第92話 明日は明日の風が吹く
「それでは! あたしたちの勝利を祝して! カンパーイ!」
「なんでお前が音頭取ってんだよ」
言いつつも、俺は真空パックに入ったジュースを掲げる。
マリンたちを保護した夜、【サンセリテス】の食堂にて、俺たちは艦内にあった保存食を囲んで打ち上げを行っていた。
「ふふん、いいじゃない。今回はあたしのおかげで勝ったんだから! あたしのおかげで!」
リースは得意げにポーズを取って強調してくる。
それを言うなら全員で勝ち取った勝利だろうに、とは思うが、またギャンギャンと騒がれるのも面倒で俺は仕方なくジュースを吸って黙った。
現状、事態はいったんは沈静化している。
神樹の力のおかげで連邦の追跡からは逃れられ、今は連邦と王国の国境線近くの空域で高度取って隠れていた。
「つっても問題は山積みなんだよな」
今日の戦闘で神樹がもう一つあることが連邦に露呈し、さらにはその守護騎士と巫女が異邦人の俺とマリンであることも知られた。
しかも、そのもう一つの神樹は空飛ぶ船で移動するのだからたまったものじゃないだろう。
それは言ってしまえば連邦という国の土台をひっくり返すような話で、あちらさんも頭を抱えているに違いない。
こういう時に必要なのは大義名分――俺の行動理由がなんであろうと、王国、帝国両方の騎士として正義を貫きましたという理由が必要だ。
まぁ、そういうのは王国の女王陛下サマに任せればいい。今頃、報告を聞いて玉座から転げ落ちていることを切に願っている。
次に気がかりなのは連邦に残してきたエドガーたちだ。
本人たちは知らないところで大事件が起きていることに仰天しているだろうが、下手に人質とかにされてなければいいと思う。
そして、俺たちを襲ったジェスティーヌもまた、どんな事情があったのかを聞けていない。
俺たちは【サンセリテス】の起動とマリンの救出で手一杯だったので、結局放置していた問題だ。これも判断に困る。
「まぁまぁ、良いではないですか。今だけは落ち着いた時間を過ごすのも悪くはないですわ」
「セレスにそう言われるとなんか違和感あるな」
「うふふ、今日はもう存分に楽しめましたので」
だろうなぁ! カトンボみたいに落ちてったもんな!
今日だけで連邦が失った戦力はかなりのものだろう。たった一声で広範囲の敵の動力を奪うなんざ、ちょっとした戦略兵器だ。
そんなシロモノの実質的管理者になってしまったので、俺は迂闊な行動はできないと改めて認識する。
「ま、マリンの兄上殿。改めて助けてくれたこと、感謝したい」
「……ああ」
シーヴェルトがこちらを伺うように話しかけてきて、俺は少し間をおいて返事をした。
それを見て、マリンが目を細めてくる。
「なんでちょっと不機嫌そうなのお兄。大人げないよ?」
「コイツのアニキ呼ばわりだけちょっと意味が違う気がしてな……!」
「だ、だからそういった意味ではないと……」
「え、違うの? ヴェル」
「……違くない!」
「はぁ~……」
なんというか、目の前で妹カップルにイチャつかれるとこそばゆい。そして、それを認めたくないシスコンの自分と、認めてやれという大人の自分が脳内で殴り合っている。
そんなわけで俺はクソデカいため息をつきざるを得ない。
「な~に辛気臭いため息ついてんのよ!」
「そうだぞ。グレン。ここは祝いの席だ! もっと楽しもうではないか!」
そう言って俺の近くに座ったのはリースとフェルディナンのバカップルだ。
どうやら【サンセリテス】を自分たちで動かせたというのがよっぽど嬉しいらしい。
「お前らもお似合いで結構なことだな! 俺は明日からのことを考えると頭がパンクしそうなんだよ!」
「知らないの? 明日は明日の風が吹くのよ?」
「そうだ。風に任せてどこへでも行こうではないか!」
「ダメだ、こいつらぁ……。頭の中がお花畑だぁ……!」
兎にも角にも、今ここにいるメンバーだけで明日からの行動を決めるのは不可能だ。
ここは正直にお偉いさんの指示を仰ぐしかない。
というか、もうリリーナに丸投げしてやろうかな。
それでも最後には不敵に笑いそうな女王陛下の顔を思い浮かべて、俺は少し項垂れながらジュースを啜る。
けれど、まぁ……ここにいるメンツが笑い合っているだけマシな結果なのかもしれない。
そう思い直して俺は顔を上げた。
これから来るだろう困難に無理やり頬を釣り上げながら。
◇ ◇ ◇
「ワケわかんねぇよ……」
エドガーは日も落ちて人通りが少なくなった街を一人で歩く。
グレンたちが突然、【ペルラネラ】で出て行ったかと思えば、領事館の人間に慌ただしく保護され、王国と連邦が戦争になる可能性があると言われた。
領事館からは出歩いてはいけないとは釘を刺されたが、どうしても外の空気が吸いたくてこっそりと抜け出して今に至る。
なぜグレンたちが去ってしまったのか。マリンは無事なのか。ジェスティーヌもどこにいったのか。
エドガーはなんの説明もされないまま、おとなしくしていられる性格ではない。
せめて、マリンの無事だけでも知れたらと思うが、エドガーはこの国では――いや、連邦でなくとも何もできないだろう。
「クソっ!」
エドガーは自分の無力さに嫌気が差して、道の小石を蹴った。
「きゃっ……!」
すると、暗闇の奥で悲鳴が上がる。
エドガーははっとして、その声の元へと焦って駆け寄った。
そこでは、和服の女性が頭を押さえて蹲っている。
「痛い……」
「わ、悪ぃ! 人がいるなんて思わなくて……! 血! 血が出てるじゃねぇか! すまねぇ!」
エドガーは慌てて、制服をまさぐるが、そもそも普段からハンカチなどを持ち歩く性ではなかった。
そうこうしている内に、女性は自分の胸元からハンカチを取り出して、頭の傷口を押さえる。
――なにやってんだ、俺ぁ……。
無力どころか、名も知らぬ少女に怪我をさせてしまった。
エドガーは自分の愚かさに打ちひしがれながらも、膝をついて少女の手を取る。
「本当にすまねぇ……。怪我の手当だけはさせてくれ。こんな夜中に一人で歩くのも危ねぇだろうし……」
と言いつつも、怪我をさせている時点で女性にとっては自分の方が危険人物だと気づいた。
それどころか、エドガーは女性を誘拐しようとしている不審人物になりかけている。
どうしようもない状態にエドガーが絶句していると、女性は顔を上げた。
「お優しいのですね」
女性の表情は痛みを感じつつも、どこか友好的な雰囲気で、エドガーは呆気にとられる。
「俺には、なんもできねぇから……」
「それでも……わたくしの元へ駆け寄ってくれた。それだけで、あなたはこの国の男とは違いますわ」
微笑を浮かべる女性は皮肉を言いながら、エドガーの手を取った。
そうして立ち上がった彼女は、ハンカチを傷口から離す。
そこには、すでに傷はなく、跡も残っていない。
「あ、アンタは……」
「わたくしはフランカ・タラノヴァ。あなたのお名前は?」
エドガーはそう聞かれても、すぐに答えることができなかった。
街で見かける連邦の女性とは違う、奇妙な雰囲気を感じる。
「え、エドガー。エドガー・レイ・バルリエだ……」
その余裕のある表情に魅入られながら、エドガーは女性の手を暖かい手を握ったまま、ぽつりと名乗るのだった。
以上で第3章は完結となります。
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