現在どんどん増えていて、
今後の巻き返しに期待がかかる、ところか。
またミニカラオケBOXもあり、少し来ない間に、だいぶ変わるもんだな~と思った。
特に列に並ぶこともなく、
スムーズにチックインを済ませ、
飛行機へ搭乗。
その時は、マスク着用は必須ではなかったが、
周りをみると、みんなマスクを着用していた。
旅客の大半は中国の方で、飛行機ほぼ満席だった。
21時35分の出発ということもあり、
さらには、疲れていたのか、
飛行機が飛び立つと同時にすぐに、
ウトウトしはじめ、気がつくと、
飛行機は羽田空港上空、着陸準備に入っていた。
日本時間1時30分、
老湯♨3年10か月ぶり日本の本州の地に足をつけた。
老湯♨の聞き間違えか、到着した後、
羽田の天気や気温をお知らせするアナウンスで、
最高気温17度?と聞こえた。
そんな熱いの?と思ったが、
確かに、飛行機から降りると、
アツくて、たまらず、ダウンジャケットを脱いだ。
スーツケースを受け取り、税関のところからでると
まだまだ先のこと、と思っていた東京オリンピック
の看板が。。。。
もうすぐそこまで来たんだな、
と、改めて実感した瞬間だった。
羽田空港から老湯♨の実家群馬へ行く、
リムジンバスは朝10時からが始発。
ちょっと考え、午後に予定があり、
早く着きたかったので、電車でいくことにする。
ただ、朝5時18分始発の電車まで
2,3時間があったので、
ちょっと羽田空港内を探索。
以前はなかった?シャワールーム室があったり、
上の階に、食事処があったが、残念ながら夜中ということで、どこも閉まっていたが、何か江戸時代にタイムスリップしたような感覚に陥った。
一通り探索が終わり、やることもないので、
鮭とシーチキンマヨネーズのおにぎり二つと
スプライトを購入し、
椅子に座り、パリパリした海苔のおにぎりを食べ、
甘すぎないスプライトを飲みながら、
職業病か、人材はどこかにいなか?
と人間観察をいつのまにかはじめていた。
向かい側には、ハングル文字が本の表紙にある本を持っている男性(韓国人?)がいて、
熱心に本を熟読したいた。となりに座っていたのは、
顔の堀が深く、スペイン語?を話す、
南米系の女性が2名いた。話しかけようか迷ったが、
時間も時間だったので、踏みとどまった。
オリンピックを前に控え、
どんどん外国の方が増えているのかなと感じた。
いろいろと観察していると、
いつのまにか、始発の時間に。
日本に到着後、最初に目に入った芸能人は以外にも中国のスター、チャン・ツィイー(章子怡)でした。
あらかじめ調べておいた乗換案内を頼りに、
電車を乗り継ぎ、約2時間30分かけて、
新前橋駅に到着。
駅に到着するとあいにくの雨だったが、特に傘をさすこともなく、スーツケースを押しながら、歩いて、実家の【春華】を目指した。
歩いている途中、お肉屋さんが目についた。
このお店の旦那は老湯♨の遠い親戚で、
数十年続いたお店だったが、
ついに、店を閉めることにしたらしい。
このお店から歩くこと5分
ついに老湯♨は三年振り里帰りしたのであった。
次回は『老湯♨の里帰り2』の予定。
乞うご期待!
【仕事とあんまり関係ありませんが(;^_^A】
人口1500万(2018)の
狗不理包子が名物の天津を舞台として、
老湯♨は今後どうなってしまうのか?!
You never actually own your story.
You merely look after it for the next generation
「物語を語り継いでいきましょう~」




