第90話 俺はもうその味を
「くそッ! しつこい奴らだな!」
俺は後ろから飛んできた魔法弾をレバーを捻って回避させる。
マリンを助け出したのはいい。ついでに知らない男がついてきたのも百歩譲って構わない。
けれど、俺たちは今、連邦の飛行型ゴーレムの集団に追跡されていた。
『⚠後方、誘導弾多数⚠』
「ペル、警報を切れ! ずっと鳴りっぱなしじゃ意味がない!」
俺は先ほどから絶え間なく鳴り続けている警報をオフにさせると、【ペルラネラ】を後方に転回させて反撃する。
連邦のゴーレムは翼で揚力を得て飛行する分、急速な運動性能が低い。回避行動を取ってもいい的だ。
だが、何騎撃墜しても増援が来るために数が減ったようには見えない。
射撃体勢で落ちた高度を取るために【ペルラネラ】を舞い上がらせると、セレスがこちらに振り返る。
「貴方様、このまま【サンセリテス】に戻るんですの?」
「敵が多すぎる! このまま相手をしてると推進剤が切れる! それにマリンを乗せたままじゃ全力で動けない!」
「やはり守るものがあると大変ですわね?」
「やりがいがあって結構じゃないか!」
言いつつも、厄介な状況だなと俺は歯噛みした。
現状で俺たちにある戦力はこの【ペルラネラ】しかない。
【サンセリテス】にはもちろん対空火器が装備されているが、それを運用する人員がいない。サポートはサンがしてくれるだろうが、最終的な引き金を引くのは人間でなければいけないという制限がある。
それに加え、|VCAC《ビジュアルコンバッティングアクティブカモフラージュ》で透明化しているとはいえ、【ペルラネラ】を収容するメインカタパルトを開く際には露呈してしまうのだ。今、後ろから追ってくるゴーレム部隊が運良くそれを見逃すなんてことはないだろう。
と、すればマリンたちを【サンセリテス】に下ろし、補給をしつつ敵の数を減らす。
その中で高高度まで【サンセリテス】を浮上させれば、ゴーレムの性能からして追ってこれる数は減少するだろう。
ただし――。
『凶兆のメスガラスゥゥ!』
「――面倒なやつッ!」
高度を取ったはずの俺たちの頭上から、刀を抜いたゴーレムとは形状の違う騎体が切りかかってきた。【タヴァルカ】だ。
アンスウェラーでその刃を受け止めるが、相手の膂力はゴーレムの比ではない。
それに、こいつは気密性が保持されているのか、どんな高高度でも追ってくる。空中での運動性能も【ペルラネラ・レミージュ】と同程度だ。
もちろんタイマンなら負ける気はしない。どう性能差があろうとも、俺たちの技量の方が上だ。
だが、相手をしていると――!
「⚠M.I検知⚠」
「ちぃぃ!」
――ゴーレム部隊から味方もろとも狙う攻撃が飛んでくる。
俺たちはメインブースターの噴射を切って【ペルラネラ】の背中を反らすと、もつれあうように前後を入れ替えてオーバーヘッドキックを放った。
足のブースターを噴射しての勢いだ。つんのめった形で隙が出来た【タヴァルカ】は蹴りを食らい、吹き飛んでいく。
しかし、直前でガードされた。ドールと大きく違うのは、この合一とやらの反応速度だ。
『はっ……! この程度でこの【ヴラドレン】が落とせるものか!』
「今、お前の相手をしてる暇ねぇんだよ!」
叫びながら、【ペルラネラ】の翼をひるがえし、風を受けてゴーレム部隊の射撃を躱す。
すると、後ろからマリンと一緒にいた青年――シーヴェルトが身を乗り出してきた。
「あ、兄上殿!」
「まだお前にアニキって呼ぶ許可は出してねー!」
「そ、そういう意味ではない! ではなくて……マリンがこのままでは持たない!」
俺がその言葉に振り返ると、マリンはキツく目を瞑って、浅い呼吸を繰り返している。
絶え間ないGがマリンの体へ負担をかけているのだ。
一刻の猶予もない。
俺はそれを悟って、スロットルレバーを押し込む。
「セレス! ペル! このまま一直線に帰投する!」
「その後はどうする? マスター」
「どうにかする!」
「まぁ! 面白そうですわ!」
俺たちは殺到する魔法弾を緩やかに躱しながら、【サンセリテス】の方向に飛翔するのだった。
◇ ◇ ◇
『お帰りなさいませ! 艦長! 随分と大勢を連れての帰還ですね!』
【ペルラネラ】が【サンセリテス】のいる場所に近づくと、ハキハキとしたサンの声が響く。
俺は艦のある場所を一瞥すると、空中で一か所、その空間だけひび割れたように露呈しているもう一つの神樹が見えた。
「人気者が一緒でな! 乗船させるぞ!」
『速やかに反撃に移るのでしたら艦上部、メインロビーへ降ろさせることをお勧めします! 魔法生物の突出している箇所です!』
|VCAC《ビジュアルコンバッティングアクティブカモフラージュ》は艦の表面にしか展開できない。
再起動時は敵が低高度だったために隠しきれたが、同高度で追われている今は神樹が丸見えの状態だ。
メインカタパルトを開口して狙われる場所を増やすよりも、守りながらマリンとシーヴェルトを降ろす方が早く、安全と判断したのだろう。
それでも、ある程度の隙を作らなきゃならない。
「いったんブッ放すぞ! セレス!」
「久しぶりに使いますわね?」
『アンスウェラー:ワイルドファイアモード』
手元でアンスウェラーが変形し、砲身が回転する。
【サンセリテス】の上部に近づいた瞬間、俺たちはくるりと【ペルラネラ】を前転させて、後方に向かって狙いをつけた。
反動が大きいが、空中であれば騎体を固定する必要はない。
「少し引っ込んでろ!」
俺とセレスが同時にトリガーを引くと、放射状に魔力の奔流が放たれた。
威力を犠牲にして効果範囲を優先させた一閃だ。
前回の【イルグリジオ】のように消し飛ぶことはないが、ゴーレム程度の相手ならば機能不全に陥らせることはできる。
光を浴びた十数騎のゴーレムたちは一斉に煙を上げ、落下していった。
その威力に怖気づいたのか、敵の部隊は一度回避行動を取る。
俺たちは【ペルラネラ】を甲板に滑らせて、もう一つの神樹の目の前で停止させた。
「ここで降りろ! マリン、あとは兄ちゃんに任しとけ!」
「お兄……。でも、人殺しはっ……!」
俺が言うと、マリンは悲痛そうな顔を近づけてくる。
それに対し、セレスは微笑を浮かべて言った。
「マリン。相手は貴女を殺そうとしたんですのよ?」
「まぁ奇跡でも起こらない限りはどうしようもないなぁ」
「お兄……!」
すると、食い下がるマリンの肩をシーヴェルトが抑えて首を振る。
その意味を察したのか、マリンはシーヴェルトの手をぎゅっと掴んだ。
「必ず帰ってきてね。なるべく人は殺さないで!」
「……わかったよ」
俺は無表情に頷くと、マリンとシーヴェルトを【ペルラネラ】の手のひらに乗せてロビーに降ろす。
そうして騎乗席のハッチが閉まり、最後までこちらを見送るマリンたちを見て、俺はため息をついた。
「きっと罰を受けるんだろうな、俺は」
「けれど、それすらも殺して前に進む。そうでしょう? 貴方様」
セレスは一度シートベルトを外して、俺にキスしてくる。
甘く、自分の理性すら溶かしてしまうほどの死神の口づけ。
俺はもうその味を知ってしまっている。
妹のためなら人殺しも厭わない。妻のためなら奪った命の数にすら興味を抱かない。父母のためなら自分の手にかけることも迷わなかった。
もうすでに俺は一線を越えている。
マリンとは生きる世界が違う。
それでいいのだ。
許したわけではないが、マリンの手を引くやつがいるのであれば、今は託そう。
「さぁて……」
「お待たせしてしまったみたいですわね」
俺とセレスは、視界を埋め尽くす敵の群れに頬を釣り上げるのだった。
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