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エピソード1:年末の魔物①

 『仙台支局』での全体会議を終えた日の夜、政宗と共に帰宅したユカは、食事と風呂を済ませた後……福岡の事務主幹・徳永瑠璃子(とくながるりこ)へ電話をかけていた。

 目的は、自分の本籍地を確認するためである。

 先日、統治と彼の恋人・透名櫻子(とおなさくらこ)の婚姻届に証人として署名する機会があった。その書面上で、ユカの本籍地の記載を求められていたのだ。ちなみに、瑠璃子へ確認することは事前に統治へも伝え、了承を得ている。

 2人が書類を実際に提出する時期はまだ未定だが……いつになっても対応出来るよう、早めに確認をしておきたかった。年末が近づけば、福岡側も忙しくなるだろうから。

『もしもし、ユカちゃん。こんばんは~』

 呼び出してから数秒で電話に出た瑠璃子の声は、高さも、テンションも、何も変わらない。聞き慣れた声に、思わず肩の力が抜ける。

「あ、もしもし、瑠璃子さん。お久しぶりです」

『ユカちゃんと話すのは久しぶりやねー。政宗君とは割とやり取りしとるっちゃけど……あ、そういえばこの間、政宗君が麻里子さんに『親痕(しんこん)』について聞きよったけど、あれから大丈夫やったと?』

 瑠璃子の問いかけに、ユカは先月、政宗が盛大にへばっていたときのことを思い出して……口元に笑みをうかべるた。

「そうだ。先月は政宗が突然すいません。ありがとうございます。おかげで万事、うまくいきました」

『それは良かった。それで、どげんしたと? ユカちゃんがメールじゃないげな、珍しかねー』

「あ、その……実は、あたしの本籍地ってどこになってるのか、瑠璃子さん、ご存知かなと思って……」

『ユカちゃんの本籍地、ね……』

 ユカの問いかけで瑠璃子も何かを察した様子があるが、彼女はそれ以上のことを尋ねず、電話の向こうで思案する。

『……んー、明日、事務所に行ってちょっと確認してみるねー。すぐに書類が必要なん?』

「い、いえ、急いでないんです。ただ、近い未来で必要になりそうで……あたし、自分のこと、いっちょん把握しとらんかったけんが……」

 瑠璃子へどこまで状況を説明していいのか咄嗟に迷ってしまい、言葉を濁す。瑠璃子はそれ以上を深く追求せず、話を引き受けてくれた。

『了解しました。分かったらひとまずメールするねー』

「ありがとうございます」

 大人の対応をしてくれる瑠璃子にユカが安堵していると、電話の向こうの彼女が『本籍地、か……』と、キーワードを繰り返した後。

『ねぇユカちゃん、このままずっと、仙台で仕事すると?』

「へっ!? え、えぇっと……」

 唐突な問いかけにユカが口ごもると、瑠璃子は『急にごめんねー』と笑いながら、理由を説明する。

『本籍地って、生まれた場所にこだわらんでもよかとよ。やけんが、これから……例えば結婚とかで書類の取り寄せが必要になった時、本籍地が福岡やったら郵送での取り寄せになるけん、時間も手間もかかる。ユカちゃんがもうずっと仙台とか宮城におるつもりやったら、これをキッカケに本籍地を変えてもいいんじゃないかなーって』

「そう、なんですか……」

 今まで気にしたこともなかった事実。ユカが呆けた声で相槌をうつと、電話の向こうの瑠璃子が優しい声で話をまとめる。

『そげなことも出来るって知っとってもいいかなって思って。とりあえず変えるにしても今がどこなのかわからんと話にならんけんが、それは私で調べとくけんねー』

「ありがとうございます。じゃあ……」

 ユカはここで電話を終わらせようとしたのだが、別件を思い出し、慌ててスマートフォンを握りしめた。

「あ、あのっ……すいません、今、一誠さんって近くにいらっしゃいますか?」

『一誠? うん、おるよ。ちょっと待ってねー』

 瑠璃子が少し遠くへ向けて彼を呼ぶ声が聞こえる。程なくして近づいてきた足音と共に、電話口の相手が変わった。

『もしもし、山本ちゃん?』

「一誠さん。お久しぶりです」

 ユカが呼び出してもらったのは、川上一誠。『福岡支局』で『縁故』の実働部隊を指揮することが多く、ユカに実戦での立ち回りを教えてくれた人物だ。

 気さくで義理堅い人物であり、仕事に関しても妥協せず、真っ直ぐに向きあってくれる。ユカが固い信頼を寄せている先輩の1人である。

『おぉ、久しぶり。元気そうやな。それで、何かあったんか?』

「実は……年末に向けて人の配置をしないといけないんですけど、あたし、やったことなくて」

 ユカが仙台側の現状をかいつまんで説明すると、一誠は『なるほどなぁ』と頷いたように息を吐いた。

 彼は幸いにも、仙台側の学生陣営について個々の能力や素質を簡単に把握している。こういう状況で一誠ならばどんな考え方で人員を配置するのか、参考にしたかったのだ。

『そっちは学生さんばっかりやもんな……この場合だと、できる限り組み合わせを固定したほうがいいと思う』

「固定、ですか」

『固定した方が、新人の子は安心出来るやろうな。それに、組み合わせをぐちゃぐちゃにすると、統括する方も混乱する。俺も福岡時代は、山本ちゃんと橋下ちゃんはずっとニコイチにしとったやろ?』

「言われてみれば……」

『実力や相手の都合を考えることも大切やけど、一番大切なんは、任された仕事を円滑に進めることやけんね。あと、学生さんの中でのリーダーも決めておいて、学生側の意見をリーダーに集約してもらう。そげんしておけば、山本ちゃんはリーダーに聞けば、ある程度のことを把握できるけんな』

「なるほど……」

 彼の立場からの意見にユカが納得していると、電話の向こうの彼が『後は……』と思案した後、明るく続けた。

『後はまぁ、山本ちゃんが健康に気をつけて、いつでもフォローに入れるようにしておけば大丈夫だと思うよ。なれない土地で大変やと思うけど、政宗君が任せてくれたってことは、今の山本ちゃんなら出来るってことやけんな』

「そうですね。頑張ります」

『おう。何か困ったことがあれば、遠慮せんで連絡してくれてよかよ。お互い頑張ろうな』

「……はい。ありがとうございました」

 電話の向こうから直接届いたエールに、ユカは頬をほころばせ、一度だけ強く頷いた。


「ケッカ、電話はもういいのか?」

 風呂から上がってきた政宗が、リビングに戻ってきて問いかける。彼女はそれに「もう終わった」と返答すると、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した彼を見つめ、ポツリと問いかけた。

「本籍地ってさ……変えたほうがいいと思う?」

「本籍地? ああ……」

 この単語から先日のことを思い出した政宗は、「どうだろうな」と苦笑いを浮かべた。

「正直、俺もケッカも普段から偽名だし、本籍地が必要になることって……ほとんどないと思うぞ。それこそ統治みたく、結婚で戸籍そのものが変わる時とか、相続関係で必要になるとか……っても、ケッカも俺も両親はいないし、親族とも没交渉だし。まぁ、俺は大学卒業した時に、仙台に変えたけどな」

「へー、そうなんや」

 初めて聞いた話にユカが目を丸くすると、彼は何かを思い出したのか、瞳に宿る光を強くする。

「ああ。やっぱ……ここで生きていくって決めたからさ。自分なりの決意表明ってことで」

 政宗はそう言って、ペットボトルの水を飲んだ。そして、それを冷蔵庫に片付けると、どこか複雑な表情の彼女の前に座り、頬杖をつく。

「まぁ、急いで決めることじゃないよ。本籍地って例えば富士山の頂上とか、どこでもいいらしいからな」

「へ!? そ、そうなん?」

「らしいぞ。けどまぁ最終的には、ずっと……」


 ずっと、仙台(ここ)にいてほしい。

 そう言いかけた言葉を、政宗は自分の意志で飲み込んだ。

 ユカには、彼女自身の意志で、どこで生きるのかを決めてほしいから。


「政宗?」

 言い淀んだ彼にユカが怪訝そうな顔を向ける。

 けれど、すぐに納得した。

 『ずっと』、この単語の先に続く言葉には、10年前から心当たりがあるのだから。


 ユカもあえてその先を告げず、「とにかく」と話を続ける。

「瑠璃子さんが本籍地を調べてくれることになったけん、それを見てから考えることにする。変えることにしたら、手続きとか教えてね」

「手続き!? あ、ああ……どうするんだったっけか……」

 ユカの言葉に政宗が過去の記憶を手繰り寄せている間、ユカもまた、自身の中に残る記憶のワンシーンに、思いを馳せていた。



 ――俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな。



 そう言ってくれた彼が、あの時、どんな気持ちだったのか。

 いつか……そう遠くない未来、目の前にいる彼に尋ねてみたい、そんな気になった。

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