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【電子書籍化!】 ドールズナイツ エクスレイド ~底辺エンジニア、隠しボスご令嬢にロックオンされる~  作者: 阿澄飛鳥
第3章

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第91話 愛かぁ……!

 シーヴェルトは降り立った目の前に立つ一本の木を見て、息をのむ。

 【ペルラネラ】の中で、グレンから粗方の事情は聞いた。


 この連邦に、もう一つの神樹があること。その守護騎士にグレンが選ばれ、巫女にはマリンが選ばれたこと。そして、そのもう一つの神樹は大昔の一つの船に寄生しているということ。

 

 それらは耳を疑うような話ではあった。

 だが、実際にグレンの手の甲に浮かぶ守護騎士の紋章と、この宙に浮かぶ巨大な遺跡に一本の木が突き立っていることが、シーヴェルトに事実であると認識させている。


【ペルラネラ】は早々に踵を返し、飛び立って連邦の騎士たちと戦闘を始めた。


 砲声と飛翔音が轟く中、シーヴェルトは紋章のあった手の甲をさすって、思案する。


 今、ここで自分が何をすべきなのか。

 大事なことは何なのか。何を優先すべきなのか。自分は何者でありたいのか。


 同胞に追われ、守護騎士としての力も失った。しかし、不思議とそこに後悔の念はない。なぜなら、今も隣に立つマリンを、グレンの保護下へと送り届けることができたからだ。


 それで自分は満足なのだろうか。このままこの戦いを眺めているだけで良いのだろうか。この先で自分は何を成したいのだろうか。


 そう考えたとき、シーヴェルトは自分の抱く感情に対し、正直であるべきだと思い至る。

 だからこそ、自分は言わねばならない。伝えなければならない。


 シーヴェルトは深く息を吐くと、マリンへと向き直った。

 

「マリン」

「ヴェル……?」


 マリンは覚悟を決めた自分の顔を見て、不思議そうに小首を傾げる。

 その仕草に思わず頬を綻ばせたくなるものの、シーヴェルトは努めて声を低くした。

 

「連邦と友好国である王国の騎士が、俺たちのために同志と戦っている……。そんな状況で、こんな場で、言うべきことではないと自分でもわかっている」


 これは自分の我儘だ。家も、国も、世界も関係ない。極めて自己本位な話だ。だとしても――。

 

「だが、もしかすれば今しか伝える機はないかもしれない。だから言わせてくれ」

「な、なに……?」

「お、俺は……。俺はっ!」

 

 マリンはおずおずとこちらの顔を覗き込んでくる。

 そんな顔に見つめられながら、シーヴェルトは顔が火照るのをわかっていながらも、口を開いた。


「君の手が好きだ!」


 静寂が場を支配する。

 マリンはゆっくりとその小さな手を持ち上げて、首を捻って声を大きくした。

 

「え? 手!? そ、そんな良い形してるかな!? 私の手……」

「ち、違う! 形とかそういう話ではないんだ! パンケーキを作る手、歌っているときに祈る手、握った手の暖かさが……! お、俺は何を言っているんだ……?」


 眩暈のようなものを覚えて、思わず自問自答する。

 最初の一言を大きく間違えた気がするが、シーヴェルトは止まれない。


「いいや、もういい! 全て言うぞ!」

「は、はい!」


 この際、思いついた言葉を全て吐き出してしまおう、とシーヴェルトは思った。

 足腰に力を入れて、伝えたい思いを言葉に乗せる。

 

「君の髪が好きだ! 一本一本が繊細で、陽日に照らされて輝くその色が好きだ! 抱き上げた時に感じるその香りが好きだ!」

「ヴェル、大丈夫!? その勢いで突っ走ちゃっていいの!?」


 マリンがあわあわとシーヴェルトの勢いに困惑するが、ここで止まってはいけない。

 シーヴェルトは自分の動きを鈍くする羞恥心や外聞など、見えないものを引き千切るように大きく腕を振って続けた。

 

「構うものか! 君のその瞳が俺は好きだ! 黒曜石のような美しさの中で、そこに俺が映っていると考えるだけで胸が高鳴る! 俺だけを見てほしいと思ってしまうほどに!」

「つ、次は?」


 マリンは早くも順応してきたのか、続きを促してくる。

 まさかの反応にシーヴェルトはどもりつつも、自分の中の語彙が尽きるまでやってやろうと言葉を紡ぐ。

 

「え、笑顔が好きだ! 屈託なく、何にも縛られないその笑みを、俺はこの先も、ずっと! 守り通していきたいと願うほどに!」

「……ふふっ、それから?」

「それから! あ……えっと……」


 マリンは紅潮した顔を手で覆ってから、こぼれるように笑顔を作って聞いてきた。

 そこで、シーヴェルトの手数が尽きる。

 しばし、頭の中でぐるぐると思考が回るが、そもそもの話の着地点を見失ってしまった。

 

 すると、マリンは優しそうな笑みで、静かにこちらに歩み寄ってくる。

 

「ヴェル……」

「な、なんだ?」


 名前を呼ばれて、ドキっと胸が高鳴った。

 それから、彼女の言う言葉に少しだけ怯える自分がいることに気づく。

 

 ここまで勢いで言ってしまって、彼女から拒絶されたら、と怖気づく弱い自分がいる。

 けれど、マリンはそんなシーヴェルトすらも包み込むような声音で、語りかけてきた。

 

「きっと……ううん、絶対、私たちは同じことを思ってる。こういうのは短くても、拙くてもいいんだって思うの」

「よ、余計なことを口走ったか……?」

「そんなことないよ! 嬉しい! だから……言おう? 二人で、一緒に」


 マリンはほころばせた表情の中で、目に涙を湛えている。

 その涙は嬉しさ故なのだと、シーヴェルトは確信した。


 ――……そうか。そうだな。

 

 だからこそ、この先は自分だけではなく、二人で乗り越えて言うべきなのだ。


「お、俺は君が――」

「うん。私はあなたが――」


 自然とシーヴェルトはマリンと共にゆっくりと手を掲げて合わせる。

 そして、たった二文字の言葉を、同時に発した。

 

「「好き」」


 瞬間、シーヴェルトの左手の甲――守護騎士としての紋章の上に、新たな模様が発光して描かれる。

 同じくして、マリンの右手の甲も眩く光を放った。


 そのとき、シーヴェルトの中に自分とは別の歓喜の感情が入り込んでくる。いや、そうではないのかもしれない。これは――祝福されている。

 それを感じ取ったとき、足元が大きく揺れ、地鳴りのような音が聞こえた。

 

「きゃっ!?」

「な、なんだ!?」


 シーヴェルトは迷わずマリンを抱きしめ、音の発生源と思しき方向から遠ざける。

 それは、もう一つの神樹からだった。


 見た目にはただの木でしかなかったそれが、一瞬だけ光ったと思うと、大きく膨れ上がる。

 太い根が床を裂くようにうねり、新たな枝が無数に生え、緑の葉を広い空に解き放つように広がった。


 それはゴーレムすらも凌駕するほどの大きさで、けれど、生まれたての赤ん坊が産声を上げるように、世界へとその存在を示すのだった。



 ◇   ◇   ◇

 


『⚠下方、不明物体急速接近⚠』

「なっ!?」


 突然の警報に思わず俺は声を上げる。

 【ヴラドレン】といったか。連邦のタヴァルカの一騎と鍔迫り合いになっているところで、それは起こった。

 セレスが超人的な反応速度でフットペダルを踏み込み、【ヴラドレン】に前蹴りを打ち込む。


『ぐわあああぁぁぁぁ!』

 

 すると、数瞬前までいた場所に緑と茶の何かが物凄い速度で通り過ぎ、【ヴラドレン】が打ち上げられていった。

 何が起こったのか少しの間、呆然としていたが、それが巨大な木であることに俺は気づく。


 ブースターを吹かして離れて見ると、それは【サンセリテス】の中央ロビーから生えていた。

 つまりこの巨大な木は、おそらくもう一つの神樹だ。


 というか、こんなもの他にあってたまるか!


「こ、こりゃあまた……」

「なんというか、極端ですわね……」


 そんな感想しか出なかったのか、さすがのセレスも言葉を失った。

 俺たちは一変した風景を眺めていると、ペルが告げてくる。

 

『マスター。神樹が急激に質量とエネルギーを増大させている。そのトリガーとなったのは――』

「ああ、見えてる。まったく……」


 眼下、先ほど中央ロビーに降ろしたマリンとシーヴェルトが、お互いの手を取って目を丸くしている様子が望遠カメラに映った。

 以前、ジェラルドから聞いた話――神樹の力を引き出すには愛の力が必要だということを、俺は思い出す。

 

 なるほどね……。愛……。愛かぁ……! ちくしょー!

 

「貴方様? 兄としての感想はいかがですか?」


 セレスが面白げな雰囲気で振り返ってくるのを見て、俺は深く息を吐いた。

 

 うーん、吊り橋効果ってやつか? ほんとにそいつでいいのか? お兄ちゃん心配になってきちゃうなぁ!


 けれど、今、あの二人が神樹に祝福されているのは明らかだ。兄としては複雑だが、野暮なことは言うまい。

 ここはひとつ、神樹という存在に免じて許してやる。

 

 そんな俺の右手の甲と、そしてモニター越しの【ペルラネラ】の右手にも守護騎士の紋章が輝くのを見て、ふっと笑う。

 俺は心情を叫びながら、リアクティブレバーを押し込んだ。

 

「――仕方ねぇなってやつだよ!」


 【ペルラネラ】が一気に高度を下げる。

 甲板にぶつかる直前でブースターを反転させ、くるりと回ると、衝撃を和らげて神樹の前へと立った。


 そして、騎乗席内で俺とセレスが両腕を広げ、【ペルラネラ】も同じように躍動する。


「神樹よ! 守護騎士グレン・ハワードが伴侶セレスティアと共に願う!」

「我らに仇なす全ての者より――!」


 やり方はエドガーから聞いている。いや、そうでなくとも今、俺たちの心に呼び掛けてくる赤ん坊のような声が、そうしろと叫んでいた。


「「――その力を奪えッ!」」


 俺たちが勢いよく合掌すると、広い戦場に軽快な音が響き渡る。

 同時に、光の波のようなものが神樹から広がり、 空中を舞う連邦の騎士たちを次々と飲み込んだ。


 途端に【サンセリテス】を包囲していた連邦軍はその動力を失ったようにふらふらと地上へと落ちてゆく。


 あとに残るは、太陽に爛々と葉を照らした神樹と、その寵愛を受けた一騎のドールのみ。

 俺たちが合掌を解くと、ひと際強い風が神樹を揺らし、歓喜の声を上げているかのようだった。

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