第81話 誰かと作ると
『【ペルラネラ】改修作業完了まであと30分です! 艦長、少しお休みになられてはいかがでしょうか!』
様々なアームに囲まれて改修を受ける【ペルラネラ】を前に立っていると、インカムからそんな声が聞こえる。
【サンセリテス】の人工知能――サンのそんな提案に、俺は首を横に振った。
「座ってるとついマニュアルに目がいって休めないんだよ。ここでボケっと眺めてた方が休憩になる」
『なるほど! 人間とは難しいものですね! リース様とフェルディナン様はご休憩なされているようですが』
「サボってんなあいつら……」
はぁ、と俺はため息を漏らしていると、ペタペタとサンダルの音がする。
見ればセレスが歩み寄ってくるところだった。
「ごめんな。暇だろ?」
「いいえ、色々と見回っていましたから。お休みなされる気になったら相手をしてくだされば十分ですわ」
そう言ってセレスは俺の首に腕を回して、短くキスしてくる。
俺はセレスの腰に手をやって、優しく抱きしめると彼女の銀髪の香りを嗅いだ。
船内にあったコンディショナーの嗅ぎなれない香りがする。けれど良い香りだ。
こんなものまで数百年、劣化せずに保管されていたのだから、当時の技術は改めてスゴいと思わされる。
「そういえば主機? というのでしたか。見てきましたわ」
「どうだった?」
聞くと、セレスは「ふふっ」と手を口にやって笑った。
「貴方様を通してでしょうか。まるで赤ん坊のような気配を感じました。けれど、懸命に生きたい、守ってほしいという思念が強かったですわ」
「やっぱりか。離れてても俺もたまに感じる」
「あぁ、それと……」
言葉を続けたセレスは難しそうな顔で考える。
そして、形容しがたかったのだろう話をゆっくりとし始めた。
「私に対して……。いや、そうではないと。別の何かを求めているような感じがしましたわ」
「失礼な話だな」
「きっと貴方様という存在とはまた別の何かを欲しているのですわ。今のところ貴方様が来て一安心、といったところでしょうか」
恐らく、昨日までの頭痛はもう一つの神樹の叫び声のようなものだったんだろう。
やっと俺が来て、右手に紋章を刻むことでそれは収まった。
けれど、他にも何かを探しているとしたら……。
「……巫女か?」
「そう考えるのが妥当ですわね」
巫女――つまりマリンだろう。
同時期に体調を崩したことも考えれば、マリンが巫女である可能性は高い。
それをジェラルドは首都にある神樹の方の巫女と勘違いし、攫った。
と、考えれば納得がいく。
「早々にマリンを奪い返さないとヤバい気がする」
ジェラルドの話じゃもう一つの神樹は暴走して遺跡を飲み込んで化け物になるとのことだ。
巫女という存在がいない今、こっちの神樹は不安定な状態なのかもしれない。
俺たちまで暴走に巻き込まれるのはごめんである。
「そのための作業でしょう? これは」
セレスが身を寄せながら俺の持つタブレットを覗き込んできた。
そこには【ペルラネラ】の改修予定図が表示されている。
目を引くのは背中の既存のブースターを挟むように、細長い羽状の推進器が二枚二対、計四枚増設予定だ。
既存のブースターとは推進機構が大きく違い、推進剤を燃焼させるのではなく、空間中の魔素を受けて増幅し、自由な方向に発振するというシステムらしい。
正直、よくわからない。よくわからなくても付け方と使い方がわかればいいのだ。必要があればマニュアルを読む。エンジニアなんてそんな感じだ。
あとは足に内臓されている姿勢固定用のアイゼンを取り払って、小型のブースターに換装する。
ペルの計算が間違っていなければ、これである程度の空中戦が可能だ。
「【ペルラネラ】第三形た――」
『異議あり』
俺が名付けようとしたら横やりを入れられる。
ペルがぶーぶーとNGな音を出してなにがなんでも阻止しようとしてきたのだ。
「じゃあお前がつけろよ!」
『了解。思考中……』
「長いのはナシな!」
そう言うと、ピロピロとわざとそれっぽい音出して考えたペルは、ほどなくして新しい名を自分でつけるのだった。
『【ペルラネラ・レミージュ】』
◇ ◇ ◇
「なにを……しているんだ?」
「あ、ヴェル。ちょっとお昼は自分で作ろうと思って」
なにやら屋敷の中が変な雰囲気だと思い、来てみればキッチンで腰に手を当てたマリンがそう言った。
マリンの目の前にはシーヴェルトにはわからない紙袋や卵、料理道具が並べられている。
「貴女は客人だ。そんなことしなくていい」
「あんまり慣れないんだよね~。そういうの。たまには自分で作ったものも食べたいし」
マリンは「ええっと~」と言いながら高いところにある棚を開けて、お目当てのものを見つけたようだ。
だが、手が届かない。
見かねたシーヴェルトは近寄って、その袋を取って差し出した。
「これでいいか?」
「あ……うん。ありがとう!」
「い、いや……」
屈託のないマリンの笑みを見て、シーヴェルトは思わず顔を背けてしまう。
だが、マリンは気にした様子もなく、ボウルに材料を入れてかき混ぜ始めた。
「なにを作っているんだ?」
「パンケーキ。こっちの蜜は黒くて風味がちょっと違うけど、きっと合うと思って」
言いながら懸命にかき混ぜるマリンの手を、小柄な肩を、横顔を、シーヴェルトは見つめざるを得ない。
そうしていると、不意にマリンがこっちを向いた。
「……食べたいの?」
「あ、いいや、そういうわけじゃ――」
そんな卑しい気持ちで見ていたわけではない。
そう言おうと思ったら、マリンは上目遣いで口を尖らせる。
「食べたくないの?」
「……もらおう」
渋々言うと、マリンの顔がパッと明るくなった。
そして、フライパンを火にかけて油を引くと、ボウルを差し出してくる。
「はい! じゃあ焼いて!」
「お、俺がか!?」
シーヴェルトはマリンの行動に驚嘆した。
この国では料理は女性か、下働きの者がするものだ。
仮にも客人とはいえ、このバーシン家の次男に料理をやらせるとは他の誰かが見たら激怒するだろう。
けれど、マリンからは悪意は感じない。むしろその顔は優しさに溢れていた。
「こういうのは自分で焼いた方が美味しいの!」
「……わかった。やってみよう」
シーヴェルトは不思議とマリンの言葉に従うことに忌避感はない。
むしろマリンと肩を並べて何かをするということが、自然なように感じられた。
シーヴェルトはボウルから肌色の粘る液体を器具で掬う。
「一杯だけでいいからね。ただ垂らすだけ。簡単でしょ?」
「あ、ああ」
そうしてフライパンに生地を垂らすと、甘い香りが漂ってくる。
「ど、どれくらい焼くんだ?」
「ぷつぷつって全面に穴が開いてきたら適当かな~」
「それでいいのか」
「うん。まぁ、裏返したときのお楽しみ!」
えへへ、とマリンが笑うのにつられて、シーヴェルトは頬をほころばせてしまうが、仕方ない。
やがてマリンの言う通り穴が開いてきたところで、シーヴェルトはフライ返しを取る。
「頃合いか……?」
「やってみよー!」
「うむ」
シーヴェルトは料理などしたことはない。フライ返しを持つのも初めてだ。だが、格好の悪いところは見せたくない。
意を決して生地の下にフライ返しを指しこみ、「ほっ」と裏返してみた。
「おお……」
「いい感じ~! ヴェルは器用だね!」
「そうか?」
「じゃあ次はアタシが焼こうかな! 生地は見とくからヴェルは蜜とお皿を出しといて!」
「承知した」
そうして焼いたパンケーキとやらを持って、二人でマリンの客間に運ぶ。
途中、奇異な目で使用人には見られたが、気にならない。
「こっちにもバターがあってよかった~。蜜は好きなだけかけちゃおう!」
「そうだな。俺も甘いものは嫌いじゃない」
バターと黒蜜をたっぷり乗せたパンケーキを前に、マリンははしゃいでいる様子だ。
どうやらパンケーキはナイフとフォークで食べるらしい。
食べる前に、シーヴェルトは手を合わせる。
「頂きます」
マリンはそれを見て、シーヴェルトの真似をして手を合わせて「頂きます」と静かに祈った。
そして、小さく切ったパンケーキを口に運ぶ。
「ん、んん~?」
すると、マリンは咀嚼しながら、首を捻った。
「ごめん、ちょっとうまく膨らまなかったかも……。水が違うからかな」
マリンは申し訳なさそうに言う。
だが、シーヴェルトは素直な感想を言うだけだ。
「いや、美味しい」
「そ、そう? 無理しなくていいよ?」
「俺はこのパンケーキとやらを初めて食べた。十分に美味い」
本音を言えば少し硬いかもしれない。だが、それ以上に美味いと自分に言わせる何かがあった。
それはマリンが作ってくれたからだろうか? と思っていると、声がかかる。
「きっと二人で作ったから美味しいんだよ」
きっぱりと言う彼女に、シーヴェルトははっとした。
マリンはどこか儚げな表情だったのだ。
「お兄と作った料理は、コゲちゃっても崩れちゃっても美味しかった。誰かと作ると美味しく感じるんだ~」
「兄がいるのか?」
「うん。なんか随分偉い人になっちゃったみたいだけど、それでも私のお兄には変わりないの」
「会いたい、だろうな」
「まぁね」
雰囲気が曇る。
だが、マリンはそれを吹き飛ばすように顔を上げた。
「でも、こうしてヴェルとパンケーキを作るのも楽しいよ!」
シーヴェルトの目に、マリンは気丈に振舞っているように見える。
――気を遣っているつもりが、気を遣わせてしまった。
自分はなんて情けない男だろうか、と気落ちするが、表情には出さない。
「マリン」
「なに?」
「必ず……俺が貴女をお兄さんのところへ帰してみせる」
自分の決意を示すように言うと、マリンは笑みを取り戻して、「ありがと!」と言うのだった。
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