第72話 自由の代償
「マリン……? お前はもういいのか? 無理してないか?」
「うん、この通りぜんっぜん良くなったよ!」
次の日、相変わらず俺の調子は悪いまま寝込んでいると、メイド服を着たマリンが部屋を訪ねてきた。
確かにマリンの顔色は良く、昨日まで同じ症状で寝込んでいたとは思えないほど快活そうな表情だ。
それに対してなんで俺は治らないんだよ、と思いつつ、よろよろと体を起こす。
「まだ寝てないとダメだよ、お兄! 顔真っ青だよ?」
「いや、寝てるだけなのもそろそろ飽きてきただけだ。……みんなが学校で上手くやってるのか気になって仕方ない」
「あー、独特らしいね。この国の学校。ジェスティーヌ様は今日は休んだみたいだけど」
マリンの言葉に、俺は片眉を上げて聞き返した。
「ジェスティーヌが? なんでだ?」
「なんか用事があるとかって」
リナっちもそれについていくから外出してるよ、とマリンは付け足す。
用事……というと貴族の大体は家のそれだ。
ジェスティーヌの母親の実家がこの国にあるので、たぶんそれに関係したことかもしれない。
なににしろ他人の家のことに首を突っ込むのも野暮だ。
そんな風に考えていると、マリンが右手の甲をさすっているのに俺は気づいた。
「手、どうかしたのか?」
「ああ、うん。なんか痣? みたいなのが出てきちゃって」
マリンが手を見せてくると、確かにそこには白い痣のようなものがある。
だが、痣というよりかは何か……不完全な模様のように見えた。
「なんか……どっかで見たことあるような」
「そう? とりあえず化粧品で隠してるんだけどなんか見えちゃうんだよね」
熱でぼんやりとした俺の頭ではそれがなんなのか浮かび上がってこない。
これ以上考えると、また頭痛が襲ってきそうで、俺は途中で思考を放棄する。
「ジェスティーヌが戻ってきたら聞いてみてもいいかもな」
「うん。そうしてみる。あ、でも、エドガー様が帰ってきたら買い物に付き合ってもらうんだった」
「病み上がりでか? おとなしくしといたほうがいいんじゃないか?」
俺が心配すると、マリンはふんすと鼻から息を吐いて腰に手を当てた。
「だいじょーぶ! 無理してないし、あたしはお嬢様の御付きだからちゃんとしないと! お兄は心配しすぎ!」
そう言ってニカっと笑うマリンに、俺は息を吐いて首を振る。
まぁ、マリン本人がやる気があるなら仕方ないか。それよりも俺は自分の体調を元通りにすることを優先すべきかもしれない。そうじゃないといつまでもセレスまで学校を休むことになる。
セレスは俺が休むのなら自分も行かないといって、今は屋敷で暇を持て余していた。いわく、一心同体の俺たちは常に一緒にいるべきだから、という理由らしい。
元々引きこもり令嬢であっただけに俺という理由がないと、学校という場所にも意味を感じないのかもしれない。
「……じゃあ俺はまた寝るよ」
「うん。何かあったら呼び鈴鳴らして! 近くにはいるようにするから!」
そう言って部屋をあとにするマリンを見送って、俺は再びベッドに横になるのだった。
◇ ◇ ◇
「挨拶にしては随分遅かったのう、ジェスティーヌ。儂は孫娘に会えるのを楽しみにしてたんじゃが」
「ご挨拶にあがるのが遅れて申し訳ございません。お爺様」
あぐらをかいてふんぞり返る老人が低い声で言うのに対し、和服を着たジェスティーヌは畳に正座をして恭しく頭を垂れる。
その人物はジェスティーヌの祖父――【ヴィクトル・ケーレナンス】だった。
齢五十前後にして現役の守護騎士である彼は、老いを感じさせない大柄な肉体と精悍な顔つきを保っている。
「ふん……。母親と同じで躾のなっていない女じゃ。じゃがのう。お前さんに良い話があるぞ」
「……なんでしょうか」
ジェスティーヌが顔を上げてヴィクトルを見ると、その顔は傲慢そうに頬を吊り上げていた。
「お前さんの嫁ぎ先を用意しておいたぞ。いい機会じゃ。このまま嫁としてこの国に嫁いでくればよい」
「っ……!」
予想は出来ていた。
だが、同時にジェスティーヌはそれに対して明確に拒否することはできないこともわかっていた。
「私にはまだ学校で学ぶべきことが――」
「学校なぞ女には不要じゃ!」
苦し紛れに学校という単語を出すと、ヴィクトルは目をかっと開いて怒号を上げる。
空気が震えるようなその勢いを受け流しながら、ジェスティーヌは冷静に言葉を作った。
「神樹に関して一つ、重要な報せがあります」
「……ほう? 言うてみろ」
ヴィクトルは案の定、食いついてくる。
神樹はこの国にとって最も重要な存在だ。ヴィクトル自身も守護騎士という座に座っていられるのも神樹に選ばれた騎士だからだ。
ジェスティーヌは短く息を吐いてから、最低限の情報を口にした。
「【巫女】と思しき者を見つけました」
「なんじゃと……!?」
ガタっと椅子から立ち上がったヴィクトルを、ジェスティーヌは内心冷ややかに見る。
「なぜ……いや、誰じゃ!?」
「それをお伝えするのであれば、条件があります」
言うと、ヴィクトルの鋭い視線がジェスティーヌを射抜いた。
「女が一丁前に、ワシに向かって取引のつもりか!」
青筋を立てて怒鳴るヴィクトルに、ジェスティーヌは続けて言う。
「私は王国の騎士です。連邦の貴族に嫁ぐ気はありません。それを飲んで頂ければお教えしましょう」
「この小娘めが……!」
低く唸るように吐き捨てたヴィクトルは、椅子に座り直した。
そして、少し思案したあとに、笑いを漏らす。
「……くっくっく。いいじゃろう。だが、それだけでは足りんな。巫女がいるとわかれば探せばよいものだ」
「では、新たな守護騎士が選ばれようとしているという話はどうでしょう?」
ジェスティーヌの言葉に、ヴィクトルは首を捻った。
「それがなんじゃ? 新たな守護騎士が選ばれるのは常のこと」
「それが……他国の男だとすれば?」
その言葉に、ヴィクトルの目が見開かれる。
「ありえん! 守護騎士の座は長く神樹を守ってきた血筋と、この地での武勲によって選ばれるもの! それがどこの馬の骨かもわからぬ輩が……!」
「それが現に選ばれようとしています。私としてはこのまま放っておくこともできますが」
「チッ……!」
舌打ちをしたヴィクトルは苦い顔をした。
だが、またすぐに笑みを浮かべて、椅子から立ち上がって近づいてくる。
そして、粗雑に股を開いてしゃがみ込み、ジェスティーヌの耳元で囁くように言った。
「……そんなにもこの国を嫌うか?」
「私には王国の騎士としての誇りがあります」
「ならその誇りにかけて――」
ヴィクトルが口を動かす粘着質な音を立てて、続ける。
「――その男を消してこい」
「……っ!」
ジェスティーヌは言葉を失った。
この男は孫娘に対して、手を汚せなどと言っている。
しょせん、この国では女は人として扱われていないのだ。
改めてそれを実感したジェスティーヌは、まばたきせずに怒りを押し殺して答えた。
「それを成せば、私の結婚はなかったことにして頂けるのですね?」
「考えてやらなくもない」
「いいえ、神樹に誓って頂きます。でなければ私は傍観させてもらいましょう」
ジェスティーヌは息のかかる距離で自分の祖父と睨み合う。
ややして、鋭い視線のままヴィクトルは折れた。
「ふん……。仕方あるまい。神樹に誓って、お前さんの好きにすればいい。その男を消せれば、じゃがな。そして巫女の身柄もこっちに引き渡すのじゃ」
「承知いたしました」
ジェスティーヌが目を伏せて、そのまま正面に頭を下げる。
そして、ヴィクトルがその場を去る音を聞いてから、目を開けた。
――代償……か。この身の自由を得るための。
討つしかないというのか。【凶兆の紅い瞳】、そしてその騎士、グレン・ハワードを。
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