第71話 伏せる兄妹
「な、なんでこうなったぁ……?」
次の日、普通に学校生活にしゃれこもうと考えていた俺は、ベッドの上で仰向けになり、頭には濡れたタオルを被せられていた。
体の節々が痛い。鼻水が止まらない。頭が痛い。意識が朦朧とする。
つまり俺は風邪をひいていた。
確かにこの国来てから少しばかり頭痛を感じてはいたが、まさか本格的に病にかかるとは思わなかった。
「旅の疲れでしょうか? マリンも心配ですわ」
俺の看病にセレスは学校を休んでまでついてくれている。なぜかといえば、マリンも同じく熱で倒れてしまったからだ。
兄妹揃って倒れるとは、ツイていない。
「マリンも同じ症状か……? 流行り病とかじゃないよな」
「ええ、リナがついていますが、貴方様とまったく同じ症状ですわ。けれどお医者様もそんなことは仰っていなかったですし、ジェスティも知らないようでした」
うーん、とセレスは頬に手を当てて唸る。
そんなセレスの手をふらふらの頭で取って、俺は鼻声で言った。
「セレスも気をつけろよ……。うつったら悪い」
「私、祝福のせいか病の類はかかったことがありませんの」
「【天武】か? ならなんで俺がかかってんだ……?」
「そこが不思議なんですわ」
【天武】の祝福は【ペルラネラ】の同調で俺にも影響がある。それは俺の身体能力が常人以上になっていることから間違いはない。
なのに俺が風邪をひいているというのは妙な話だ。
「逆に考えたらそれだけ重い病気かもしれないぞ。セレス、看病はいいから……」
「いいえ、セレスティアは貴方様と共におりますわ」
取った手をぎゅっと握って、セレスは俺の頬を撫でてくる。
その手は熱のせいか、冷ややかで、当ててもらっているだけでも気持ちいい。
「……弱ってる俺なんて見たくもないだろ」
「何を仰いますの。弱ってるからこそ支えるのが妻の務めでしょう?」
つい最近、精神的に参ってるときに殺されかけたが、この場合はそれに順じないらしい。
あれも俺を支えるためのセレスなりのやり方だったんだろうけど、ちょっとは手加減してほしかったな!
「ふふふ。けれど、弱っている貴方様も可愛いですわね。ふふ、ふふふ……」
ぶるる、と俺は寒気を感じる。
それはセレスの紅く輝く瞳に見下ろされているせいなのか。それとも風邪のせいなのか。
そんなことを考えていると。
「うっ――!?」
そのとき、俺の頭に鋭い痛みが走った。
またこれだ。熱による頭痛とは違う。刺すような痛み。
だが、今回は少し違った。
痛みに目を瞑った瞬間、俺の視界に何かが映った。
これは……森? 暗く広い場所……? 木の根のようなものに覆われた球状の……なんだこれは?
そして、俺が感じたのは映像だけではない。感情……何かが俺を求めているような、助けを求めているような息苦しさだ。
「貴方様、貴方様!?」
「っ……!」
気がつくと、俺は自分で頭に手をやった状態でセレスに揺さぶられていた。
何だ今のは……? 幻覚か……? 熱でおかしくなってしまったのか?
痛みはまた、尾を引くことなくさっと散っている。
俺は痛みで止めていた息をゆっくりと吐いて、セレスの手を握った。
「だ、大丈夫だ」
「ひどい汗ですわ」
「なんか、変なものが見えた……。けどもう痛みもない」
『マスター』
心配そうなセレスを安心させるように言うと、不意にペルの声が上がる。
「どうした……?」
『マスターが痛みを感じた瞬間、マスターの身体に対してわずかに外部からの魔力干渉を観測した。その頭痛は通常の病によるものではないと推測する』
「なんだって……? 何からだ?」
『当方の観測可能な範囲外のため不明。しかし、方角と距離は判明した』
「どこだ?」
『マスターの位置から北北西。当方の位置からの方角より距離計算中……およそ七十五キロメートル』
「はぁ!? なんでそんなとこから俺にピンポイントで魔力が飛んでくるんだよ!」
七十五キロメートルなんて完全に首都の外だ。そこに何があるかなんてわかるわけがないのだが、俺は言わずにはいられなかった。
『不明……だが魔力の伝達に関してはある程度まで距離や障害物は無視できる。何かの因果、縁、目印……そういったものがあれば可能である』
「え……。なにそれ、俺なんかに呪われるようなことしたか……?」
『否定。魔力の特性は攻撃性のあるものではなく、通信の類と類似している』
「なんだよそれ……」
とんでもなく離れた場所から俺にメッセージ的なものを送ってるやつがいるってことか?
「ペル。その送られてきた魔力と体の不調は関係あるのですか?」
『関連性は否定できない』
セレスの問いに、ペルは即答した。
「そいつをどうにかしないと俺、死ぬ……?」
『ただちに命の危険はない』
「信用できねぇ……!」
別にペルを信頼していないわけではないけど、もうちょっと言い方があるだろ!
『ひとまずは食事と睡眠により体力を温存することを推奨する』
「……わかったよ。セレスもそれでいいか?」
「わかりましたわ」
とりあえずは寝て、食べて、さっさと良くなろう。
じゃないとこの隠しボスが一人でどこぞに突撃して、場合によってはまた話がしっちゃかめっちゃかになるかもしれない。
腰の短剣を抜いてこの国特産の果実を、見えない速度でバラバラに斬るセレスを見ながら、そう思うのだった。
頼むから普通に看病してほしい……。
◇ ◇ ◇
「ううっ……」
ベッドに寝かされたマリンがうめき声を上げる。
リナ・フェスタ――リナはそんなマリンの額に乗せられたタオルを交換して、様子を見た。
すると、マリンは薄く目を開ける。
「リナっち……?」
「マリン。大丈夫?」
高熱にうなされていたのだろうが、リナは問いかけた。
すると、マリンはゆっくりと頷く。
「ごめんね……。迷惑かけて」
「仕方ないわ。長旅は初めてだったのだから」
「あたし、お嬢様の使用人なのにこんなことになっちゃって……みっともないね」
「そんな風に思わないで。ゆっくり休めばすぐに治るわ」
リナがマリンの頬をゆっくり撫でると、硬くなっていた表情がわずかに緩んだ。
そして、マリンは天井に目をやって呟くように言う。
「なんかね……。夢を見たの」
「夢?」
マリンの言葉にリナは首を傾げた。
「どこか……森の中で、一人ぼっちで……。暗い場所で……。誰かが助けてって言ってくるの」
「……そう」
随分と鮮明な夢を見たようだ、とリナは思う。
そんな話をしてくるのも、熱に浮かされているためか。
「あたし……助けたい」
「夢の話でしょう?」
「……そう。そうなんだけど、夢じゃないような気がして……」
マリンは苦しそうに呻いた後、自分の右手を覆うように握った。
その仕草を、リナは疑問に思う。
「……右手がどうかしたの?」
「ううん……。なんだかこうしていると安心するの」
高熱、鮮明な夢、そして、右手。
頭に一つの可能性が浮かんで、リナは息を飲んだ。
そして、片方の手で覆われたその右手に、わずかに紋様のような白い光が漏れているのを見て、確信に変わる。
――これは、まさか……。
いや、だが……しかし、あり得るのだろうか、とリナは考えた。
この少女がそれであるならば、同時に熱を出しているグレンもそうである可能性が高い。
「……マリン。ちょっと席を外しますわ」
「うん……」
これは自分では手に負えない事実だ。
リナはそう考えて、主の指示を仰ぐために部屋をあとにするのだった。
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