2購入品目 湯たんぽ
基本1話完結型です。
最近は秋から冬に移り変わる季節の途中で、だんだんと寒くなってきていた。
貧乏とはいえ、一領主の住まいである石造りの城は冷え込んでいた。
今年は坊っちゃまがカードゲームを売り出したため懐が暖かく、例年より多くの薪と備蓄食を購入することができた。そのため、使用人一同は坊っちゃまに感謝をしていた。
そんなある日、坊っちゃまは寒さで布団に包まりながら、ふと寒さを緩和する商品の購入を思いついたようだ。
「ねぇ、マリア。みんなに使い捨てカイロを買おうと思うんだけどどうかな?」
「使い捨てカイロとはどんな物ですか?」
坊っちゃまに転生者とバレていないためすっとぼけて商品の説明を聞いてみた。
内心では、使い捨てカイロ!それは持ち運びに便利な暖房グッズ!凄く欲しい!今すぐ欲しい!と思いながら。
「袋から出してシャカシャカしていると半日ぐらい暖かくなるんだ!」
「暖かくなるのですね。再利用はできるのでしょうか?」
「それはもちろんできないよ。使い捨てだもん」
冷静になって考えると、確かカイロは鉄を酸化させる時に発生する熱で暖かくする物だったはず、再利用が難しいので、冬の間全員が暖まるにはもの凄い量がいるため、莫大なお金がかかるのでは?
残念だけど、費用対効果も悪く、酸化鉄の処分方法に関する知識が不足しているので、諦めるしかないな。
「それでは皆に行き渡るようにするには、繰り返したくさん購入する必要がありますので、お金がいくらあっても足りませんね。坊っちゃまの心遣いはありがたいのですが、違う物を購入した方がよろしいのでは?」
「皆んなが暖かくなると思ったのに」
坊っちゃまはしょんぼりして布団の中に潜った。
坊っちゃま可愛い!
坊っちゃまの気持ちは大変嬉しいけれど、流石に環境汚染はまずい。他に良い商品があれば是非購入していただきたいので、もう少し聞いてみましょう。
「他に皆が暖かくなれて、何度も使うができる品物はないのですか?」
坊っちゃまは布団から少し顔を覗かせながら、前世の記憶を思い出していた。
「うーん。あずきの肩を温めるのとか?でも電子レンジが必要なんだよね。うーん。うーん。あっ!湯たんぽはどうかな?」
「湯たんぽですか?」
湯たんぽ!それは良い考えですね!
湯たんぽの容器は陶器や金属でできているので、この世界に存在しても違和感は少ないはず。
しかも、一度購入すれば何度でも繰り返し暖まることができる良い商品!
「うん!湯たんぽは、金属でできた入れ物にお湯を入れて使うんだ!使い捨てカイロより重いけど快適になるかも!」
一生懸命に説明している坊っちゃま可愛いなと思いながら、上手く購入する流れに話しを持って行こうとした。
「金属ですか?それは購入してそれを見本として、鍛冶屋に依頼すれば同じ物が作れるかもしれませんね」
確か昔は銅でできた湯たんぽがあったはずなので、見本があればこの世界でも量産できるのでは?
「確かに作れるかも!」
「試してみて問題なく使用できるようでしたら、鍛冶屋に依頼してみましょうか?」
「うん!ちょっと買って試してみる」
マリアに賛同してもらえたことに嬉しくなった坊っちゃまはいそいそと布団から出てくるとジャジャーンと湯たんぽを購入しマリアに見せた。
「これが湯たんぽだよ!」
丸いフォルムの銀色の湯たんぽと湯たんぽを入れる巾着袋をセットで購入されたようだ。
「ここが蓋になっているから、ここからお湯をいっぱいに入れて、やけどしないようにこの布で包んで包んで使うんだよ」
湯たんぽを見たことない人にもわかりやすいように、坊っちゃまが一生懸命に説明をする。
「そのように使うのですね、恐れ入りますが坊っちゃま、4個ほど同じ物追加で購入いただけないでしょうか?お湯を入れてお湯が漏れないか、どのくらいの熱さのお湯を入れても問題ないか、暖かさが続く時間など、いくつかで試してみます」
坊っちゃまとご主人様、奥様、私、後はサンプルに用に1つの、5個必要だと思い坊っちゃまに追加購入を依頼した。
「うん!良いよ!だけど、そんなに少なくて良いの?」
「ええ、あくまでお試し用ですから。評判がよろしければ領内の鍛冶屋に作成を依頼して、上手くいけば量産して売り出しましょう」
安価にたくさんの量を入手できると、作るより買う方が良いと思われ、領内の鍛冶師の向上心が育ちませんし、材質がそもそも特殊なため、腕の良い鍛冶師だと違和感を感じ、入手方法など色々聞かれかねません。
坊っちゃまのスキルはまだ公にしておらず、幸いにもカードゲームのカードは腕の良い画家に量産させていると思われているようですからできるだけ隠しておきたいですし。
そのため、あまり坊っちゃまに購入していただかない方が良いでしょう。
今回の入手経路は旅商人が他国でたまたま入手した高級品とすれば、特殊な品物であることも、材質面でもあまりとやかく言われないでしょう。
まあ、言われたとしても領民であれば領主であるご主人様が口止めをすれば良いのですし。
一刻も早く寒さを緩和させたいと思い、坊っちゃまに必要な金額を聞いた。
「えっとね、1つにつき大銀貨3枚みたい」
それなら妥当な値段ですね。カードゲームを売ったお金もまだ残っておりますし、執事からお金をいただいて来なければ!
「では、執事に今お金をいただいて参りますのでお待ちください。こちらは坊っちゃま用に今お湯を入れて参りますので、お待ちください」
「うん!お願いね」
今の時間なら洗顔と朝食の準備でお湯がまだ残っているはず。とりあえずキッチンに行きお湯を貰い暖かさを確かめてから執事に交渉に行きましょう。
「坊っちゃまからの要望で、こちらにお湯をいただけないでしょうか?」
シェフに聞くと「変な形をしているな」と言いながら、快くお湯を注いでくれた。
しっかり蓋を閉め、巾着で包むと、シェフも興味を持ったようで質問をしてきた。
「これは何に使うんだ?」
「こちらは湯たんぽと言いまして、暖をとる物だそうです」
「お湯を入れたからやけどするんじゃないか?」
「布で包んで使うのでおそらくやけどはしないかと思いますが、やけどしないかどうかや持続時間も含めてこれから試してみるところです」
「俺も試したいんだが、まだあるか?」
シェフは興味を持ったようで、興味深げに湯たんぽを見つめている。
「ええ、数個購入したようですので坊っちゃまに聞いてみます」
まだ購入していないが、坊っちゃまのスキルを知る者はごく僅かのため、さらりとシェフに嘘をついた。
「頼むぞ!寒くなってきたから朝起きるのも、夜寝るのも辛くてな。やけどしないなら是非欲しい」
寒さが堪えるのか、本当に暖まるのならば欲しいようだ。
「わかりました。ただ、こちら旅商人から購入した物ですので、使い勝手が良いようでしたら、領内の鍛冶屋にそっくりな物を発注予定です。なので試し終わったらすぐにお返しいただくことになると思います」
「それでも構わんから是非試させてくれ。そして良ければ領内の鍛冶屋が作った物で良いから購入したい」
潜在的な購買者に思わずマリアは内心でほくそ笑んだ。
「わかりました」
シェフと話していると執事がキッチンに顔を出した。
「どうされたのです?」
「坊っちゃまが購入された湯たんぽという物にお湯を入れていました」
「ほう。坊っちゃまが購入された品ですか。見せなさい」
「はい、こちらはお湯を入れて暖をとる物だそうです」
説明をしながら渡した。
執事は興味深げに巾着に包まった湯たんぽを触る。
暖かさに驚いたようで、執事も思わず「これは良いですね」と呟いた。
「坊っちゃまはいくつ購入されたのですか?」
珍しく話に食いついてくる執事に驚きながら、マリアはどう答えようかと思案した。
当初は坊っちゃまのスキルで5個購入をしていただこうと考えてましたが、この食いつきようでは、執事の他にもすぐにでも欲しがる人が多そうですね。
まあ、執事は流石に坊っちゃまのスキルは知っているのですが、シェフの前ですし、とりあえず、数はぼかして後で考えましょう。
「詳しくは聞いていないのですが、数個購入されたそうです。ただ、坊っちゃまのお小遣いでご購入されたようでして、あまり数は...」
「すぐに坊っちゃまにお支払いいたします」
坊っちゃまのお小遣いということで、坊っちゃまのスキルで購入したことに気づいた執事は話を遮って、すぐさまお金を取りに出て行った。
金額言ってないのにいくら持ってくるつもりなんでろう?まあ坊っちゃまが損をしないなら良いのかな?
やっぱりみんなも寒いのは嫌いだよね。湯たんぽが領内で作れば、みんな暖かく冬を越せるから上手く量産ができると良いな。
おっと、坊っちゃまに湯たんぽを渡しに行かねば!
その後、使用人の間で噂が広まり、全員が湯たんぽを欲して、坊っちゃまに直談判に行きかねない雰囲気が漂ったため、執事と旦那様が相談をして、結局領主の城に住む全員に行き渡るように、予備と合わせて合計18個、坊っちゃまに購入を依頼した。
当初は坊っちゃまが数個購入していたという話をしていたが、坊っちゃまが「みんなに買ってあげるんだ」と我儘を言ったために、奥様に内緒で旦那様がたくさん購入していたことにしたため、城内の坊っちゃまの人気は鰻登りだ。
このような騒ぎがこれ以上起こらないように、使用人には、今後我が領内で量産を考えているため量産体制が整うまで口外しないように厳命した上で配った。
外部に漏れたら、自分の湯たんぽが盗られることを恐れて、皆、湯たんぽを大事に抱えながら口外しないことを誓っていた。
なお、スキルで購入した湯たんぽを寄親に献上しようとしたが、流石に現代の鍛冶師の技術では再現不可能な精巧さだったため、領内の鍛冶屋が作ったサンプル品を量産体制を整える前に献上したところ、寄親が気に入ってしまった。旦那様は、寄親からの大量発注を断ることができずに寄親への納品を優先し、領内での販売が遅れることになった。
鍛冶屋経由で密かに広まり、購入できる日を今か今かと待ち望んでいた領民からは冷たい視線を浴びて、旦那様は慌てて領内の中心街から離れた鍛冶屋にも旦那様用に使用していた湯たんぽをサンプルとして送って量産体制を整えていた。
優しい旦那様は、カードゲームや湯たんぽの利益を領民に冬の食糧として分配していたが、物質的に懐は暖かくなっても、やはり体感的な寒さの前には敵わないようだった。
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