第84話 一緒じゃなきゃ
「マリン……。マリン……! 起きるんだ!」
ヴェルと歌を作った夜。
マリンは体を揺らぶられると共に、焦りのある声で目を覚ます。
「う~ん……? ってヴェル? どうしたの?」
見れば、学生服に帯剣したヴェルが暗闇の中、余裕のなさそうな顔でベッドの横に跪いていた。
驚きつつも眠気でぼんやりした頭で問うと、ヴェルは唇を噛むようにして一呼吸置く。
「君のことが……【巫女】であることが漏れた。このままでは君をこの家で守り通すことができない」
「【巫女】……? それってなに?」
「説明はあとにしよう! それよりもすぐにここを出る! 着替えてくれ!」
その声音にただならぬものを感じて、マリンは言われた通りにベッドを降りた。
そして、背を向けたヴェルを見て、綺麗に折りたたまれた服に着替え始める。
「お兄のところに行くの?」
「いや、君の兄上がどこにいるかは俺にもわからない。ひとまずは宿を取った。そこに身を隠そう」
ヴェルが背中越しに説明してくれるが、この時間も惜しいというような雰囲気を醸し出していた。
マリンは着なれない服に四苦八苦しながらも、ようやく着替えを終える。
それを気配で感じ取ったのか、ヴェルは振り返ってマリンの手を掴んできた。
「行こう。君のことは俺が必ず守る。信じてついてきてくれ」
「……【巫女】っていうのはよくわからないけど、わかった。信じるよ。ヴェル」
名前を呼ぶと、緊張感に固まっていたヴェルの表情がわずかに和らぐ。
だが、そのとき、窓から強い光が差し込んできて、マリンは顔を背けた。
「きゃっ!」
『守護騎士、メルクリオ・サガノフが命じる。バーシン家よ。匿っているという【巫女】を今すぐ差し出せ! おとなしく従えば同志として、命は救ってやろう』
「くっ! 遅かったか……!」
粘り気のある話し方で、魔法で拡声された声が外から響く。
ヴェルは歯噛みしつつも、すぐさま部屋からマリンを連れ出した。
「どうするの?」
『逃げる他ない! 君だけでもここから――』
その言葉に、マリンは引かれていた腕に力を込めて、立ち止まる。
マリンは胸に引っかかるものを感じて、視線を下に落とした。
「マリン!? どうしたんだ!?」
「嫌……だよ」
「なにがだ!?」
ヴェルは焦りを隠せないのか、声を大にする。
しかし、マリンは心の声に従って、短くもはっきりと自分の心情を吐き出した。
「私だけ逃げるなんて嫌! ヴェルは言ったよ! 守ってくれるって! 一緒じゃなきゃ嫌!」
叫ぶと、ヴェルは呆気にとられたのか、言葉に詰まる。
マリンは思うのだ。自分を犠牲にして、誰かを守るというのは押し付けであると。その結果、残された人がどんな気持ちになるかを考えてくれていないと。
もうマリンは、置いていかれるのは嫌だった。今も、一緒に来てくれると、ヴェルに頷いてほしかった。
しばしの間が合って、ヴェルは気を取り直すように首を振る。
そして、改めて決意したように、マリンの腕ではなく、手を握り直した。
「……わかった。行こう。共に行こう」
「うん!」
これは自分の我儘だ。
だが、首を縦に振ってくれたヴェルに、マリンは沸き上がる嬉しさに笑った。
わけがわからないのに。こんな状況なのに。彼がそばにいてくれるだけで大丈夫だという安心感がマリンにはあった。
「シーヴェルト様……」
「っ……!」
そのとき、暗闇の中から声がする。
気がついたヴェルにマリンは庇うように抱き寄せられて、胸がドキっと高鳴った。
見れば、この家の執事であるローウェンが廊下に立っている。
ヴェルがマントの中で剣の握りに触れるのがわかった。
だが――。
「――ここはお任せください。裏口の施錠は外しております」
「ローウェン……。だが、お前たちは――!」
「私共は何も知らなかった。何も見なかった。サガノフ卿はああは言っておりますが、ここは長く連邦に仕えたバーシン家、命までは取られないでしょう。さぁ、お早く」
「……恩に着る!」
ヴェルに手を引かれて、廊下を走る中、ローウェンがすれ違いざまに深くお辞儀をしてくる。
その仕草の中で、マリンはローウェンが目で自分に訴えてくるのがわかった。
シーヴェルトを頼む、と。
「ありがとうございます!」
そんなローウェンに、マリンは叫んだ。
彼は廊下の角を曲がって見えなくなるまで、こちらに頭を下げ続けるのだった。
◇ ◇ ◇
「走りづらくはないか、マリン」
「この着物? っていうのはまだ慣れてないけど、大丈夫!」
シーヴェルトは屋敷の裏口へ駆けながら、手を握るマリンに聞く。走りにくさを聞いたというよりも、その体力を心配してのことだ。
学校で鍛えている自分とは違って、マリンは女性なのだ。ずっと走っていては疲れて動けなくなってしまうかもしれない。
だが、そんなシーヴェルトの心配も他所に、マリンは足を止めることはなかった。こんな状況にも順応して混乱している様子はない。
自分が思うよりも、マリンは強かな女性なのかもしれない、とシーヴェルトは認識を改めた。
灯りのついていない炊事場を通り抜け、使用人の通る道を進み、シーヴェルトは裏口の扉に手をかける。
そのとき、シーヴェルトは殺気を感じて、扉を開くと同時に腰のサーベルを引き抜いた。
キン! と音がして、暗闇に火花が散る。
「シーヴェルト卿……!」
「ここは穏便に済ませて頂きたい!」
「そうはいかない。彼女は俺が家族のところまで送り届ける」
同じ国の兵士を相手取ることに、不思議と迷いはなかった。
相手は大人の兵士が二人だ。だが、守護騎士である自分なら余裕を持って制圧できるという確信があった。
シーヴェルトは左手に力を込めると、体中に魔力が行き渡るのがわかる。
「ふっ――!」
身体強化を施したその力で、一気に相手のサーベルを弾き飛ばした。
返す刀の峰打ちで首筋を強打し、一人目を昏倒させる。
「なっ!?」
続けての二人目は慌てて剣を振り上げるが、その速度は遅い。
素早い脚捌きで懐に入ると、肘鉄を腹部に見舞って吹き飛ばした。
得物を使うまでもない。修練で行っている型の呼吸に合わせて肺の空気を吐き出すと、マリンが駆け寄ってくる。
「大丈夫!? ヴェル」
「ああ、この程度の兵士ならば問題ない」
「こ、殺しちゃったの?」
「いいや、気を失っているだけだ」
わたわたと両手を振って兵士たちの心配までしているマリンの様子に、シーヴェルトの緊張が少しだけほぐれた。
まったく、なんと可愛らしい生き物だろう。
そんな風に思っていると、遠くから兵士たちが集まってくる声が聞こえる。
「こっちだ! 裏口を塞げ!」
「油断するなよ! 相手は守護騎士だ!」
シーヴェルトは素早くサーベルを収め、今度は足に魔力を込めた。
「マリン! 失礼ッ!」
「え? ――あわわわっ!?」
マリンを俗にいうお姫様抱っこし、強化された足腰の全力で大地を蹴る。
すると、超人的な跳躍力が発揮され、屋敷の敷地を超えて隣の建物の屋上まで飛び上がった。
「きゃー! こ、怖い怖いー!」
「我慢してくれ! 絶対に君を落とすことはない!」
必死に首に腕を回してしがみついてくるマリンに言い聞かせながら、その髪の良い香りに頭がくらっとする。
今はそんなことに構っているときではないというのに、顔が火照ってしまうのを歯を食いしばって我慢した。
俺も軟弱になったものだ……!
両腕にすっぽりと収まる愛おしい熱を感じながら、シーヴェルトはまだ月の高い夜を疾走するのだった。
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