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エピソード0:経由地㊦

 怒涛の11月が終わり、いよいよ突入した12月初日。時刻は17時30分を過ぎた頃。

 仙台駅近くにある『東日本良縁協会仙台支局』は、支局長の佐藤政宗(さとうまさむね)を含むスタッフ4人が、自席に座って顔を突き合わせていた。

 事務補助の学生バイト・片倉華蓮(かたくらかれん)は、期末試験のため休み。他の学生メンバーも同様の理由で不在のため、今、ここに集まっているのは社会人の山本結果(やまもとゆか)名杙統治(なくいとうじ)支倉瑞希(はせくらたまき)の3人だ。

 部屋の上座にある自席から政宗が全体を見渡し、口を開く。

「じゃあ、時間になったし……12月の稼働について打ち合わせを始めるぞ。全員、資料に不備はないな?」

 自席から彼を見ていたユカは、不備がないことを頷いて示した後、手元に配布されたA4サイズの資料へと視線を落とした。そこに記載されているのは、12月の業務内容と勤務形態について。


 彼女が仙台の12月を過ごすのは、今回が初めてだ。

 12月は8月と並び、業界全体の繁忙期にあたる。認識不足や相違で迷惑をかけるわけにはいかない。


「ケッカも支倉さんも初めてだから、少し丁寧に説明するな。分からないことがあったら、話を止めていいから質問して欲しい。とにかく仙台の12月といえば……イルミネーションイベントの『光のページェント』だ」

 政宗がはっきりと口に出したイベント名は、資料の中で太字に強調されていた。


 光のページェント。

 仙台市の定禅寺通にあるケヤキ並木に数十万個のライトが取り付けられ、冬の街中を照らし出すイベントである。

 暖かみのある色のライトが照らし出す世界は圧巻で、東北の冬を代表するイベントの一つだ。

 クリスマスは勿論、年の瀬まで開催されているため、多くの人が集まってくる。

 そして、大勢の人に紛れて……『人ではない存在』が紛れ込むことも、少なくない。


「今年の開催は……公式からの発表だと12日から31日まで、点灯時間は原則として17時30分から23時までになってる。このイベントに終始張り付くことはないけれど、週末の金曜日とクリスマス、年末は、時間差で出勤して、夜の9時くらいまでは警戒しようと思ってるんだ。もしかしたらクリスマス・イブは泊まり込みになるかもしれないけど……と、いうわけで一部、変則的な動きになる。資料にあるのはまだ仮の案だけどな」

 資料の中には12月のカレンダーと共に、それぞれの出勤時間が記載されていた。これによると、政宗と統治、ユカが、15時から21時までとなっている勤務日がある。そして。

「基本的に『遺痕』対応の陣頭指揮はケッカにとってほしいと思ってる。サブとして統治。川瀬さんとも連携して対応をしてほしい。俺は申し訳ないけれど、日中は支倉さんと一緒に生きている人間を優先させてもらおうと思う。勿論、何かあればすぐに助けるから」

 どこか申し訳無さそうに告げる政宗をフォローしたくて、ユカは不安を見せないように意識して頷いた。それを見た政宗が、少し安心した表情になった後、口元を引き締めて説明を続ける。

「『仙台支局』の動ける『縁故』は、一覧にしてあるからそれを参考に。今月から仁義君が前線復帰するのと、森君が『初級縁故』の試験をパスしたから、里穂ちゃんかケッカの付き添いがあれば前線に1人で出せる」

「あ、そうなんや。柳井君、予定より早まったんやね」

 柳井仁義(やないひとよし)は夏に名杙へ離反したことから、年内は謹慎だと聞かされていた。それが一ヶ月早まったことをユカが指摘すると、政宗はどこか嬉しそうにに「ああ」と頷いて。

「先月までの功績が評価されたことと、12月の人員不足に配慮して解除が早まったんだ。要するに俺たちだけで乗り越えろってことだから、負けられない戦いは続いてる気がするな」

「了解。対応が必要な『遺痕』の情報は、統治や川瀬さん流れてくるってことでよか?」

「ああ。ただ……12月はぶっちゃけ、突発的な対応の方が多くなると思う。それはケッカの裁量でいいから、どこで何をしたのか、忘れないように報告してくれ」

「わ、分かった……!!」

 ユカは己の役割を箇条書きでメモしつつ、初めてのことに気を引き締める。

 福岡では、上司の川上一誠(かわかみいっせい)が陣頭指揮を取っており、ユカは彼の指示通りに動くだけだったのだ。しかし今年は、キャリアも年齢も自分以下の彼らをまとめなければならない。彼かは指示に従ってくれるだろうから、余計に緊張してしまう。いっそ、全部自分で対応してしまう方が楽だと思うほどに。

 そんなユカの思考を見透かしたのか、政宗がジト目で彼女を見やり……きちんと釘を差した。

「分かってると思うけど、自分1人で全部やろうとするなよ?」

「わ、分かっとるよ!? そげなこと出来るわけないやんね……!!」

 動揺しつつも頷くユカへ政宗がため息をついたところで、瑞希が「あ、あの……!!」とオズオズと手を挙げる。

「す、すいません、そもそも12月は、そ、そんなに忙しいんですか……?」

 瑞希にしてみれば、政宗を含む彼らは常に何かと動き回っている印象がある。それが12月になると、一体どうなってしまうのか。

 既に戦々恐々としている瑞希へ、政宗は統治と顔を見合わせた後、政宗が説明を引き受けた。

「12月はどうしても、年内に色んなことを清算したい人が多くて、特に後半は先方からの依頼が増えるんだ。だから、スケジュール管理が難しくなる。それに、明るい年の瀬の空気感に馴染めない気持ちが恨みに変わってしまう『痕』も増えやすいんだよね。支倉さんには主に、俺が無茶しすぎていないか監視して欲しいかな」

「そ、そんなの、今だって十分むちゃくちゃですよ!?」

「……」

 瑞希の心からの訴えに、今度はユカと統治が政宗へジト目を向けた。

「政宗、既にダメやん」

「佐藤……真っ先に倒れるなよ」

「わ、分かってるよ!! とにかく、そんな感じで……ここにいる4人は今月、変則的な動きを頼むことが増えると思う。寒くなってくるから体調にも気をつけて……マジで頑張ろう」

 政宗の言葉に3人が頷いて、各々が決意を固める。

 ユカは資料に記載された『縁故』の一覧を一瞥した後、正面に座っている統治へと視線を向けた。

「統治、去年って、どげなふうに警戒しとった?」

 この中で仙台の去年を経験しているのは、政宗と統治の2人だけ。参考にしたくて問いかけると、統治は「そうだな……」と、しばし思案して。

「昨年は、基本的に俺と理英子さんが交代でここに待機して、必要に応じて外へ出ていた。里穂は受験勉強で頼れなかったから、仁義にも助けてもらったな」

 統治のいう『理英子さん』は、里穂の母親だ。普段は石巻――仙台市ではない地域を主戦場としている人物まで駆り出されていたことを考えると、やはり、動ける人間は多い方がいいし、実際、今年は戦力も倍以上になっている。問題は……。

「誰をどこに配置するか、やね……」

「七夕期間よりも期間が長いから、学生が学校にいる時間に必要な対応は俺と山本で分担して、川瀬さんに巡回を頼もう。彼らに頼ることが出来る時間になったら、里穂と仁義を軸に考えるといいと思う。特に仁義は去年の経験もあるから、頼りになるはずだ」

「了解。1回考えてみる。出来たら見てくれる?」

「分かった」

 統治が頷いたことを確認したユカは、1人じゃないと自分に言い聞かせて、一度、息を吐く。

 そんな彼女の横顔を自席から見ていた政宗は、声をかけようかと迷った後、今回は何も言わないことにした。

 彼女はきっと、必要になれば、自分を頼ってくれるはずだから。それまでは口を出さずに、己の役割に専念しようと心に決めて。


 その後、各々の雑務を片付けて本日の業務は終了。買い物をして帰るという瑞希と別れた3人は、改札口を抜けようと、各々のICカードをタッチして抜けようとした、の、だが。

「うぇっ!?」

 ユカが自身のパスケースをタッチした瞬間、エラーが表示されてゲートが閉まる。後ろに続こうとしていた統治が立ち止まり、狼狽する彼女を見下ろした。

「定期の更新を忘れたのか?」

 月初にありがちなミスの可能性を指摘するが、帽子をかぶった頭は横に動く。

「3ヶ月定期やけんが今月までは大丈夫なんやけど……もう一回っ!!」

 ユカは気を取り直してタッチするが、うまく認識されないまま。諦めて有人改札へと向かう背中を見送りつつ、統治は自身のICカードをタッチして問題なくゲートを潜る。

「統治、ケッカはどうしたんだ?」

 別のレーンで先に抜けていた政宗が統治に追いつくと、彼は有人改札で事情を説明する彼女を見やり。

「ICカードにエラーが出たらしい」

「マジか。確かにあれ……古いもんなぁ」

「古い? あぁ……」

 政宗の言葉であることを思い出した統治が頷いていると、ようやく改札を突破したユカが2人に追いついた。

「ゴメン、おまたせ」

「ケッカ、大丈夫だったか?」

「うん。とりあえず今回は専用の機械に通して反応するようにしてもらったっちゃけど、磁気が弱くなってるかもしれないから、次の定期更新に合わせて新しくした方がいいだろうって。年末にでも手続きしようかな」

「そっか。だよな……10年選手だもんな」

 パスケースをポケットに片付ける彼女の手元を見下ろした政宗は、呟きながら目を細めた。


 彼女が使っているSuicaは、10年前の福岡合宿で、自分から渡したものだ。

 それを今でも大切に使ってくれていることを知った4月、とても嬉しかったことは記憶に新しい。

 

「政宗?」

 無意識のうちに彼女を見ていたことに気付かれ、政宗は慌てて口元を引き締めた。

「あ、いや。とりあえず使えるようになって良かったな。更新の時に言えば交換してもらえるんだろ?」

「うん、そうなんやけど……とりあえず行こう。ケッカちゃんは空腹やけんね」

 彼の問いかけに歯切れの悪い返答をしたユカは、上着のポケットをそっと手でなぞった後、ホームへ向けて歩き始める。

 2人はそんな彼女の隣に自然と陣取りながら歩みを進め……他愛もない雑談で時間を潰す。

 10年前も、今も、そしてこれからやってくる12月も、こうして歩調を合わせて、一緒に乗り越えるために。

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