第74話 二度目なんでな
「で、何も出来ずにマリンを攫われたと」
「すまねぇ兄貴。俺はなにもできなかった……」
無惨な姿でベッドに横たわるエドガーを俺は冷ややかに見下ろす。
エドガーは街で騒ぎを聞きつけたリオネルによって屋敷に運び込まれ、使用人たちに応急手当をされていた。
腫れあがり、拭いきれていない土汚れを残した顔のままエドガーは目で謝ってくる。
これが五体満足だったらブン殴っていたところだ。
だが、この惨状はエドガーが出来る限りの抵抗した結果なのだろうと俺は察する。
「なんでジェラルドがマリンを……。あいつは何か言ってなかったか?」
満身創痍のエドガーを休ませてはやりたかったが、最低限の情報がなければ動きようがない。
俺が聞くと、切れた唇を引き攣らせながらエドガーが答える。
「そ、そうだ……。【巫女】がどうとかって言ってたぜ……」
「【巫女】!?」
俺はその言葉に驚き、頭の中で点と点が繋がったような感覚を感じた。
そうだ。マリンが気にしていたあの手の甲の痣。あれはジェラルドが見せた守護騎士の紋章に似ていた。なんで早く気づけなかった!? いや、でもあのときは化粧品でほとんどを隠していたし、俺も頭が回ら――。
と、考えていたら、ふらっと眩暈が来て、俺はエドガーのベッドにもたれかかる。
「貴方様! 無理をしないでくださいまし!」
「マリンが【巫女】――ヒロインなんて……。だからジェラルドはマリンを自分のものにしようってか」
だとすれば、一刻も早くマリンを奪還しなければならない。
エドガーをボコボコにして無理矢理誘拐する輩に、マリンを奪われるわけにはいかない。
だが、高熱のせいで体に力が入らず、俺は荒い息を上げた。
「はぁ……はぁ……。くそっ! こんなときに……!」
「貴方様、今すぐにでもマリンを助け出したい気持ちはわかりますわ。けれど、恐らくすぐにはマリンに手荒な真似はしないはず。あの主人公とやらも言っていたでしょう? まだもう一つの神樹の場所もわからないと。それに愛の力が必要とも言っていました。ならばなおさらですわ」
「それを強要させられたらどうする!? 血を分けたたった一人の妹なんだぞ!?」
「であれば、確実に助け出さなければなりません。人質にされる可能性もありますわ。ここは体調を万全にして、策を講じてから動き始めたほうがよいと私は思います」
ふらふらとする俺の顔を両手で優しく包み込みながら、セレスは言う。
そのまなざしは真剣なものだった。
俺は焦る気持ちを落ち着けて、セレスの言葉を反芻する。
ここで下手に動くのも悪手になる……か。けれど、マリンを暴力を使って奪ったやつの手に落ちているという状況が、俺は不安で仕方がない。仕方がないが、セレスの言う通りだ。
「……わかった。今は体を休める」
「いい子、ですわ。貴方様」
俺が苦しく言うと、ぎゅっとセレスは俺を抱きしめてきた。
嗅ぎなれた香りが鼻孔に入ってきて、俺は強張った体を弛緩させる。
「それと兄貴……。ジェラルドのやつ、わけわかんねぇ力を使いやがった。気をつけろ」
「お前が食らった重力魔法か?」
「あぁ……。なんつってたけな……。『神樹に願う』つって両手をこう……痛てて」
「無理するな」
日本人で言う、合掌のポーズをしたエドガーはしてみせた。
その仕草と言葉で、魔法のような力を発動したのだとすれば、【巫女】の力がなくとも【守護騎士】はある程度、神樹の力を使うことができるのかもしれない。手の甲に紋章を刻まれているのならあり得る話だ。
「はぁ……。とにかく、わかった。エドガー、あとは休んどけ」
「本当にすまねぇな、兄貴。役に立てなくて不甲斐ねぇ……」
そう言葉をかけると、エドガーは目を瞑り、大きく息を吐いて休息に入る。
俺もセレスに支えられながら部屋を出ようとすると、扉が開いて和服の美女が現れた。
ジェスティーヌだ。
「貴公、リオネルから話は聞いた」
「ああ。マリンが攫われた」
「……先を越されたか」
「なに?」
ぼそっと呟いたジェスティーヌに聞き返すと、彼女は首を振って話を続ける。
「学校は全寮制だ。連れていかれたのならば実家だろう」
「ジェラルドの実家か。すぐにでも【ペルラネラ】でカチコミたいところだけど、俺もこのザマだ。体調を整えてからマリンを助けにいく」
「そうか。……セレス」
「なんですの?」
腕組みして苦い顔をしていたジェスティーヌは、セレスの方に顔を向けた。
「あとで話がある。談話室に来てくれ」
「……? わかりましたわ」
不思議そうに小首を傾げたセレスだったが、すぐに了承して頷く。
俺はそんな二人のやり取りに若干の違和感を感じつつも、セレスの助けを借りて自室に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
「あ~……くそっ! なんでこうも不運が重なるかなぁ?」
俺は自室のベッドに転がりながら独り言ちた。
横になっていれば多少気分はマシになるが、返ってそれによりマリンの心配する考えが浮かんでしまう。
まさかマリンが【巫女】でヒロインになるとは。
ジェラルドの言い方ではてっきりヒロインとして選んだ女性が【巫女】になるものだと思っていたが、実際は違った。
マリンを攫ったことからして、【巫女】になった女性を選ぶからヒロインになるのだろう。
とはいえ、無理矢理攫ったマリンがジェラルドと恋仲になるとは考えにくい。
それをジェラルドはどう認識しているのか。
情報が少なすぎる……。そもそも何がわからんのかわからん。
俺が熱を持った額に手を当てて思案していると、そこにコンコンという音が聞こえた。
誰かが扉をノックしたのだ。
「開いてるよ……」
セレスだろうか、と思っていると、扉を開けたのは少し予想外の相手だった。
「ハワード様、失礼いたします」
「リナさん?」
現れたのはメイド服をシワ一つなく着こなしたジェスティーヌの侍女――リナだった。
俺は不思議に思いつつ、寝たまま目だけを彼女に向ける。
「何か用ですか?」
「マリンがいないのでお世話を、と」
「いやいや、セレスがやってくれるから大丈夫ですよ」
というより、赤の他人に世話をしてもらうというのが俺は落ち着かない。
しかし、リナさんは俺のベッドの横まで来て、一礼する。
「セレスティア様はお嬢様とお話をしていますので。ハワード様……?」
「はい?」
「このリナがお世話をさせて頂きます……」
そう言うリナさんの雰囲気に俺は異変を感じ取った。
これは……なんだ?
俺が困惑していると、リナさんはロングスカートの裾を持って、それをゆっくり持ち上げる。
え? え? なに?
スカートはそのまま持ち上げられ、白いソックスを履いた美脚が現れた。
そして、ガーターまでもが露わになって……最後にフリルのついた下着までもが俺の視界に映る。
突然の誘惑――俺はその下着と白い肌に目が釘付けになってしまう中で、さらなる違和感を感じた。
なに? なんだコレ? なにかがおかしい。リナさんが下着を見せてくる時点でおかしいけど、そうじゃない。これは、これは……――!
「ふッ!」
「おわぁ!?」
――殺気ッ!
高々と上げられた足の踵が俺の首があった場所に深々と刺さる。
間一髪で踵落としを避けた俺に、リナが目を丸くした。
「驚きました。大抵の殿方はこれで落ちるのですが」
「寝込みを襲われるのは二回目なんでな……!」
ベッドの反対側へ降りた俺は、無意識に構えを取りながら言う。
状況はわからない。なんでリナさんが俺を襲うのか。リナさんの一撃はベッドの中身が露出するほどの威力で、確実に命を狙ってきたのは間違いない。
「不意を狙ったこと、失礼いたしました。それではここで……死んで頂きます!」
「ご丁寧にどうも!」
ベッドを飛び越えたリナさんの蹴りが俺の頭上を掠める中、俺は発熱による眩暈を感じつつも身を捻って反撃するのだった。
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