第78話 投げっぱなしジャーマンスープレックス
「……少し落ち着きましたか? 貴方様」
「ん~……多少楽になった。頭痛は相変わらずだけどな」
軽い風が吹いて木陰が揺れる。
俺たちはあれから真っ直ぐに追跡されないよう、遠回りをして例の座標まできた。
だが、目で見る限りは何もない。ここにたどり着くのにも俺の体は限界で、【ペルラネラ】を木々の合間に伏せさせて休憩を取っている。
俺はセレスの膝を枕に、額に手をやると汗がべっちょりとついた。
木々が日光を遮ってくれるおかげか、市街地よりかは涼しいが暑いことには変わりない。
そもそも自分の熱のせいで汗が噴き出してきて、俺はベタつく顔を洗いたい欲求に駆られてゆっくりと体を起こす。
「川とか近くにないか……」
「それでしたらあちらの方に小さな湖がありますわ」
セレスが指差した方向を見ると、木々の間から反射する光が見えた。
ついでになにやらきゃっきゃきゃっきゃとした声が聞こえて、俺はため息を漏らす。
「あいつらはハイキング気分か……」
「なにも考えていないのでしょう。まぁ有無を言わせず連れてきてしまったので考えても仕方ないとも言えますけれど」
「ちょっと顔洗ってくる」
俺がふらふらと湖の方向に歩き出すと、セレスは「ではご一緒に」と後ろについてきた。
そうして湖にたどり着くと、なぜか足元に服が脱ぎ散らかされている。
「きゃー! 気持ちいいー! ねぇフェルディナン様! こっちこっち!」
「ま、待ってくれリース。私は泳げないのだ!」
「えー? じゃあ私が教えてア・ゲ――……」
スタッカート付きでセリフを言おうとしたリースと、俺は目が合った。
俺は鈍い頭の回転の中で、なんの情緒もない感想を思う。
意外とコイツ胸あるんだな、と。
――リースは素っ裸だった。
ちなみにフェルディナンは服のまま入っている。野郎の裸なんて見たくもないが。
「~~~っ! ヘンタイ! えっち! ドスケベ! 見るな!」
「さて、顔洗うか……」
「無視すんなし! 少しは見惚れろ!」
数秒で矛盾したセリフを吐くリースをシカトしながら、俺は湖のそばに膝をついて水を掬う。
流れがないにしては随分と透き通っている水だ。そのままでも飲めそうと思うくらいには水質がいい。
俺は手で救った水を頭からかぶるようにして汗を流すと、いささか気分がマシになってきた。
「私も裸で泳ぎましょうか?」
「すっげぇ魅力的な光景だけどフェルディナンがいるから駄目だ」
「ふふっ、それもそうですわね」
言いながら、セレスは濡らしたハンカチで首元を叩くように拭っている。
それだけでも十分に魅惑的な仕草で、やっぱり自分の伴侶は特別だなぁとふわっとした嬉しさが沸き上がった。
「来るなら言いなさいよ! あたしの裸はタダじゃないわよ!」
「お前は俺に言葉通り一生分の借りがあるからそこから出しとけ……」
「ぐぬぬ……! フェルディナン様も突っ立ってないで言ってやってよ!」
「す、すまないリース。少し今は……まだ上がれそうにない」
「なんでー!」
そりゃお前がそんな恰好だからだろ、と思ったが余計なことは言わずに口を噤む。
代わりに目を逸らしながら立ち上がると、ふと眩暈を感じた。
いや、眩暈ではない。何かに引き寄せられるような、呼ばれているような、そう錯覚させる何かだ。
「貴方様?」
不思議そうに呼ぶセレスの声が遠い。夢でも見ているかのような感覚で、俺は前も見ずにその場から立ち去る。
そうして、ぽつぽつと前も見ずに歩いていくと、コツンと額に何かが当たった。
木だ。見た目には他の木と変わりはない。だが、なんだろうか。俺はそうするのが当然のようにその幹に右手を当てた。
すると、聞こえてきたのは声だ。赤ん坊が必死に何かを訴えるような、邪気のない声。
「うっ?」
そのとき、少し鋭い頭痛がして、瞼の裏に光景が映る。暗く、そして広い、建造物の中。その中心に自分がいる。
次に来たのは感情だ。胸が締め付けられるような寂しさ。孤独感。求めているのは多くではなく、ただ一つ――生きたいという願い。
ただそれだけなのに、俺に伝えてくる何かは膨大な量の感情をぶつけてきた。
無作為な感情の濁流。だけどそれは拙く、必死な叫びなのだと直感でわかり、俺は膝を尽きながらも言葉を心の中で作った。
――いいんだ。そんなに叫ばなくても。こんなにたくさんの命が溢れてる森の中なんだ。生きるくらい、誰にでも許される。俺を呼んだのがお前なら、多少の面倒くらい見てやれるかもしれない。
そう伝えると、声は徐々に静かになり、当てた右手から力のようなものが流れてくる。
それは腕を通して徐々に全身に広がってきて、俺の知らない流れのようなものが全身に巡っていく。
暖かい。気温が高いというのに、冷えた体に熱いスープが染み込むような――……ん? なんだか暖かすぎて、いや、熱すぎて痛いくらい――!
「あっつ! 熱い熱い熱い熱い! 燃える燃えてるぅぅぅ!?」
決して俺の体には火がついていないというのに、感じる熱は火そのものだ。俺は思わず体をはたいたが、熱はどんどん全身に広がる。
そこで、急に視界がブレて、三半規管を揺さぶられ、少し経ってから浮遊感を感じた。
すると、俺の頭上にはセレスが腕を上に広げた状態で逆さまに映っている。
違う。俺が天地逆になっているのだ。
と、気づいた時には軽い衝撃と冷たい感覚があって、大量の泡が上がっていくのを見る。
なんだこれ? と思っていると、鼻にツンとした痛みが走り、息が苦しい。
そこで俺は気づいた。――ここは水中だ。
俺はパニックになりつつも全身でもがき、太陽と思しき光に向かって泳ぐ。
「がはっ! けほけほっ!」
水面から勢いよく顔を出し、俺は少し肺に入った水を咳で吐き出した。
投げられたのだ。湖に向かって。
けれど、そんなことに構っていられる余裕はなく、いまだ熱を帯びる体を水の中で冷やす。
特に熱いのは右手の甲だ。
焼きごてを押し付けられているのかのような感覚に、思わず俺は顔をしかめる。
ほどなくして、体を覆っていた熱さが引いた。
だが、前とは違う。なにか体を巡る力のようなものを感じる。
それはどこから来るのかといえば、一番熱を感じた右手の甲だった。
俺はふと、その部分を見て、声を漏らす。
「……なんだこれ」
細い線で描かれた葉のような幾何学模様がそこに浮かび上がっていた。
そしてその黒い光沢――俺には見覚えがある。
ジェラルドの左手の甲にあった紋章と同じだ。
ま、まさか……。
「大丈夫ですか? 貴方様」
嫌な予感を感じていると、セレスが何事もなかったかのように歩み寄ってくる。
「ああ、熱は引いた。迅速な対応どうもありがとう!」
「ふふっ、以前、貴方様が使っていた技を真似してみましたわ」
それはエドガーたちの【レオネッサ】との戦闘でやったジャーマンスープレックスのことだろうか。
まさか未来の妻に投げっぱなしジャーマンスープレックスをやられるとは思いもしなかったが、それ以外に効率的に湖に投げ込む方法が思いつかなくて俺は何も言えない。
それよりも、と俺は右手を差し出してセレスに聞いてみる。
「なぁ、これ、なんだと思う?」
「あら? それはあの威勢の良い騎士と同じ紋章ではありませんか」
……だよね! それ以外にないよね!
「……ということは」
「あらあらあらあら! 貴方様は【守護騎士】とやらに選ばれたのですわね? とても、とても面白くなりそうではありませんか」
両手をパンと合わせて心底嬉しそうなセレスの瞳の奥に獰猛な光を見る。
「本来ならこの国に尽くす騎士に与えられるべき栄誉ある称号を横取りするなんて、さすがは私の騎士様ですわ」
「故意犯みたいに言わないでくれる!? どうすんだこれ!」
「ふふ……ふふふふふ、どうしましょう?」
焦る俺とは真逆にセレスは物凄く楽しそうに笑った。
なんでこう、穏やかな学園生活にならないかな!?
とりあえず落ち着くために、俺はもう一度湖の中へと沈んでみたりするのだった。
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