プロローグ:サンタクロースお断り
今回のメインキャラ・政宗の誕生日。その当日から始まります第9幕。
色々なことが動き、変わっていくお話です。よろしければ最後までお付き合いください!!
彼の中に残っている最も古い記憶は、保育所で迎えを待っているところだ。
12月、園のイベントとして開催されたクリスマス会。全員が講堂に集められ、歌を歌ったところで、サンタクロース――に扮した園長だと今なら分かる――が登場し、子どもたちへプレゼントを渡していく。
全員がそれを笑顔で受け取り、中身を確認しながら、こんな話をしていた。
――僕、サンタさんにゲーム機をお願いしたんだ。
――私はね、お人形さん!! お手紙も書いたんだよ。
彼はクラスメイトのそんな話を聞きながら、意味がよく分からなかった。
だって、サンタクロースはたった今、お菓子をくれたじゃないか。彼は年に一度、子どもにプレゼントを渡す存在のはずだ。その『一度』はたった今、楽しく終わったはずなのに。
詳しいことは聞けないまま、時間が過ぎて……1人、また1人と、迎えが来る。
周囲が暗くなり、あれだけ騒がしかった保育室がとても静かになる、そんな時間帯。
自分が最後であることには慣れてしまった。担当の保育士と積み木で遊びながら、ふと、昼間の疑問が脳裏をかすめる。
「ねぇ、先生……サンタさんは何回も来るの? みんな、お菓子以外にももらってるみたい。僕のところにも、来てくれるかな」
その問いかけに、保育士の若い女性は、しばし黙り込んだ後……。
「そうだね。伊織君がいい子にしていたら、きっと、来てくれると思うよ」
「ほ、本当に?」
「うん。まぁ、伊織君はいっつもいい子だから、大丈夫だと思うけどね」
そう言われて、とても嬉しかった。
自分もみんなと同じように、サンタクロースがもう一度来てくれる。
そんな未来を信じて、珍しく、普段よりも気持ちが高ぶっていたことを、なんとなく、覚えている。
当然……その後、サンタクロースが自宅に来ることはなかった。
保育所は年末のギリギリまで開所しているため、12月25日、興奮した口ぶりでプレゼントをもらったことを話すクラスメイトの姿を見るのが辛かったことも、何となく覚えている。
けれど、迎えに来た母親に、その詳細を聞くことは出来なかった。
――お前が悪い子だから、サンタクロースは自宅に来なかった。
そう言われたら、立ち直れなくなる気がしたから。
母親の死後、宮城県に転居して。成長して。
ある時……サンタクロースの真相を朧気に把握して、心のどこかでホッとしている自分に気付いた。
サンタクロースが家に来てくれなかったのは、自分のせいではなかった、そう思えるだけで救われた。
そして、何よりも。
「伊織、遅くなって悪かったな」
彼が『佐藤政宗』と名乗る数年前、小学生の頃のクリスマス・イブ。
養父の佐藤彰彦が珍しく、コンビニエンスストアのビニール袋を持って帰ってきた。少し癖のある短髪に、目鼻立ちがはっきりした、精悍な顔つき。40代に突入してますます恰幅の良い体に纏うグレーの作業服には、泥や塗料がところどころにこびりついている。
こたつ机で勉強をしていた彼――伊織は、夕食の用意を手伝うために近づいて……ダイニングテーブルに置かれたそれに気づき、首を傾げた。
「コンビニ……?」
彰彦が買い物をするのは、近所のスーパーがほとんど。値引きシールが貼られた惣菜や刺し身などを買ってきて、それを並べるのが2人の日常なのだ。
使わないコップに立てた、二人分の箸。伊織はそれを手にとって、荷物をおろした彰彦に問いかける。
「彰おんちゃんがコンビニで買い物、なんて……珍しいね。明日、雪でも降るかな」
「失礼なこと言うなよ。職場近くのコンビニの店長が、コレが全部売れないと帰れない~……って、泣きついてくるもんだからさ」
何かを思い出した彰彦が、喉の奥で楽しそうに笑いながら、袋の中身を取り出した。
中から出来たのは、10センチ四方の小さな箱。表面には金色の筆記体で『MERRY CHRISTMAS』と記載されており、一部透明になっている小窓から、イチゴののった丸いケーキが見える。
「ケーキ? あ、そっか……今日、クリスマスイブだったね」
白々しくそんなことを口にすると、上着を脱いた彰彦が口元に笑みを浮かべて伊織の肩を小突いた。
「おいおい、昨日は児童館で駄菓子のプレゼントをもらってきてたじゃねぇか」
「あ、そうだった。おんちゃんに『酢だこさん太郎』あげたんだった」
「あれウマいよな。酒の肴にピッタリで」
「彰おんちゃん、酒と一緒なら何でもいいんでしょ……」
伊織の的確なツッコミに、彰彦は「まぁな」と笑顔で首肯して。
「冷凍の唐揚げもあるから、今日はクリスマスパーチーだ」
そう言って屈託なく笑う、そんな姿に救われた。
枕元にプレゼントが置いてある……なんてことはなかったけれど、年末年始には彼の欲しいものを1つ買ってくれたし、職場の新年会に連れ出してくれた時は、彼の職場の同僚からお年玉をもらうこともあった。
寒さが厳しい宮城の冬も、人の温もりを感じて乗り越えることが出来た。
そして……彰彦が亡くなってから、高校の寮に入るまでの期間は、彼が勤めていた会社の社長が気にかけてくれたり、何よりも『縁故』として生きることを決めたから、寂しいなんて思う時間がなかった。
サンタクロースには決して届けることができない、そんなものをもらい続けたから。
自分のところに、サンタクロースは来なくて良かった、そう思っている。
もしも、あの時にプレゼントを余計にもらっていたら……あの、幸せな時間はなかったかもしれないのだから。
時は進み、24歳になった彼は今、『佐藤政宗』として生きている。
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12月が間近に迫り、急に空気が冷気に変わったある日のこと。
時刻は間もなく19時になろうかとする頃、東北新幹線の古川駅の改札前に到着した伊達聖人は、改札口を抜けてくる人々を見つめながら、安堵の息を吐いた。
帰宅ラッシュと道路工事による渋滞に巻き込まれて、間に合わないかと思ったけれど……あの人はまだ到着していない気配。
仙台から新幹線で北へ1つ進んだこの駅は、停車するのは一部列車のみ。規模としては仙台ほど大きくない駅だが、在来線への乗り換えや、仙台へ新幹線で通勤・通学している人もいるため、この時間帯はそれなりに人の往来がある。
連絡の有無を確認するため、グレーのロングコートのポケットから、スマートフォンを取り出した次の瞬間――
「――やぁやぁまーくん、お迎え、ご苦労」
真っ赤なロングコートを翻し、大きな白いキャリーケースを引いて意気揚々と改札口を抜けてきた人物に、聖人は思わず閉口して……。
「相変わらず……なっちゃんは派手だよねぇ」
聖人から『なっちゃん』と呼ばれたその人は、長い髪の毛を揺らしながら大股で近づいた。2人が並ぶと、さほど身長差はない。だから、互いに視線を合わせて、久しぶりに軽口を叩きあう。
「君への配慮だよ。分かりやすいだろう?」
「そうだね。悪目立ちしすぎてる気もするけど」
「心外な。12月だぞ。世間がこれだけクリスマスに浮かれているのだから、赤いロングコートで道行く子どもから「あ、サンタさんだー!!」っていう羨望の眼差しを向けられたいじゃないか」
「サンタにしては恰幅とヒゲと人の良さが足りないけどね。なっちゃん、他人にものをあげるような人じゃないし」
「無論だ。知らない人から物をもらうな、と、学校では教えているらしいからな。私とて、謂れのない不審者としてチェーンメールで世の奥様方へ晒されたくはない」
饒舌に語って肩をすくめるその姿は、聖人がよく知っているものだったから。
「変わってなくて安心したよ。おかえり、夏明」
そう言って聖人が手を出すと、夏明もまた、口元に笑みを浮かべて、その手を握り返す。
「ああ。ただいま、聖人。相変わらず胡散臭いが血色は良くて何よりだ」