第80話 貴女の帰るべき場所
「どういうことだ!? いきなり花嫁を連れてきたなど、兄上は何を考えている!?」
シーヴェルト――【シーヴェルト・バーシン】は乱暴にマントを執事に押し付けながら、屋敷の廊下をずんずんと歩く。
怒りを抑えなくてもいい。そう思えるくらいには理不尽な話が舞い込んできた。
学校から帰ってきた途端、双子の兄であるジェラルドがシーヴェルトの花嫁を連れてきたというのだ。
――兄上の突拍子のない行動も今に始まったわけではないが……!
自分はまだ学生の身分である。
バーシン家の次男として、ゆくゆくは決められた女性と結婚しなければならないのはわかっているが、それにしても急すぎる話だ。
「その女せ――……女はどこにいる!?」
「いけません、シーヴェルト様! ジェラルド様からまだお会いさせないようにと……」
「そんなバカな話があるか! 顔も見ずに結婚など俺は認めない!」
そうだ。俺にだって選ぶ権利はある。
それにこんな急な話では正式な縁談ではないだろう。だとすれば、その女性自身がどう思っているかも怪しい。
シーヴェルトは花嫁がいるのは恐らく客間だと予想して、その扉を開ける。
「ふぅ、ふぅ……あ、このお茶美味しい」
そこにいたのは、小さな女の子だった。
ハイカラな衣装を取り入れた着物は丈が合っていないのか袖があまりがちで、その体の小ささを可憐にみせている。
そして艶のある黒髪に、幼さを感じるが整った丸顔――けれどどこか達観したように伏せがちな目は大人のような雰囲気を醸し出していた。
「あれ?」
「っ……!」
そんな目が、こちらを見る。
黒曜石のように、黒いというのに輝きのある綺麗な瞳。
その瞳を見て、シーヴェルトの中でなにか衝撃のようなものが走って、部屋に入るはずの足を止めていた。
「えっと……こんにちは?」
「こ、こんにちは」
間の抜けた挨拶に、こちらも間の抜けた声で応じてしまう。
――なんだ? 頭が真っ白だ。俺は何をしようとしていたのだ? 俺はこの女性に会って、何がしたかった? そ、そうだ。まずは名前だ! こんな態度では女々しいと下に見られてしまう。
「お、女! お前の名はなんだ!」
「そういう聞き方嫌い。普通はまず自分が名乗ってからでしょ?」
シーヴェルトが部屋に入りつつ声を大にして言うと、女性はお茶を置いて眉を顰める。
自慢ではないが、シーヴェルトは体格がいい。
しかし、この小動物のような女性は、大柄な自分にも物怖じせず言葉を返してきたのだ。
その言葉に、シーヴェルトは怒りなどではなく……一理あると思った。
シーヴェルトははっとして自分の身なりを整えてから、ゆっくりと女性に歩みより、目線を合わせるために片膝をつく。
「……失礼した。俺はシーヴェルト。シーヴェルト・バーシンだ。貴女を連れてきたジェラルドの双子の弟だ」
「マリン。マリン・ハワードです。なんか嫁にしてやるとか言われて無理矢理連れて来られました」
少し棘のある言葉に、シーヴェルトはぐっと唸った。
――兄上め……。なぜいきなりこんな女性を連れてきた? 攫ってきたも同然ではないか。
シーヴェルトがため息をついていると、マリンもふぅと息を吐く。
「私、お仕事があるから帰らなくちゃいけないんですけど!」
「仕事?」
「はい。私はただのメイドです! 買い出しの途中だったし! お兄のお世話もしないとセレスティアお嬢様が大変だし! エドガー様が心配だし……!」
その心配そうな面持ちに、シーヴェルトは同情の念を抱かざるを得ない。
しかし、下働きのメイドを連れてくるとは……。
シーヴェルトはますますジェラルドの意図がわからなくなった。
だが、とにかくマリンを安心させたい一心で、彼女の手を取って言う。
「マリン。すまなかった。嫁にするなどとは言っているが、気にしなくていい。結婚は無理にするものではないと俺は思う。だが、兄上のメンツもある。数日はこの屋敷で過ごしてもらいたい。その間に、俺が貴女の帰るべき場所に帰せるようなんとかしてみよう」
なんて細くて白い手だろうか。それに温かい。
シーヴェルトはその手に怪我をさせないよう優しく握ると、マリンも握り返してきた。
「……そうですか。ではお願いします。シーヴェルト様」
「様などつけなくていい。敬語もだ。親しい者は俺のことをヴェルと呼ぶ。貴方もそうしてくれ」
「ヴェル、でいいの?」
「ああ……、それではゆっくりしていてくれ」
愛称を呼ばれてつい頬をほころばせてしまったのを隠すように、シーヴェルトは背中を向けて部屋を出る。
そして、扉を背に大きく肺を膨らませてから、一気に息を吐きだした。
――なんだこの気持ちは……!
流暢に喋ることはできたものの、内心は跳ねる胸を押さえるのに必死だったのである。
この部屋に入る前までは、さっさと屋敷から放り出してやる腹積もりだった。
それに彼女のことを思えば、すぐに家に帰してやるのが親切というものだろう。
だが、つい口からジェラルドのメンツなどという言い訳をして、マリンをここに置いてしまった。
どうしても、手放すのが惜しいと思ってしまったのだ。
――なぜだ? なぜこんなにも胸が高鳴る?
シーヴェルトは己が内にある、今まで味わったことのない感情に戸惑いながら、その場をあとにするのだった。
◇ ◇ ◇
「で? 話ってなによ?」
硬い床に直に座った俺に、相変わらず生意気そうな態度でリースが聞いてくる。
リースはどこから持ってきたのか、クッションをお尻に引いていた。ついでに言えば真空パックのようなものに入ったジュースをちゅーちゅー吸っている。
俺も含めて全員が船内にあったSFチックな楽な服装に着替えてはいるが、リースは早くもここでダラダラすることを覚えたらしい。
「お前の順応力の高さには脱帽ものだよ……! ここから出て野宿でもやってけるんじゃないか?」
「いいじゃない! 少しくらいくつろいでも!」
「言っとくけどお前は居候の身だからな! お前の監督責任は俺にあるからな!」
「ふーんだ!」
このヤロー! 相変わらず腹立つヤツだな!?
俺はわなわなとタブレット状のデバイスを握りしめて、怒りをしずめるよう努めていると、隣に座ったセレスが背中をさすってきた。
わかってる。こんなことをしてたら日が暮れる。
「……今、わかってる状況を整理するぞ。ちゃんと聞いてろよ!」
「はいはい」
「そうだな……。私も流されてここまで来てしまったとはいえ、何か協力したい」
フェルディナン……。お前、マトモになったな……! 他に良い女がいると思うぞ!
そんなことを思いつつ、ひとつ咳ばらいをすると、俺は話を始めた。
「まず、なんでこんなことになったかと言えば、ジェスティーヌたちが俺たちを殺そうとしてきたからだ」
「ジェスティーヌが? なぜだ?」
「知らん。ほっといても死にそうな俺を襲撃してきたくらいだから、明確な目的があったんだろうよ」
「そうか……。普段の彼女からしても、理由なく襲うことはないだろうからな」
「なんか恨みでも買ったんじゃないのー?」
興味なさそうなリースとは対称に、フェルディナンは顎に手を当てて難しそうな顔をする。
友人が友人を殺そうとしたというのはこいつにとってもショックらしい。
とりあえずリースとフェルディナンはその理由に心当たりはなさそうだ、と見ていると、セレスが俺の肩に頭を置いてきた。
「もう少しで殺せそうでしたのに、残念でしたわね?」
「俺も死にそうだった。ペルがそれを止めてくれたんだ」
言うと、腕輪が光って「礼には及ばない」と無機質な声が響く。
「でもさー。なんでペルちゃんは騎体ごとこっちに来たの?」
『あの場で最良の判断をした。それだけである』
「ふぅん」
ペルの言う通り、無理矢理止めてくれなければ俺は止まらなかっただろう。
その結果は恐らく、リナさんとジェスティーヌを殺して、俺自身の命にも関わっていた。
あの場で人死にが出なかった。それだけでもペルの行動には意味があったし、それでいいと俺は思う。
「次に、俺たちはもう連邦に居場所はない。先に仕掛けてきたのはあっちだが、街にも被害が出てる。当分はここにいるしかない」
「王国に帰るという選択肢もあるのではないのか?」
「全部お偉いさんに丸投げして戻るっていうのも悪くない。けど、マリンを返してもらわなくちゃいけない上、こいつも問題だ」
俺が右手の甲をかざしてみると、リースとフェルディナンは目を丸くする。
「なんなのだ? それは」
「守護騎士の紋章だ。たぶん、もう一つの神樹のな」
「もう一つのだと? そんなものがあるのか!?」
「ああ、それは間違いないし、上で俺が触った木がそれだと思う。で……。」
俺は言葉を切って、タブレットを弄ってホログラムを投影させた。
そこにはSFチックな造形の立体と、それを覆う平坦な層が映されている。そして、造形物の上には木のようなものがブッ刺さっていて、赤く強調表示されていた。
「この船――【サンセリテス】のメインエンジンにそれが寄生してる。たぶんだが……こいつと一緒じゃないと俺はまた頭痛に悩まされ続ける気がする」
「一緒って、植え替えでもすんの?」
「無理だろうな。だから――」
俺はデバイスの画面をスクロールすると、造形物が周囲の土を蹴散らして飛び去っていくアニメーションが動く。
「――この船を飛ばす」
「はぁ!?」
言い切った俺に、リースが前のめりになった。
「こんなでっかい船、どうやって……」
「どうにかする。ペルのバックアップ有りで、この四人でな」
「なんでアタシたちも入ってるのよ!?」
がばっと立ち上がったリースはあり得ない、という風に頭を抱える。
残念だが、こうなったからには一蓮托生だ。
こいつらには腹をくくってもらわなくちゃいけない、と俺は語気を強めた。
「嫌なら出てっていいぞ。けれどドールも、ゴーレムもない。連邦ではお尋ね者。それで国に帰ってどう言い訳する気だ?」
「うぐぐぅ~……!」
冷たく言い放った俺に、リースは歯を食いしばって悔しがる。
「リース。こういうときはグレンについていった方がいい。私にはわかる」
「フェルディナン様まで!」
「グレンはすでに戦果も挙げている、二国の騎士だ。それに助けられた恩もある。ここは協力しよう」
フェルディナンは優しく、言い含めるように手を差し伸べた。
すると、リースはしばし迷ったものの、その手を取ってクッションに戻る。
「み、見返りはあるんでしょうね!?」
「衣食住」
「足りない!」
ふん、とリースは息巻いて、俺は仕方なく手持ちのエサを吊り下げる。
「……わかったよ。コトが上手く進んだら格納庫にあるドールを一騎、好きにしろ。ただし、その後も帰国するまでは俺の指示に従え」
「んぅ~~~! 仕方ないわね! やってやるわよ!」
「よし」
まぁ、ドールに選ばれなければ意味がないんだけどな、と思いつつ、俺はタブレットを折りたたんだ。
「こういう場合、準備九割、現場一割だ。どうやってこのデカブツを飛ばすかは俺がまとめる。指示通りに動かせば成功するようにしてやる。いいな? じゃあ今日はこれで解散!」
そう言って、俺たちは各々の部屋に散っていくのだった。
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