崩れゆく結界
深い谷の奥に、そこは、あった。
切り立った崖から、見下ろすと眼下に広がるのは、青々とした広い河。その先に、周りよりも、一段と高い山があり、生い茂る木々は、遠目から見ても、長い樹齢を感じさせる木々ばかりだった。神々しい樹木達に埋もれる様に、山寺はある。
「もっと、早く来るべきだったな」
颯太は、呟いた。
何とか、人の形を取り戻しているが、9本の銀色の美しい毛並みをもつ尻尾が、風に揺れている。
「忘れていた訳ではないが」
「人間は、勝手なんだよ」
邪神は、言った。
「今、あるのは、誰のおかげだたかなんて、すぐ、忘れる。自分の命が危なくなって、ようやく、思い出すんだ」
「あなただって、人の事、言える?」
宙から、音羽が、顔を覗かせる。
「結局、人に寄生して、生きるしかないくせに」
「同じだろう。お前だって、成仏できずに、このガキに取り憑いているくせに」
「ぬあんですって!」
音羽は、邪神の首にかかっている金鎖をキリキリ縛り上げる。
「あなたの器の命は、私が握っているんですからね」
「ええい、やめ!」
邪神の顔半分が、晴れの顔になる。
「ここで、揉めていると先に進めなくなりますよ」
「そう言いながら、一人で、喧嘩している姿は、側から見て、不思議な感じになる」
「音羽が言うな」
「いいですか・・・」
晴は、邪神を追い出し、肩から下げた大きなバックから、ヨレヨレのノートを引っ張り出した。
「よく、こんな所に、人間達が、住んでいましたね」
見下ろした谷には、人が住んでいたかと思われる民家が、点在して見えた。
「瘴気が半端ないぞ」
邪神が呟く。
「その婆さんからのノートには、何て、書いてある」
家を立つ前に、晴は、祖母から1冊のノートを渡されていた。
「先代が、残していった口伝を、わしがまとめて置いた物だ」
認知症とも思える行動は、代々伝わる財物を守るためだったのか。こうして、話す、祖母は、しっかりしていた。
「開発が進んでいるように、見える日本の各地には、まだ、こうして、人の知らない世界がある。特に、この九州にはな」
ノートは、一見、日記の様にも、見えた。
「人が、妖を飼っていた。そういう所だ」
古い日記だった。
出会った妖の事、寺の事が書いてあるようだった。
「役に立つことがあるかもしれない」
晴に祖母は、渡していた。
「この家が、代々、続けてきた事。もう、お役目が、終わりの時がきたのかもしれないね」
薄く笑いながら、手渡す。
「どういう事ですか?」
「行ってみるがいい。留守は、気にせんでな」
「どこに?」
「九州だよ。そこが、キーポイントだ。しっかり、邪神を働かせるんだ」
「おばあさん・・・」
そう言いながら、晴は、更に、両手を差し出した。
「何かね?」
「今月、金欠で。旅費ください」
「邪神ではなく、貧乏神が取り憑いたか?」
「まともに、働けていないんで、お金ないんです」
「全く・・・人間は、不便よのう」
「誰のせいですか?」
とにかく、九州に向かう事にした。




