甘く誘う血の匂い
「待って」
晴先生は、奥の寝室へと向かって行く。
「先生。どこに行くの?」
僕には、答えず、スタスタと一直線に、奥の部屋へと進む。
「だから・・・普通は、気づくんだよ」
止めもせず、音羽は、言う。
「ならば・・」
金の鎖で、引き止めようとする。
印を結ぶ僕の手を、音羽が、引き留めた。
「糸口を見つけたいんだろう」
そう言われ、僕は、引き下がった。
あの日の事。
幼かった僕は、よく覚えていない。
母は、殺された。
正確にいうと、遺体は、見つかっていないから、行方不明と行った方が正しいかもしれない。
だけど、現場に広がる出血の量から見て、見つかったとしても、生きてはいないだろうという結論だった。
母は、何処に行ったのだろうか。
勿論、父親が疑われたが、その時間は、会議中で、多くの社員が姿を見ている事から、除外されていた。
幼い僕が、証言できる事は、何もなく、ただ、泣きじゃくるだけだった。
僕は、その部屋を寝室にしていた。
母が、殺されたかもしれない部屋に、母の思いが詰まっている気がして。
そこで、寝ていると、母親が、僕に語りかけてくる。
「颯太・・」
母は、僕に語りかける。
何を言い、伝えたいのかは、わからない。
そんな時、音羽は、黙ってみているだけだ。
「どうして、黙っているの?」
いつも、口やかましい音羽が、黙っているので、僕は、問いかける。
「母親の気持ちは、痛いほど、よくわかるからな」
「わかるの?」
「そうだ。わあらないのは、お前だけだ」
あまり、音羽は、その部屋に入ろうとしない。
その部屋に、晴先生は、構わず、入っていってしまった。
「いい匂いだ」
部屋に入ると、先生は、そう呟いた。
「甘くて、何とも言えない、匂いがする」
晴先生の顔は、恍惚としていた。
「先生は、何が見える?」
「そうだな」
晴先生は、僕のベッドに、無造作に腰掛ける。
「誕生の匂いだ。ここで、何かが、生まれたな」
「生まれた?亡くなったのではなく?」
「小鬼達が、はしゃいでいたようだな」
晴先生が、ベッドの下を覗くと、慌てて、四方に散る小鬼の姿が、見えた。
「小鬼?」
僕が、気付かなかった。小鬼達が、潜んでいた。
「気づかなかったのか?」
音羽が、言った。
「全く・・・。音羽は?」
「興味のない者は、見えん」
僕らが、晴先生が、部屋の天井を見上げるのに、気が付いた。
「全く、こんな所に、穴を開けやがって」
何もない天井に、向かって。声を上げていた。




