第83話 必ず間に合わせる
「兄上。どういうつもりだ」
その夜、騎士学校の男子寮で、シーヴェルトはジェラルドの部屋を訪れていた。
扉の前で立ち尽くすように聞いたシーヴェルトに対し、ジェラルドはベッドに座って目を合わせようとしない。
「【巫女】が現れたということは神樹に危機が訪れているということ。なぜそれを隠し、あまつさえ俺の嫁として連れてきたのだ?」
「あの女が不満かァ?」
「そういう話ではない! 本来であれば【巫女】は丁重に扱われ、我が国の危機に備えてその力の使い方を模索しなければならないもの。あのように無理矢理に嫁にするなど、我が国に反意を抱かせるような扱いをしてはならない!」
シーヴェルトは声を大にして抗議する。
だが、ジェラルドは鼻で笑って、その鋭い眼光をこちらに向けた。
「口を開きゃァ……国、国、国。そんなにこの国が大事かァ? いいか? 俺にァ先が見えてンだ。俺サマの言う通りにすりァ悪ィことにはならねェ。信じろ」
「また世迷言を……! どうしたのだ兄上。『物語の主人公』などと吹聴して始めてから、俺には兄上がわからない!」
「わからねェでいいんだよ。わかってもらおうなンざ思ってもいねェ。ただな……」
ジェラルドは足を開いて座っていたベッドからゆっくりと立ち上がる。
「お前ェは俺の弟だ。同じバーシン家の守護騎士だ。俺と違って地頭も悪くねェ。剣の腕も俺サマと互角だ。俺サマと肩を並べられる唯一の男だ。それを忘れンな。それだけは自覚しとけ。そうすりゃァ……」
ジェラルドは拳をシーヴェルトの胸にとん、と押し付けて、言った。
「あとはどうにかなる。俺サマを信じろ。俺たちァ血を分けた双子の兄弟だろ。ヴェル」
そのまま拳で突き押されて、シーヴェルトはよろける。
もう話すことはないのだろう。
ジェラルドはそれっきり背を向けてしまった。
そんな言葉足らずな兄にため息をついて、シーヴェルトは部屋をあとにするのだった。
◇ ◇ ◇
「やぁ、シーヴェルト。聞いたよ。結婚するんだって?」
「クリス……」
シーヴェルトが自分の部屋に帰る途中、廊下でクリスに声をかけられた。
相変わらず朗らかな表情で、学校では珍しい性格の男だと思う。
「兄上が勝手に決めたことだ。俺は納得していない」
「そうなのかい? まぁ相性が悪いこともあるからね」
「いや、そういうわけではないが……」
シーヴェルトは言葉を濁さざるを得ない。
その花嫁が――マリンが【巫女】であると知られたら、周囲は確実に政敵だらけとなるだろう。
ジェラルドが勝手に決めた婚姻がマリンの意志とは関係なしに進む。それだけならばまだいい。
最悪の場合、マリンを巡って守護騎士同士が奪い合い、その力を手に入れようとする。
そうなれば、もはやマリンはただの道具として扱われてしまう。
シーヴェルトはそれを望まない。彼女の自由奔放な眩しさが失われてしまうことを、彼女の笑顔が見れなくなってしまうことを。
「そういえば、昨日のゴーレム騒ぎ。話じゃ王国の留学生がやったらしいね。いや、困ったな。ジェスティーヌも学校に来てないし、それに【巫女】を探してるとかなんとか」
何気ないクリスの雑談の中の単語に、シーヴェルトは目を向く。
「【巫女】を……!?」
「あぁ、うん。僕の叔父さんからの又聞きだから詳しくは知らないけどね。本当なら今頃血眼になって探してるんじゃないかな」
「そ、そうか……」
シーヴェルトは平然を装いながらも、額にひやりとした汗が垂れるのがわかった。
既にマリンのことが一部の人間に知られているのなら、今、バーシン家に匿っていることが露呈するのは時間の問題だ。
「王国の騎士だって人はいきなりそんなことするようには見えなかったけど……ってどこにいくんだい? シーヴェルト」
「少し出てくる。急用を思い出した」
「もう門限だよ? 見つかったら先生にどんな教育をされるかわかったもんじゃないよ」
「ああ、問題ない。必ず間に合わせる」
シーヴェルトは言いながら早歩きで廊下の窓を曲がり、すぐさま駆け出すのだった。
◇ ◇ ◇
『敵対勢力、五。空対空戦闘を開始する』
「よし。やってみろ」
【サンセリテス】の格納庫。
俺は【ペルラネラ】の前に持ってきた机で真空パックのジュースを吸う。
机の上には個人用のコンソールが置いてあり、そこから【ペルラネラ】の騎乗席に向かって何本かのケーブルが伸びていた。
【サンセリテス】は数百年の間、土の中に埋もれていたとはいえ、手つかずの遺跡だ。
魔獣や冒険者に荒らされることなく保管されていた艦内には色々なものがある。
たとえば俺の使っているタブレットや、目の前のコンソールだ。
そして、戦闘用のこの船には膨大なデータがそのまま残っている。
主機が停止しているとはいえ、予備電力でこうしたモノは使用することができた。
今やっているのは、【サンセリテス】の演算能力とデータを使っての仮想戦闘訓練だ。
それも、俺やセレスではなく、ペル自身の戦闘データ蓄積のためである。
基本的に地上戦用のドールには空中戦のデータは少ない。だからこそ、人間だけなく騎体自体の教育も必要だと考えた。
空中での射撃や姿勢制御はもちろん、騎士が乗っていなくとも動けるというペルの利点を生かすための教育だ。
とはいえ、騎士が乗っていないと火器管制にロックがかかるので、ペル単体で可能なのは非常時に格闘戦ができる程度ではある。
だとしてもペルだけで動ける要素を増やしておくことに越したことはない。
『全機撃墜。右肩部損傷、軽微』
「欲張りすぎたな。もっと立体的な機動を意識しろ。俺の格闘やセレスの剣技の蓄積データを平面じゃなく、上下方向や高度位置を考慮して、空中で有効な攻撃方法に発展させるんだ」
『空中では脚部の接地が失われる分、接近戦の威力が低下する』
「そこは追加したブースターで補うか、加速をかけてブン回すしかないな」
俺が言いながらジュースを啜ると、パックがくしゃっと潰れた。
いつの間にかに飲み干してしまったらしい。
俺はため息をついて追加の飲み物を取りに席を立とうとする。
「こちらがご入用ですの?」
「おっと……まだ起きてたのか?」
目の前に茶色の飲み物が入ったパックがぶら下げられて、後ろから誰かに抱きしめられた。
セレスだ。
「なんだか一人では眠れなくて」
「ごめんな。切りの良いところで終わるから、一緒に寝よう」
「こういったことになると熱心になってしまうのは、元技師の性ですの?」
「まぁ、前の職場じゃ納得するまで点検して、気がついたら朝なんてこともあったからなぁ」
先日からセレスを放っておいていることに罪悪感を覚えて、俺は額に手をやる。
けれど、今やるべきことを早急にしなければならないことをわかっているのか、セレスは穏やかな声音で囁いた。
「構いませんわ。それを支えるのが私の役目なのですから」
「ありがとな」
そう言って、俺は首に回された腕を優しくさする。
すると、パッと思いついたようにセレスが顔を上げた。
「そういえば、なにやら艦橋の方が騒がしかったですわ。一人で頭を抱えながら貴方様が押し付けた本と格闘していました」
「リースか? あいつものめり込むと沼にハマるやつだからな。まぁ飲み食いだけして何もしないよりいいさ」
「転生者同士、似ているところがあるのでしょうか?」
「嬉しくねぇ……」
「ふふっ、冗談です」
セレスは笑いながら、頬擦りをしてくる。
俺がその髪を撫でてコンソールに目を落とすと、ペルがなにやら現在時刻を表示してきた。
『マスター。当方も眠い』
「そういえばお前も寝るんだったな……」
『睡眠不足は様々な健康被害の元となる。特に肌荒れに関して重大な影響を及ぼす』
「お前の肌は謎技術ナノマシン製だろうが! ……けどセレスの肌荒れは重大な問題だな」
『肯定』
「ふふっ、ペルの言う通り。今日はここまでにしましょう? 貴方様」
言われて、俺はため息をついたあとに腕を上げて体を伸ばす。
そうして立ち上がった後、俺はセレスの腰を抱きながらコンソールを見た。
「まぁ、最低限の準備はできた。あとはアクシデントが起きなきゃいいけど」
「あらまぁ、そんなことを仰っていいんですの?」
「あっ」
……今、俺は余計なフラグを立てたかもしれない。
そのフラグが回収されるのを嬉々として待ちわびているであろうセレスにどんよりしながら、俺はなるべく睡眠時間を取っておこうと思うのだった。
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