第70話 もう一つの神樹
「いいか? まず俺の知ってる物語の軸は神樹だ。こいつが色々としでかすから俺がそいつを収めるハメになる。つってもまだ何も始まってねェけどな」
放課後。
俺はセレスと一緒に学校近くのカフェでジェラルドと対面していた。
カフェといっても内装は木で統一されている和風で、茶屋といった感じだ。
その木のテーブルに肘を尽きながらジェラルドが窓から見える神樹を親指で示す。
「物語的にはまだ序盤って感じか。しでかすっていうのは何が起こるんだ?」
ジェラルドの示す神樹は巨大すぎて、ここからでは幹しか見えない。
それを見ながら俺は聞くと、「ハッ」とジェラルドは笑った。
「あいつは厄介な魔法生物でな。木のくせしてナワバリってやつにうるせェんだ」
「縄張り?」
「あァ」
ジェラルドが頷くと、ちょうど店員が飲み物と菓子が運ばれてくる。
それは焦げ茶色の液体と、暗い赤の四角い菓子だった。
俺はその香りにはっとして、カップの中を覗き見る。
「まさか……これ、コーヒーか?」
「さすがは千輝星長様だな。王国や帝国じゃ中々手に入らねェだろ」
「こっちじゃ初めて見たぞ。それと、これは羊羹か?」
「俺サマは甘ったるいのは好きじゃねェけどな」
言いながらもジェラルドは自分の分の羊羹をつまようじで一口含んだ。
俺もそれにならって菓子を食べると、少し風味が違うような気はするが、その甘味は確実に羊羹だ。
そして、焦げ茶色の飲み物を含むと、下の上に残る菓子の甘さが酸味と苦みで中和されていく。
コーヒーと羊羹。完全に和洋折衷だが、中々に合う組み合わせだ。
確か羊羹は大量に砂糖を使っている分、保存に適しているとか聞いたことがある気がする。
熱帯地域である連邦ならではかもしれない。
ゲームの世界とはいえ、やっぱりそこらへんは理にかなっているのだろう。
「……で、その縄張りを荒らす何かが出てくるってことか?」
俺はひとしきりコーヒーと羊羹の風味を味わった後、ジェラルドに話の続きを促した。
「そうだ。そいつは……もうネタをバラしちまうが、もう一つの神樹だ」
「あんなデカいのがもう一本出てくるのか!?」
「んなわけねェだろ。最初の見た目はただの木と変わらねェ。けど魔法生物ってトコは同じだ。成長すれば今ある神樹と同等の存在になるってのを感じ取るんだろうよ。それで敵が来たっつって感じ取った神樹が【巫女】を選ぶのさ」
「【巫女】?」
「ハッ……。ヒロインって言えばわかるかァ?」
それを聞いて、俺は腕組みして背もたれに体重を預ける。
「……そのヒロインを守るためにアンタが戦うって話か?」
「間違ってはいねェな。ただ、【巫女】ってのは神樹から大量の魔力を引き出すことができんだ。そいつの力と【守護騎士】の俺サマがタヴァルカでもう一つの神樹と戦うってワケよ」
ジェラルドは誇らしげに左腕を掲げた。
その手の甲には非常に細い線で描かれた花のような紋章が浮かび上がっている。
ただ、特徴的なのは点線で引かれた幾何学模様で、その表面は黒い光沢だ。
あれが【守護騎士】である証らしい、と俺は察した。
そのとき、俺の左腕の腕輪がわずかに明滅したことに気づく。
俺はさりげなく頬杖をつくようにして、左耳を指で塞ぐと、ペルの音声が小さく聞こえてきた。
『マスター。この話はそう単純な話ではないと察する』
同感だ。俺は黙ってペルの声に耳を傾ける。
『物語の問題がもう一つの神樹に集約されているのであれば、脅威となる前の現段階でそれを処分すれば解決するはずである。また、【巫女】や【守護騎士】という存在がもう一つの神樹にも現れる可能性は否定できない。と、なれば規模は不明だが内戦が勃発する可能性もある』
確かにそうだ。ジェラルドが今、もう一つの神樹を放置しているのはなぜなのか。誰かがもう一つの神樹を見つけて悪用する可能性はないのか。
俺はジェラルドの真意を確かめるために聞いてみる。
「その【巫女】になる女性――女性でいいんだよな? それはわかってるのか?」
「あー……そいつは俺サマ次第だ」
「なんだって?」
ジェラルドは答えるに視線を宙に彷徨わせていた。
「なんだ……その、こっぱずかしい話だがよォ。【巫女】の力を引き出せるのはいわゆる愛の力ってやつが必要なのさ。つまりは俺サマの女になるヤツが【巫女】だ」
「まさか、まだ決まってないのか……?」
「決めてねェんだよ!」
ジェラルドは少し声を大にして言う。
ということは、【巫女】――つまりヒロイン候補が何人かいて、その中から選びきれていない。もしくはその段階にまで発展していないということか。
俺は事のついでに踏み入ったことを聞いてみた。
「その様子だとあれか。もう一つの神樹の場所とかわからない感じか」
「……鋭いじゃねェか」
「話を聞いていればな……。あと、どうせ戦争が起こるんだろ?」
「お前、本当に何も知らねェのか……?」
ペルの意見を持ってカマをかけてみたが、どうやら当たりらしい。
まぁ、そりゃ一言二言で説明できる程度の物語だったら、事を知っているジェラルドがどうこうしているはずである。
「ちゃんと話してくれよ。じゃないと下手したらストレンジャーとやらの俺のせいで物語が破綻するぞ」
「チッ、上等だ……って言いてェが、仕方ねェな」
俺は話を引き出すために、可能な限り穏便に言うと、ジェラルドは歯噛みした。
やっぱり話せばわかるやつではある。
「今の連邦の体制に不満があるやつらがもう一つの神樹を担ぎ上げるのさ。そういうヤツらを炙り出して潰さねェとならねェ。だからもう一つの神樹の在り処がわかってても俺サマァ何もしねェぜ?」
「なるほどな。この国も色々と問題を抱えてるわけだ」
「そういうこった。だからストレンジャーのお前ェらは余計なことに首を突っ込むんじゃねェぞ」
「言われなくてもそうする。けどなぁ……――」
俺はコーヒーを一口飲んで、横に座って静かにしていたセレスを見た。
すると、セレスはふふっと笑う。
「けれど、降りかかる火の粉は払いますわ」
そう。何もしなくても俺たちは厄介を呼び寄せる。
それが俺やセレスの意志かどうかはもはや関係ない。そういうものなのだ、と今までの経験から俺は覚悟していた。
「ククッ……。いい女じゃねェか。肝の座った女は嫌いじゃねェ」
自分の伴侶に対して言うのは憚られるが、お世辞にも他人にオススメできる女性ではないと俺は思う。
セレスと出会ってから、俺はもうすでに一般人の一生分を超える勢いで命の危険を感じているのだから。
「まぁ、だいたいわかった。他になにかないか?」
俺が納得したと頷いて聞くと、ジェラルドの顔が苦いものになる。
あ。なんかコイツ大事なことを言ってないな……。
「……そのもう一つの神樹だけどよォ」
「おう」
「木自体はデカくねェんだが……。でけェ遺跡そのものを丸飲みして化け物になるんだわ」
「クッソ大事なことじゃねぇか!」
俺は頑丈な木のテーブルに拳を打ち付けて項垂れた。
「どんだけデカいんだ……?」
「そんな大したことはねェよ! ……たぶんな」
「わからねーのかよ!」
「仕方ねェだろ! こっちは――」
そこで、ジェラルドは口を噤んだ。
こっちは、なんだ……?
「こ、こっちは……実際に見たわけじゃねェからな」
そりゃそうか。ゲームをやっていたとはいえ、実物を見るのとは違う。ジェラルドがどんなゲームをやっていたかはわからないが、ゲーム画面と縮尺が異なる場合もあるだろう。
俺だってこの世界に転生して、初めてゴーレムやドールを見た時は圧倒されたものだ。
「倒せるのか? そんな化け物」
「主人公サマだぜ? どうにでもなるだろ。巫女の力さえありゃ神樹の全力を出せんだ」
「上手くいくことを祈ってるよ……」
「ハッ! 任せろ」
自信に満ちた言葉だが、ジェラルドは先ほどのように自分を指差すことなく、どこか遠いところを見ている。
自分が主人公とわかっているとはいえ、やはり実際に戦うとなれば勝てる確信というものは得られないものなのだろうか。
俺はそんなことを察しつつ、冷めてしまったコーヒーに口をつけるのだった。
約1年ぶりの更新です。
お待たせしました・・・! 第三章終わりまで毎日更新でやっていきます!




