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底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~  作者: 阿澄飛鳥
第3章

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第76話 彼の目は

「ふぅ……」

 

 リナは激しい運動で高鳴る鼓動を落ち着けるように、長く息を吐く。

 相手が王国の学校内最強の騎士とはいえ、やはり病に伏せていたところを襲撃したのが幸いした。

 膝蹴りで吹き飛ばしたグレンはそのまま壁を突き破り、隣の部屋に大の字になっている。

 【凶兆の紅い瞳】の騎士とはいえ、ドールに乗っていなければその身は脆いものだ。

 

 リナはスカートをまくって太ももに隠してあった短剣を抜いた。

 あとはこれで喉を切り裂けば、主人の――ジェスティーヌの命令は完了だ。

 

 人を殺すのは初めてではない。ジェスティーヌの護衛として戦い、そして従者となるまでに幾人もの命を奪ってきた。侍女というのはリナにとって仮面の一つであり、仕事の側面であるに過ぎない。

 

 そうして一歩、グレンの方に踏み出そうとした、その瞬間。

 

「っ……!?」

 

 強烈な殺気がリナの足を止めた。

 

 ――まさか……!

 

 リナは床に落としていた視線をグレンの方に向ける。

 そこには、首だけを上げてこちらを見る顔があった。だが、先ほどまでの苦しげな表情はそこにはない。そして、決定的に違うのは――。

 

「凶兆の……!」

 

 ――彼の目は紅い光を灯していた。

 

 リナは咄嗟に持っていたナイフを投擲する。

 だがそれがリナの手から離れた時には、グレンが飛び起きてこちらに突進してくるところだった。

 首だけを捻って紙一重でナイフを躱し、グレンは拳を突き出してくる。

 リナはその拳を腕で防御したが――。


「ぐぅっ……!?」


 先ほどまでとは違う、超人的な打撃力。


 ローヒールが床材を滑る音と共に、リナは防御の姿勢で後ろに押しやられた。


 もし魔法で強化していなければ、今の一撃で右腕の骨が粉砕されていただろう。

 痙攣する右腕をなんとか握りしめ、さらに肉薄してくるグレンをリナは迎え撃つ。


 もう手加減はしていられない。


 リナは両方の靴のかかと同士を強く打ちつけ、つま先から仕込みナイフを露出させた。

 そして、グレンの顔面めがけて蹴りを放つ。


 それでも躱されると予見して、リナは旋風のように体を回転させた。


 初撃の上段蹴りは伏せて避けられたが、そのままの勢いで後ろへ肘打ちをかます。だが、それを軽く手でいなされて、リナはさらに速度を上げた。


 回転を維持しながら左の掌底を突き出し、ダンスのステップを踏むようにして後ろ回し蹴りを見舞う。さらにはその勢いを殺さずに足元への蹴りを重ねる。


 その全てをいなされた。


 グレンはリナとは逆の方向に回転しつつ、肘や膝を使ってリナの技の方向を変えてくる。そして、いなされるだけではない。

 その合間をぬった蹴りが飛んでくる気配を察して、咄嗟にリナは片腕に力を集中させた。


 瞬間、視界が大きく開ける。


 遅れて感じた音と痛みに、自分の体が蹴り飛ばされて窓を突き破ったのだと理解した。

 ガラス片と共に落下する体をなんとか捻じり、リナは庭に転がりながら着地する。


 と、そこで異変を感じた。


 苦しい。視界が歪む。立ち上がろうとして、眩暈がリナを襲う。


 息だ。蹴られた衝撃で無理やり肺の中の空気が押し出され、これまでの連撃の反動を肉体が吸収しきれずにいるのだ。


 自分の意志とは無関係に、身体は酸素を求めて肺を膨らませた。

 その一呼吸の間に、敵は迫っているというのに。


 リナは屋敷の上方から感じる殺気に、なんとか地面を両手で押して後ろに転がった。

 同時に衝撃が奔ってさらに後方に転がされる体に、リナは歯噛みする。


 見れば、庭の土に大きな陥没穴が出来ていた。


 その中央で、グレンが右腕を土から引っこ抜く。


 あれを食らっていたら、とリナは背筋を冷たいものが走る感覚を覚える。

 だが、まだ脅威は去っていない。呼吸は荒く、立ち上がるだけの力を取り戻せていないのだ。


 グレンがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


 その顔には銀髪の彼女と似た微笑を浮かべていて、リナには本来、星へと還るはずの魂を狩る死神のように思えた。

 と、そこに窓ガラスが割れる甲高い音が聞こえて、矢のようなものがグレンを襲った。


 しかし、それは綺麗にグレンの手に収まって、リナは驚愕して地面を這って後ずさる。


 違う。グレンを襲ったのではない。()()()()()のだ。今はその手の中にある長剣を。確実に相手を殺すことができる得物を。

 そして、その姿が歪んで見えるほどの踏み込みが来た。


 リナはもう自分に成す術がないとわかり、死を直感する。


 無駄だとわかっていても、両腕を掲げ、来たる痛みに耐えられるように歯を食いしばった。そのとき――。


 派手な音がして、同時に金属がぶつかり合う響きを聞く。


 リナがはっと目を開くと、そこには巨大な()があったのだった。



  ◇   ◇   ◇



「かはっ……!」


 俺は自分に走った衝撃と金属音にはっとした。

 呼吸が苦しい。体が燃えるように熱い。


 今まで俺はなにをしていた? リナさんに蹴り飛ばされて、そこからの記憶がない。


 気がつけば、目の前は暗く、なぜか右手にはセレスの剣があった。


『⚠警告。マスター、これ以上の戦闘は身体に重大な損傷をもたらすと推測する⚠』


 やかましい音を立てて、左腕の腕輪からペルが知らせてくる。

 それを聞いた途端、猛烈な眩暈に襲われて、俺は前にあった何かに体を預けた。


 すると、それは硬質だが、柔らかく俺の体を包み込む。


 そうして朦朧とする意識を繋ぎ止めていると、俺はいつの間にかに騎乗席に倒れていた。


 ここは【ペルラネラ】の騎乗席だ。

 なぜ勝手にペルが? という疑問を振り払って、俺は後部座席へと這い上がる。


 体が悲鳴を上げている。折れた肋骨からの痛みは当然として、体を酷使した跳ね返りのような苦しみに襲われていた。

 荒い呼吸の中、なんとかレバー横のスイッチを操作して、俺は必死に叫んだ。


「セレスっ……! セレスッ!」


 なぜリナさんが俺を襲うのかはわからない。けれど、どんな状況にあっても俺の味方をしてくれる存在の名を、俺は必死に呼ぶのだった。


 

  ◇   ◇   ◇

 


『セレス!』

「あら……?」

 

 屋敷の一階、談話室の壁際で、セレスは自分を呼ぶ声に首を捻った。

 

「くっ……! かはっ……!」

 

 その片手では白い首筋――ジェスティーヌの首を壁に押し付けながら、セレスは思案する。

 

 先ほどグレンに愛用の剣を投げ渡した時点で、てっきりリナの首を刎ねているところかと思ったが、そうではなさそうだ。

 どちらかといえば助けを求めるその声色、そして急に現れた【ペルラネラ】の行動に疑問を持つ。


 しかし、セレスにとってはそれは些細なことでもあった。


 なにせ異国の地で初めて出来た友人を、今まさにくびり殺すことができるのだ。

 彼女は良き友人であり、同時に尊敬に値する戦士でもある。

 対等に戦い、その果てに一生に一度しかない死という贈り物を授けることができるのは、友人として光栄なことだ。


 その役目に自分を選んでくれたのだから、セレスは嬉しいという感情に満ちている。

 だが――。

 

「お嬢様をッ! 放せッ!」


 ――邪魔者が入った。


 ガラスの割れる音と共に一直線に飛んできたそれをセレスはもう片方の手で受け止める。

 それはリナの履いているローヒールだった。


「なっ……!」

 

 最大限の体重と加速をかけた蹴りだったのだろう。

 リナの目が驚愕したように見開かれる。


 しかし、受け止められたと見るや、彼女は空中で身を捻って追撃の蹴りを見舞ってきた。

 その靴の先端には鋭利な刃物が生えていて、セレスは惜しみつつもジェスティーヌを解放する。


 こういった暗器には毒が塗られている可能性があった。だから大きく避けざるをえない。


『せ、セレス……!』


 そのとき、再び伴侶が自分を呼ぶ声が聞こえる。

 それを聞いて、セレスは成すべきことの優先度を変えた。


 この友人に星へと還るという祝福を与えるのはまたの機会にしよう。このメイドの相手もしている暇はなさそうだ。


 セレスはリナの下へと潜り込むように姿勢を低くして窓へと疾走する。

 そして、先ほどリナが飛び込んで割った窓から外へ出ると、開放されている【ペルラネラ】の騎乗席へと飛び込んだ。


「貴方様?」


 言いながら後部座席にもたれかかるグレンの顔を覗き込む。

 彼の顔色は鈍色に近く、呼吸も荒い。

 軽く頬に手を当てただけでもその体温の高さがわかった。


「待ってくださいまし。今、あの二人を殺して、すぐにお部屋で休めるように――」

「いや、ここを出る……!」


 短く答えたグレンに、セレスは何か目的があると察する。

 その一言で、セレスは大人しく前部座席に座るのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます!

いかがでしたでしょうか?


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作者は執筆活動を続けることができています!


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